序:破 ≪教室≫
カルチャースクールの宣伝すると、思いのほか子どもが集まった。
きっと昼食おやつ付きの一文が効いたのだろう。
もしくは受講料が安いからか――いっそのこと無料でもいいくらいなのだが、タダより高いものはなかろうと疑われても困るので、ほんのわずかに礼金を取ることにしたのだ。
陸歩とアインとゴドウィンとで丸太をいくつも用意し、結び合わせて筏にする。
ヨルドンドのガラクタの海の上、これが教室だ。
椅子や机はそこらの電化製品の中から、横倒しにした冷蔵庫やらマッサージチェアやら、具合のいいものを見立てて代用した。
二日目からさっそく席が足りなくなったので、筏から丸ごともう1セット、もう1セットと増やしていく。
講師は専らイグナが務める。
万能の彼女は歌でも工作でも詩作でも、何でもプロで、それらを子どもたちに教える様は堂に入ったものだ。
眼鏡に白ローブというコスチュームも、怜悧なイグナにはよく似合い、すっかり街の先生である。
座学の大人しさが苦手なやんちゃ坊主たちは「剣を習いたい!」などと言い出した。
彼らは陸歩とアインが相手だ。
方々の街からお古の木剣・模造刀を借りてきて、子どもらにいくつか剣術の型を教えて、皆で素振り。
意外なことに、アインの面倒見が悪くない。
キアシアの作る給食が美味。
キアシアの作る菓子が美味。
「――先生じゃあね!」
「――また明日!」
とっぷりと日が暮れた頃、迎えにきた保護者と手を繋いで、生徒たちは帰っていく。
それへ手を振り返す陸歩たち……その更に後ろで佇んだゴドウィンの表情は、何というべきか。
やはり睦まじい親子の背中に、思うところがあるのだろうかと、陸歩は頭を掻く。
「悪いね、ゴドウィンさん。
でもこれ、当て擦りってわけじゃないから」
「分かってる……いや、感謝してるくらいだ。
だって、これ、俺たちのため、だもんな」
「まぁ。恩を着せる気もないけど」
デニッツ大陸にも子どもは少なからずいる。
未開拓地に入植してくるのは大抵は身軽な独身だから、必然としてここの子どもはこの地で生まれた者が大半。
すなわち彼らがデニッツ出身者の第一世代であり、年長でも十歳かそこらだ。
まだまだ発展途上の大陸で、大人たちは仕事に忙しい。
学校や保育園はまだ満足に揃っていないから、親のいない間、子どもたちは仲間内で暇をつぶすか留守番をしているか。
そんな中で、ヨルドンドで格安の私塾が開かれたという話はすぐに評判になって、他の街からも生徒たちが集まってきた。
そして四日あって、五日目。
「本日は、絵を描きましょうか」
ここ数日でイグナは先生としての信を勝ち得ていて、席に着いた子たちは「はぁーいっ」と素直に手を挙げる。
彼らは一斉に配られた画用紙と色鉛筆に夢中になって、花や動物や果物や、何でも好きなものを描き始めた。
仕上がる端からイグナが褒め、陸歩が受け取って、教室に横づけしたゴドウィンの船の側面に掲示していく。
やがて、イグナがふと言う。
「そうだ。ご両親の絵を描きませんか?
皆さん、お父様やお母様のことは好きですか?」
返事は「好きぃ!」と大合唱。
「良いことです。
では日頃の感謝を込めた似顔絵を。
言葉も添えて贈れば、ご両親はきっと感激して泣いてしまいますよ」
名案に、子どもたちはキャアキャアと笑いながら取り掛かる。
目の前の教室があんまり微笑ましくて、アシスタントの陸歩は束の間、目を細めていると。
「リクホ様」
「お?」
画材を差し出してくるイグナ。
「よろしければ、リクホ様も」
「……オレにもパパママの似顔絵を描けって?」
苦笑を返すも、先生は大真面目だ。
「はい。たまには故郷を偲ぶのも、趣があってよいかと。
それに。リクホ様のご両親には、ワタシも未だお会いしたことがありませんから、どんな方々なのか気になります」
「…………。オレ、そんなに絵心ないんだけどな」
おずおずと紙と鉛筆を受け取る。
と、
【――楽しそうじゃねぇか】
「…………」
どこからか声が。
イグナも同じものを聞いているのか、目配せを送ってくる。
よく見れば……彼女の肩に小虫が止まっていて、どうもこれが立てた羽を震わせて喋っているらしい。
確認するまでもなく、陸歩のほうにも、同じものが。
教室はアインとゴドウィン、炊事場のキアシアにも声をかけて任せた。
陸歩とイグナは船の向こう側へと回り込む。
船体の陰に隠れて、息を吐いた。
「やっと来たか、ユーリー・ラザホー」
【ゲイトゲイザだ! 俺は! ユーリー・ゲイトゲイザ!】
わざと苗字を間違えてやれば、先方はてきめんに取り乱したのち、舌打ちが続く。
【……逃げずに待ってたのは褒めてやるけどよ。何やってんだ、お前ら?】
「あー。これにはな、お前とお前の親父さんも関係した、わりと深めな事情があってな。
――なぁ近くまで来てんだろ? よかったら出てきて、面と向かって話さないか?
こっちに戦う気はそれほどない。キアシアがじきに昼飯出してくれるから、」
黙れ、と虫が怒鳴る。
【こっちはもう攻撃態勢に入ってる! お前らのとこに星を落とす準備が整ってんだよ!
そんなにたくさんのガキどもを抱えちまって、守りきれるかな、ジュンナイリクホ!?】
「…………」
アイコンタクトを取ると、イグナがそっと眼鏡を外した。
合図――設置したワスプの目で、ユーリーとその相棒の姿を捕捉した、の意だ。
頷く。
「なぁ。実はさ、オレたちのこれ、遊んでるんじゃないんだ」
【あぁ!?】
「申し訳ないなとは思うよ。ユーリー・ゲイトゲイザ。あんたの複雑な家庭環境、親子関係は理解してる。
理解してて……それを利用した罠だ。
んじゃまぁ、堪能してくれ」
【なにを、】
陸歩、イグナともに、肩のワスプを叩き潰す。
そして彼らは互いに腕を広げ、互いの腕の中へ飛び込み、互いを抱きしめた。
「Dual Order! Code:Ignition X Demi-God!」
【Code:Ignition を受諾。】
装甲で巻かれゆく陸歩の手。
そこには鍵があり、それこそは億法都市へと続く一本……、
【key:Vermenova を認証。
Code:Demi-God を受諾――】




