親子について
いつぞや師弟について、あれこれ記述したけれど。
当たり前ながらこの世には、師弟関係の数倍かそれ以上の、親子関係があるわけで。
その仲は師弟より、もっとずっと千差万別だろうな。
万差億別とでも言うべき? それでも足りない?
ともかく。
親と子のあり方を、少し見てみようか。
子は宝とはよく言われるが、例えばオーレリオ大陸ではその思想が強い。
亜人たちの土地だからな。人間よりも個体数が少なく、種の存続のため子どもは重要だ。
なので人工妊娠中絶はご法度。
だけでなく、子どもの虐待は大罪とされる。
また、あの地方では未成年を殺害した場合の罪は、大人を殺したときの倍になるそうだ。
万が一、親が子を殺した際には……刑罰の具体的な内容は書かないでおこう。あまりに凄惨に過ぎる。
逆に子が親を傷つけたケースでは、ほとんど無罪。
成人前の子が他人に危害を加えたときも、その罰は親が受ける。
これは、子の行動は親の責任であるという考えに基づいたもので、子どもの凶行は全て親に原因があるとされるため。
ちゃんと道徳を教えておかなかった親が悪い、ってふうに。
少年院なんてものはないんだね。
要するに、オーレリオでは生来の悪人ってものはいないとされているんだ。
人の善悪に関する性は、成長の過程で注がれた愛情の多い少ないに寄る、と。
まぁ、人格の大部分を形成するのは環境であるのは間違いないからな。
生まれつきの精神疾患等については、また別な法によってフォローしているらしい。
亜人つながりで、子が親を選べる制度について。
特に爬虫類系の亜人に見られるらしいが、卵生の人たちの一部には、卵を世代全体で世話する文化がある。
これは誰の産んだ卵、なんて気にしないんだ。
同時期に複数人が産卵した場合には、みんな集めて、みんなで世話する。
じゃあ生まれた子たちは親が誰か分からないじゃないか、と思うが。彼らにとっては「親世代」全員がそうっていう感覚で、血縁はこれっぽっちも重視しない。
だけど世の中が開いた現代では、他の街や他大陸との交流にあたり、個人には後見人ってものが要る場合がある。
余所で伴侶を見つけたときとかね。
それに備えて、こういう亜人たちは子どものうちに、親世代の中の誰かを選んで公的な関係を結ぶんだそうだ。
ここまでの例とは逆に、親優位の関係もある。
旧態依然とした貴族階級やら、魔術師の一派やら、世襲の強い界隈がそれだ。
子は親の地位や事業を「継ぐ」ことを至上命題とし、やがて親になれば子に「継がせる」ことを第一に意識する。
親に与えられたものを最低でも損なわず、可能なら発展させて、次代へ繋ぐことこそ子の務め。
子はそのために生み落とされ、そのために手塩にかけて育てられる。
まぁ……職業選択の自由が認められた現代日本出身のオレなんかからすると、ちょっと理解が難しいけどね。
それだと子の自由とかは、どうなんよ?
出奔する人の話も噂に聞くし。
子どもの人生が親の都合ってのは、やっぱあんまり印象がよくないよなぁ。
とはいえ世間の大半では、親サイドにも子どもサイドにも、極端に偏ったりしていない。
親は子を慈しみ、子は親を敬う。
その中で不幸にも心がすれ違い、上手く通じ合わないことが往々にしてあるにしても……。
血は、どうしたって、水より濃いからな。
身近なところの話をしよう。
オレの父さんは、とても穏やかな気性の人。
怒鳴られたり手を挙げられたことなんかない。
オレが質の悪さをしたときには、母さんは烈火のごとく怒ったもんだけど、対して父さんはすごく悲しそうな顔をして……息子としては、そっちのがよほど堪えた。
野菜を育てるのが趣味で、よく畑の世話をしてた。
職業はウェブ広告のデザイナーで、大手の会社に属し、業界内でも実力を高く評価された人だったらしい。
父さんの書斎から、有名な俳優と直接打ち合わせしている様が、漏れ聞こえてきたこともあったっけ。
漠然とだけど、すごい人なんだなぁって。
もちろん尊敬してた。優しいし、頭がいいし、好きだよ。
父さんもオレを十分に愛してくれてた。その実感がある。
……照れ臭いな。
アインの親父さんは、巨人族の中でも高位の人のようだ。
ただし剣の腕はからっきしだったとか……どうだかな。そりゃあアインヴァッフェ・イリューから見ればそうなのかもしれないが、一般的な尺度に照らせば父君は十分に一角の剣士かも。
親子の会話はあまり記憶にないと言う。
部族の取りまとめや他勢力と交流、巨人傭兵団の経営などなど、多数の仕事に忙殺され、家庭を省みる素振りもなかったとか。
親父の言葉はいつも側近経由で聞いていた、ともアインは続けた。
聞く分にはどうやら、食卓や居間で談笑する仲ではなかったようだ。
しかし、じゃあ父君は息子に関心がなかったかといえば、全くその逆で、並ならぬ期待をかけていたらしい。現にアインは「いま故郷に帰ろうものなら、たちまち跡を継がされる」とぞっとしなさそう。
父親をどう思うか、との問いに羅刹は「やりゃあ俺が勝つ」とのコメント。そういうことは訊いてない……。
少し表情を真面目にしたアインは、父のことを「稀有な人物」と。「手元より遠くが見える巨人は珍しい」って。
「俺に必要な男ではなかったが。もしアレがいなかったら巨人族は、次かその次の世代で潰えてたろう」というのは分かりづらいけど一応、賛辞なんだろうな。
キアシアの父上は、故人だ。
が、生前の彼はとてもひょうきんな人物だったそうだ。
あまり威厳ってタイプじゃなく、平気で子どもに交じって遊んでいたとか。
冗談が好きで、筆を持っても楽器を持っても、人を笑わせることに使う人。
それでいて肝心なところでは思慮深さを見せ、博学で周囲の人々からも知識を頼られて、歩く辞書とまで呼ばれたらしい。
とくに哲学に造詣が深かったという。
ゼアニアとキアシア、二人の娘はひたすら褒めて育てる方針で、姉が気まま気まぐれになったのは父のせいとはキアの談。
味音痴……というか悪食の気があったらしく、どんなものを食べても「美味い」と答えるため、キアシアは修業時代、父の味見をほとんど当てにしていなかったって。
そんな父との思い出を語ろうとして……キアは、言葉を詰まらせた。
相当な無理をして涙をこらえた彼女は、「大好きだった。今でも会いたい」とだけ呟く。
流れとは言え、話させるのは酷だったか。申し訳ないことをした。
こんな話になったのはゴドウィンさんがユーリーについて、酒を飲ませてもなお、話すに厭う様子だったから。
魔女のことを軽く教えて、その手先になってるのは間違いないから、止めるためにも情報をくれと言ったのに。
ゴドウィンさん自身にいい父親でなかった自覚があるようで、なかなか喋りたがらない。
仕方ないので、イグナの提案で搦め手に訴えた。
オレたちの中に親の経験のあるやつはいないから、子として父親について述べてみたところ……おっさん、わんわん泣き出したよ。
それでようやくポツポツと白状し始める。やれやれ。
ちょっと心苦しいが、必要なことだ。この際、嗚咽まみれの脈絡グシャグシャでも構わないから、腹に抱えてたもの全部ゲロしてもらおう。




