表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
376/427

序:急 ≪立法≫

「なっ、」


 輝く壁。

 いや森へ、ユーリーたちのもとへ押し寄せたのは、光の高波(たかなみ)だった。

 それはすぐに目前(もくぜん)まで(せま)り、全く減速なく(とお)()ぎると、もっと遠くまでを(つつ)んでいく。


「くっ!」


 咄嗟(とっさ)にクランシュを抱きしめ、(かば)うユーリー……を、逆に押し倒すようにして(かぶ)さったクランシュ。

 ……しかし光に()まれても、熱くもなければ(しび)れもしない。

 二人で(おそ)(おそ)ると起き上がり、周囲を(うかが)えば。


「な……これ……」


 空を、()()えと発光する白い円蓋(えんがい)(ふさ)いでいる。

 何かが(おお)ったのだと気付いた、辺り一帯を。下手をすればデニッツ大陸を丸ごと。

 白のドームはまるで(まゆ)――違った。

 それは幾重(いくえ)にも(かさ)なり()った、無数の翼だ。

 そして雪のように、はらはらと赤と金の羽根(はね)(やわ)らかく降り、宙で()(おど)る。


「クランシュっ、これなんだ、何だと思う!?」


「直前の会話からジュンナイリクホの仕業(しわざ)ということは間違いないかと。

 何らかの呪的な効果が予想されますが、現状では情報不足により、推察も十分には出来かねます」


「この羽根、触ったらまずいか……っ?」


 だが軽やかなそれは空気の()らぎにも(じょう)じ、木陰(こかげ)に隠れても避けきれるものではない。

 どうしようもなく肌に触れてしまい、ユーリーは慌てて(てのひら)で払うが……赤の羽根、金の羽根、いずれにも何の感触もしなかった。

 それらは地面に落ちてもなお、軽く静かで、やがては(おだ)やかに()もるのだろうか。


「……、ユーリー。放った虫のいずれとも通信が確立できません」


「空に待たせてある『星塊(せいかい)』のほうは? 今すぐ落とせるか?」


「…………通信エラーが発生。再試行します。……通信エラーが発生」


 駄目(だめ)か、とユーリーは(くちびる)()む。

 内心には焦燥(しょうそう)がじっとりと(にじ)み、クランシュの金の双眸(そうぼう)はそれを見透(みす)かしているようだった。


「こうなっては、今すぐこの場からの離脱(りだつ)推奨(すいしょう)します」


「……いや。まだ、()()を生かして立ち回れば、」


 手遅れだった。


 すぐ(そば)の木の根に、黒猫が一匹、腰掛(こしか)けている。


「っ」


 それが魔性の獣とは一目でわかる。

 何しろ背に翼を()い、そのうちの片方は赤で、片方は金。

 じぃぃっと見つめてくる両の瞳も同じ配色で、猫は真っ白な牙を見せて一言、


 にあ。


 それが合図だったのか。


「――――」


 極光(きょっこう)の翼と光輪を(たずさ)えた全身甲冑の戦士が、

 あたかも始めからそこにあったように、

 黒猫とともに、威風堂々と(たたず)んでいた。


 その装甲には、襷状(たすきじょう)に赤と金のライン。

 鎧は(そで)(すそ)にゆったりとした(ふく)らみを持ち、シルエットはまるでそう、法衣(ほうえ)に似る。

 手にした剣は刃先(はさき)を上にして――その刀身は今や刃物(はもの)でなく、天秤(てんびん)


 誰何(すいか)するまでもなかった。

 ユーリーは歯を()み、ぱっと左手の鍵穴(かぎあな)を向ける。


「ジュンナイリクホ……っ!」


 対して陸歩は()いた左手で、雨足(あまあし)を確かめるように、降りしきる二色の羽根に触れた。


「これが視えるか、ユーリー?」


「あぁ!? 目の前がうるせぇよ!」


「……そうか」


 黒猫が器用に陸歩の身体をよじ登り、肩に立ち、天秤(てんびん)の皿の片方へと飛び乗った。

 もう一方の皿には羽根が赤、金、赤、金……と()もっていき、(はかり)は猫よりもそちらへと(かたむ)く。


 (かぶと)の奥では、陸歩は宣告(せんこく)の重さで、朗々と唱えるのだった。


「この羽根、空を(おお)う翼はな、法なんだ」


御託(ごたく)、をっ!」


 聞く気はユーリーにはない。

 即座に印を連射。

 『火』に『暴』を重ねたそれは……しかし舞う羽根へと()()りに()()き、印としての用をなさない。


 舌打ちを一つ、彼は果敢(かかん)にも一歩を踏み出した。

 遠距離での押印(おういん)(さえぎ)られるなら、相手の頭に触れて、直接、


「――ストップ、ユーリー」


「お、っ!」


 クランシュが腰を(つか)み、その場に押さえつける。

 つんのめって、彼女に支えられたまま泳ぐ格好(かっこう)のユーリー。

 目と鼻の先では……さっきまで、幻想的に()るばかりだった羽根が宙にピタリと止まり……鋭さをもって、彼らを()していた。


 周囲を剣山(けんざん)に囲まれては、さすがのユーリーも()(あせ)を流し、蛮勇(ばんゆう)(ふる)う気にはならない。


「……っ! ずいぶん、悪趣味(あくしゅみ)仕掛(しか)けじゃねぇかっ」


「――法は、(おか)せば途端(とたん)に牙を()く」


 告げる陸歩には、熱がない。


 あたかも神の言葉を代理する預言者。

 高みから俯瞰(ふかん)した声音とでも言おうか。


「この羽根と翼は本来()えず、気付かないものだ。

 誰しも日々の中で、頭上を法が(おお)っていると、意識しないように。

 だが……一度(ひとたび)犯せば、もう直視せずにはいられない」


 犯したな――兜の隙間(すきま)から()す陸歩の視線は。

 激しくはない。

 けれど温かくもない。

 そこに人間的な色は皆無(かいむ)だった。

 ただ赤と金の目で、事実だけを()()り、計量しようとしている……。


「……っ」


 知らず、ユーリーは息を()んだ。


 代わりにクランシュが「では」と問う。


貴方(あなた)()いたというその法は、一体どのようなものなのです?

 法を(うた)うのなら是非(ぜひ)とも公正さを見せていただきたい。

 貴方は果たしてどのような罪で、我々を(さば)こうというのでしょうか」


 これに陸歩はことりと首を(かし)げる。


「子どもでも知ってたぜ?」


 それを確かめ、補強(ほきょう)するため、この数日を私塾(しじゅく)の運営に(つい)やしたのだ。

 肝心なところでイグナが何度も(たず)ねた、子どもたちへと。

 まだ(おさな)い彼らに()くことで、遵守(じゅんしゅ)すべき道理(どうり)として定着させる目論見(もくろみ)だったが……その必要すらなかった。


 少年も、少女も、当たり前に(うなず)いたのだから。


 ――お父様とお母様は、好きですか?


「風土も文化も宗教も関係ない。誰もが共有する()たり(まえ)の法さ。

 そうだろ?

 家族は、仲良くするもんだ」


 さらに心底(しんそこ)不可解(ふかかい)そうに続ける――そこに今までの神懸(かみが)かりはない――本当に分からないという調子で。

 何しろ彼自身は、父を(たっと)び、母を(うやま)い、父母から愛されて育ってきた(ゆえ)に。


「なぁ、それってそんなに難しいか?」


 (あざけ)る口調ではなかった。

 だからこそむしろ、ユーリーの視界は真っ赤に燃える。


「――っ!」


 もはや思考の余裕すらない。

 篭手(こて)から鍵を引き抜き、(てのひら)へとただちに()した。


「クランシュ! 鎧だ!」


「形状や能力は」


「あいつをぶっ殺す!」


「了解しました」


 金髪金眼の美女、その全身が(ほつ)れ、青年を真っ黒に(つつ)()んでいく――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ