破:破 ≪三位≫
「――オぁぁっ!」
ユーリーの右拳が力任せに、目の前を殴りつける。
彼の手元の『撃』、周囲を回り続ける六印のうちの『誤』が激突し、重なり合い、勢いそのままジュンナイリクホを目がけて撃ち出された。
「…………」
飛来する二重印を、陸歩はひたと見据え、断頭の刃を得た鈴剣で。
一閃。
真っ二つに割る……が。
「リクホ様」
「ん」
刃に『誤』『撃』が、断てずに張り付いているではないか。
たちまち刀身はボコボコと膨れ、鬱血した肉のような色に変わり、グロテスクな瘤だらけの丸太に成り下がった。
ちっ、と陸歩の舌打ちが響く。
前回アインがユーリーと肉薄した際、あの羅刹は印を剣で斬り捨てていたが。
剣の違いなのか印の違いなのか、とにかく同じことをすると不都合らしい。
すでにユーリーは逆の拳を振りかぶっている。
「もう、いっ、ぱァつッ!」
『撃』が、今度は『燦』を叩く。
射出されたそれを、陸歩はもう受け止めない。
身を翻し、いささか大袈裟なくらい横へ跳んで、確実に躱す。
しかし狙いは始めから陸歩ではなかった。
クランシュが密かに、新たに放ってあったワスプのバッタが飛び出し、印を受け止める。
炸裂する、閃光――この場に太陽を呼び出したと錯覚するほどの。
余波を受けて陸歩は浅く焦げ、バランスを崩し、地面を転げた。
「くっ!」
「かかったぁ!」
目くらましに乗じてユーリーは一気に距離を詰めた。
両手には煌々と灯る『撃』の印。
それぞれを『詞』『麗』とぶつけ、拳打で直に陸歩へ叩き込む……、
にあ。
黒猫の一声、
、目前にあったはずの陸歩が消え失せる。
「っ!?」
「――ユーリー、後ろっ」
クランシュの警告に、ぱっと振り返る。
十分な間合いを挟んだ先に、しゃがみ込んだ陸歩があった。
鎧に覆われた指先で、黒猫の喉をくすぐる格好で。
そうか、とユーリーは思い出した。
そういえば、現れたのはまず黒猫だった。
そしてその鳴き声に招かれるようにジュンナイリクホは湧いて出て、この戦端は開かれたのだから。
「もう気付いているでしょうが、ユーリー」
「あぁ。多分あの猫には、空間を渡らせる力があるっ。
クランシュは猫のほうを見てろ!」
「了解しました」
六印のうち、残るは二つ。
だがユーリーがセピア色の翼で羽ばたくと、使った分が補充され、また六が回る。
陸歩は、黒猫も、それを見て思案に目を眇めた。
耳元にはイグナの囁き。
「強力な技でありながら、弾切れがないようです」
「だな。けどリロードはいるみたいだ」
「であれば、触れないように避けつつ、六発を撃ち切らせて隙を作るのが正攻法かと。
この子の力を借りれば十分に可能でしょう」
とイグナに期待され、黒猫はフンフンと鼻を鳴らす。
確かに、彼の補助で神出鬼没をすれば、敵の攪乱は難しくないだろう。
それでも。
「いや。いなすような真似はしない。正面からいく」
「は。しかし、それでは……少々危険では」
「かもな。
でもさイグナ。今のオレたちは、法の体現者なんだ。
それなのに、そんなオレたちが、飛び回ったり避けたりしたら……こう、揺らぐだろ?」
兜の中、再び陸歩から表情が失せ、透明になっていく。
神託者であり、いま偽神体であり、ヒトと神の狭間に立つ彼が……一歩、形而上の側へ寄ったのだ。
その尊さに、イグナは心中でそっと頭を垂れる。
「おっしゃる通りです。失礼いたしました」
「なぁに。むしろオレのほうこそ悪いな、無茶に付き合わせてさ」
立ち上がり、炎を纏った左手で、醜く変えられた鈴剣の刀身を撫でた。
それは彼の浄化の意志をポーズにしたもので。
心の有様に応じる魔剣は、敵の呪いによる誤作動から復帰し、ギロチンの刃を取り戻す。
のみならず、その峰には精緻な羽根の模様が刻まれていて。
輝く、赤に、金に――
「勿体ないお言葉です、リクホ様。
ワタシは、貴方とならば、どこまでも」
「嬉しいぜ。
……なぁ、お前はどうだ?」
赤と金の羽根が、依然と降りしきる中。
陸歩はゆっくりと、剣を肩にかけて腰を落とす。
その足元では黒猫が、獲物に飛びかかる狩人の構えでいて、迷いなく「にあ」と肯定の返事をした。
「サンキュ。
じゃあ、行こうか」
真っ直ぐ、斬る。
彼ら三者がここに意を同じくし、それは相対するユーリーたちにもはっきりと伝播した。
真っ直ぐ斬る。
読み取ったユーリーは、鋼鉄の髑髏の内側で、歯を剥き出す。
舐められたものだ。
印を受けて、元に戻ったとはいえ剣は惨い様になったではないか。身体に直接押されればどうなるか、その程度の想像すらしないのか。
「舐めやがって……」
「ユーリー、敵はどうやら、」
「クランシュ!」
遮った。
「あいつ、ぶち抜くぞ!」
「ぶち抜く……」
つまりこちらも真っ向から当たるということか。
冷静にAIの判定に照らせば、愚かと言わざるを得ない。
相手が突っ込んでくると分かりきっているのなら、横から足を払うのが上策というもの。
だがクランシュは、あくまで主の感情に従う。
「はい。ユーリーの、望むままに」
そこにはもしかしたら、イグナへの対抗意識があるのかもしれない。
どう考えても猫を用いての搦め手が有効な状況で……あえて正面突破を目論むジュンナイリクホと、それを諫めた様子もない鎧。
ここでユーリーを退かせれば、その分だけ、自分は彼女の下に立つ気が……。
無駄な思考だ、とクランシュはノイズをカットする。
ただ、主の、望むままに。
「右腕ブースター、『撃』印による点火準備完了」
「行くぜ――っ!」
瞬間、回る六印、全てが重なる。
一つ一つが爆ぜるほどのエネルギーを保持したそれらは、混じり合いながらも反発し合い、周囲の空間、地面をも球状に抉ってみせた。
こんな状態はもって一瞬。
その一瞬を、ユーリーは鎧の右肘から火を吹いて、殴り抜く。
「逝、っけぇええぇえぇぇっ!」
放たれた六重印。
対して、陸歩は。
「――――、」
静かに透明に。
刃よりも先に身体から、黒猫とともに、一歩前へ。
形而上の側へ、また一歩。




