急:急 ≪姉妹≫
「――あっ、ねぇちょっと。
このティーセット、可愛くない?」
「精緻な絵付けですね、素敵です。
ほら、あなたの柄ですよ」
にあ。
「姉様も御覧を」
「……。ごく通常の陶器ですね。
特殊な加工や魔術的保護がされているようには見受けられません。
耐久性が低すぎて、旅に携えるには全く不向きかと思いますが」
「それは、えぇ、そうなのですが」
うつむき気味に微苦笑するイグナは寂しげで、その様子がキアシアにはいじらしくて堪らない。
男どものむくつけき食卓に愛想を尽かし、女子三人と翼を引っ込めた黒猫は、陸歩から鍵を借りてレドラムダに河岸を変えた。
テラス席なら動物連れでも構わないと言ってくれたレストランで、丸焼きより遥かに気の利いた昼食を摂り、すぐ帰るのも味気ないのであちこちの街で商店を眺めて回っている。
だがこの間、クランシュの表情は欠片も変わっていない。
しかも自分からは一向に話そうとしないのだ。
食事のときも、こうしてウィンドウショッピングでも、イグナが懸命に話題を振って、何とか打ち解けようと試みているが。
その返事も、終始が先ほどの調子。
ブティックに寄っても。
「姉様。こちらのコートはいかがです? よくお似合いになるかと」
「はぁ。なぜクランシュのコートを、貴女が探すのです?
クランシュにそのコートが似合うと貴女にどのようなメリットが?」
「いえ……単に、姉様にお楽しみいただければ、と思いまして……」
「捕虜の身を楽しむ趣味は、クランシュにはありませんが」
化粧品を見ても。
「姉様は、そちらの香水がお気に召したのですか」
「見ていただけですが。
他の商品と比較して特別に長く手に取っていたわけでもないのに、クランシュがこの香水を気に入ったと推察した理由は?」
「その……なんと言いますか、姉様の表情が、なんとなく、そう見えたといいますか……」
「根拠が薄弱ですね。
直感に基づく判定を否定はしませんが、この場合は外れています、軽々に結論を出すのはいかがなものかと」
花屋に入っても。
「姉様は……花は、あまり興味がございませんか?」
「むしろ訊きたいのですが、この状況で花を手に入れて、クランシュはそれをどう活用するのでしょう?」
「は……。おそらく御主君ともども、ほどなく姉様は解放されますので。お土産、とか……」
「では自由になってから買いに来るだけのこと。
貴女がたと一緒に購入する意義が不明です」
……いい加減、限界である。
「あん――ったねぇ!!」
炸裂するキアシアの激昂。
それを天下の往来でぶちまけたものだから、行き交う人々の誰もが足を止めて振り返り、いま出てきたばかりの花屋では店員がオロオロとする。
知ったことか。
「あんたねぇ! なんなのよずっとその態度!」
怒鳴りつけられて、初めてクランシュの顔色に変化が浮かぶ。
不可解そうに、不愉快そうに、眉根をひそめて、
「敵対者に対する至極真っ当なものと考えますが」
「姉が妹にする態度じゃないっつってんでしょうが!!」
「き、キアシアさん……あの、どうか落ち着いて」
「お互いの立場がどうとか関係ない!
姉妹はねぇ! どうあったって、姉妹、なんだからっ!
想い合わなきゃダメなんだから!!」
堂々たる喝破に、事情を知らないだろう通行人の幾人かが拍手を送ってくる。
あの女性たちにも、あるいは姉妹があるのやも。
衆人環視を鬱陶しがるように、クランシュは深く、ため息を吐いた。
「貴女は確か、ゼアニア・ノートンの妹君でしたか」
「だっ、……そう、そうよそうだけど? それが?」
「『姉妹は想い合うべき』。はぁ。――ご自身の願望なのでは?」
「――こンのっ、」
「キアシアさんストップっ」
掴みかからんとするキアシアの腰を、イグナは抱いていた黒猫を放り出して危うく取り押さえる。
猫は隠していた羽を出して軽やかに着地し、にあと一声鳴くと、そのまま何処かへ走り去ってしまった……恐らくは、陸歩の元へ。
そんな小さな獣を見送って、クランシュは、もう一度ため息。
「とりあえずまずは人目のないところへ移動するべきかと。
言い合いを続けるにしろ、殴り合いに発展させるにしろ、ここでは具合が悪いでしょう」
「あ、はい、そうですね。キアシアさん」
ガルルルルと唸るキアシアを、イグナが「どうどう」とどうにか宥め賺す。
>>>>>>
わざわざ街を変えて、選んだカフェで。
ウェイターに案内された席に着くなり、
「――失礼を致しました」
クランシュが頭を下げた。
面食らうイグナとキアシアに、彼女はやっぱり表情一つ変えずに続ける。
「全く意味のない挑発でした。合理的ではありませんでした。クランシュは謝罪します」
「いや、あの。……こっちこそ……怒鳴って、ごめんなさい」
完全に臨戦態勢だったキアシアは、思いがけず毒気を抜かれて、こちらもおずおずと頭を下げる。
しかし表情はまだ渋く、じっとクランシュを見つめている。
お前ほかにも謝る相手がいるよな――その視線はそう言っていて、クランシュも意を読み取り、浅く頷く。
だが先に飲み物の注文をし、間を取った。
それからようやく、クランシュは思い切って。
「正直を申し上げます。
妹、という存在を、クランシュは未だに受け入れきれません」
「…………」
きゅ、とイグナの肩が小さくなる。
それを隣で感じながら、キアシアが強めの語気で訊いた。
「どうして? つまり、えっと、今までお互いに認知してなかったから、急に巡り合って戸惑ってるとか?」
「えぇ、そういうことでもありますが。それ以上に……。
……このクランシュに妹がいるということは。
それは、このクランシュが、型落ち機になった、ということとイコールでしょう」
意思持つ機械にとって、これ以上に受け入れ難いこともない。
自らが時代遅れに成り下がり、代わりの最新機種が存在するなど。
どれほどプライドにひびが入るか。
どれほどアイデンティティが傷つくか。
老いと若き、に単純に置き換えられるものでもない。
ヒトにはきっと想像も難しい。
今、クランシュの心中に、複雑に渦巻く葛藤は。
現行機の代替わりはいつか必ず起こることだ、とクランシュとて心得てはいた。
自分が最新の座に居続けることはあり得ないと、当たり前に理解していた。
……計らずもこの異世界へ来ることとなり、『妹』とは絶対に会うことはないだろうと、ひそかに安堵していた。
なのに、その妹が今、目の前にいる。
胸の内は筆舌に尽くしがたい。
「ですがっ、姉様、ワタシたちは」
「えぇ。クランシュたちは、自己学習と自己改修の能力を持ちます。
貴女がクランシュの後発機だとしても、貴女がクランシュの完全上位互換機とは限らない。
わかっています。
……わかって、いるんですがね」
困ったように微笑む。
理屈の化身が、理屈でない部分に懊悩し、それを自嘲していた。
イグナは、キアシアも、言葉が見つからない。
ふと、クランシュの表情が再び凪に戻る。
「しかし、このままではならないことは、クランシュも理解しています。
なにせ――」
襟巻に触れた。
店内は暖房が効いて暖かく、しかしクランシュは上着は脱いでいても、首元のそれは巻いたままだ……取れないのだ。
それは、赤と金の羽根で編まれたマフラー。
「家族との不和を戒められる。
妹を受け入れねば、この呪いは解けないのでしょう?」
「姉様……」
「この問題解決は、クランシュの自力では難しい。
……イグナ。厚かましい申し出とは承知しています。ですが、クランシュはこのまま機能を制限されたままではいられません。
クランシュを姉と想っていただけるのなら、どうか、知恵を貸してください。クランシュの思考の曇りを晴らすには?」
「…………」
まさかイグナに、協力するに否やはない。
だが、具体的にどうしたらいいのか。彼女にも皆目……。
「――差し当たってケーキが要るわね」
キアシアが言って、すぐに店員に手を挙げる。
疑問の目を向けてくるクランシュとイグナに、肩を竦めた。
「一緒に甘いもの食べて、お茶して、晩御飯も一緒に食べましょうか。
それで話すの」
「何を、でしょうか」
「なんでもよ。
――じゃあ、この世界でお互いが今までどうしてきたか、話してみなさいよ。
あのねぇ、難しく考えてるみたいだけど。貴女たちは姉妹なんだよ?
姉妹ってのは、思いのほか、噛み合うようになってるもんなの」
そういうものか、とクランシュは首を傾げる。
……と、同じタイミングで同じように、イグナも首を。
姉妹は噛み合うようになっている。
なるほど。そうかもしれない。
姉のほうも妹も、少しだけ納得し、遠慮がちに身の上を打ち明け始める。




