転:急 ≪乱戦≫
ユーリーの左掌で鍵穴がギラリと光る。
「――『火』――『暴』――」
それは狙い定めた陸歩へと印を二つ、重ねて放ち、
「よっと」
だがアインが、差し出した魔剣の腹で遮った。
青白い輝きの紋様が刃に押印され、キンと鳴いて広がって爆発。
「――はっははぁ!」
濛濛と立ち昇る黒い煙の中から、アインは飛び出し、ユーリーたちへ躍りかかる。
その身に多少の焦げと煤こそあれども、羅刹には何ら傷はない。
「ちぃ!」
迫る裏切者にユーリーは舌を打ち、前へ出ながら自分に鍵穴を向けた。
「――『防』――『刃』――」
胸に二重印を抱いた彼は、アインが大上段から振り下ろしてくる剣を、右手――篭手すらない素手にて迎え撃つ。
叩きつけられた斬撃は。
しかし、ユーリーの皮膚一枚を切り裂くことも出来ず、肌と刃で鍔迫り合いを演じる。
額と額の付く距離で、アインが笑った。ユーリーが牙を剥いた。
「よう、ユーリー」
「気安く呼ぶな!」
「つれないねぇ。
お前とは膝を交えたことなかったよな。どんな手品の使い手か、いい機会だ、たっぷり楽しませてくれ」
「あぁ、山盛りくれてやるから味わえっ」
左掌を、アインの腹へ突きつける。
そして押印、印、印、印印印……。
光の印が無数に、赤いものと白いものが交互に連なった。
「――『回』――」
「お?」
右回り、左回り、それぞれの印の数だけ力が働いて、羅刹の身体を容易にねじって引きちぎる……。
アインの反応が早い。
魔剣を逆手に持ち、刀身を自分に突き立て、なんら躊躇いなく切腹する。
「なっ!」
突然の自刃にユーリーは目を剥くが、次の瞬間には驚きの意味が変わった。
物質的に存在しているわけではない印が、パキリと小気味よい音をさせて割られたのだ。
所有者が意思したものだけを斬る魔剣の力だ。
印を斬ると決めれば印だけ斬る。
肉を斬ると決めれば肉だけ斬る。
刃が翻る。
ユーリーは未だ防刃の加護を帯びたままで、回避を意識すらせず、身体を魔剣に撫で下ろされるがままだ。
やはり斬れず、服すら断たせず――しかし。
胸の二重印が、真っ二つに。
アインがさらに、下から上へ、一刀。
「おぉらよぉ!」
「っ、」
ユーリーの襟をクランシュが掴む。
「失礼いたします」を呟きながら彼女は、主を力いっぱいで後ろへ引っ張り、羅刹の斬撃はすんでのところで空を切った。
すぐにユーリーは内心で、敵能力の認識を改める。
塔剣が魔を斬る、とは聞いていた。
いま羅刹が手にしている質素な剣は、人間サイズでいるときのための間に合わせかと思ったが。そうではなく同様の力を有した銘刀らしい。
とにかくアインには印を破壊することが出来るのだ。
「なら――こうだ!」
ぱんっ、と合掌。
それを離した時、右手と左手の間にはずらり、30も40も重なった光の印が。
「クランシュ! 鳥だ!」
「種類や、数は」
「お前に任せる!」
「了解しました。
Command : ≪燕≫ を実行】
彼女の背に残る、籠にならなかった分の翼が細かく千切れて、宙におびただしい数を散りばめた。
その一つ一つが小さな羽ばたきになると、やがて滑空し、助走で十分な速度を得たものから次々にユーリーの手元へ飛び込む。
ワスプの燕が、爆破の印を掬い取って身に刻み、アインへと特攻をかける。
幾つもの爆発が連鎖した。
「――――、」
弾ける赤と黒に包まれるアイン。
そして余勢を駆った燕たちは、陸歩たちをも襲わんとする。
「リクホ、リクホっ、こっち来た!」
「下がってろキア!」
陸歩は極彩色の翼を広げる。手には光輪。
迸る紫電、『凡庸廃絶』。
群れなす鳥などひとたまりもなく、その場で灰燼となって、寄る辺を失った印がたちまち爆ぜた。
息を吐く暇はない。
「やべっ」
こちらに照準を合わせた、ユーリーの左手が見えた。
パッと身体をよじった陸歩は、投射された何らかの印を危うく躱す。
「っ、仕方ねぇ!
ゴドウィンさん! イグナ!」
呼ばれた二人が陸歩を見た。
どちらも未だ、状況に心が追いついていないのが分かる。
ゴドウィンにとってユーリーは息子、イグナにとってクランシュは姉。申し訳ないと陸歩は思いつつも、
「あいつらを取り押さえる! このままじゃ話も出来ない!
縁ある二人には悪いけど、多少は手荒にするからな!」
返事は待たなかった。
黒猫が飛び出した。
陸歩はそれに導かれるように後を追って、踵に炎を灯して馳せる。
心を慈愛で染めると伴って鈴剣が、刃渡りはそのまま刀身を十手状にし、敵を不殺傷で取り押さえる準備と覚悟が完了。
ユーリーは、しゃがみ込んで足元を、左手で叩いた。
「――『防』――『火』――」
印が、籠の中いっぱいに広がる。
途端に陸歩はつまずいた。
「お、あ、」
意図せず走力が失われたからだ。
踵の炎が萎んで、消えたのだ。
咄嗟に足の裏から火を吹こうにも……やはり出ない。
散々に爆炎に飲まれたアインも鎮火し、今は膝をついて炭化した身体の治癒に努めているところ。
にあっ。
鋭い黒猫の鳴き声は警告だった。
ユーリーの印が、今度こそ陸歩を捉える。
「――『引』――」
「くそ!」
胸元に刻まれた紋様が輝く。
さっき避けた印が、地面に転がったガラクタの表面で、同じ紋様に輝いた。
二つは互いに引かれ合い……陸歩が剛力で踏ん張ったがため、屋外用ホログラム投射機の巨体のほうが飛んできて、彼にがっちりと張り付く。
「ぐ! このっ!」
二回り大きなドラム缶、といった趣のそれはどうしようもなく邪魔だ。
陸歩は束の間、身動きに苦しんだ。
好機と見て、ユーリーが飛び出す。
このまま陸歩の頭を掴んで、密着状態でしか押せない強力かつ精緻な印を刻む算段である。
ここで奴の首を取れば大金星。
掌で、額に、触れた。
「――取った……っ」
そう確信した瞬間。
陸歩の背後、影の中に、イグナ。
右手の五指は固く揃えられ、文字通りに手刀だった。
主の脇から放った貫手が、ユーリーを目がける。
クランシュもまた割り込む。
自らの主人の胴を後ろから抱くように両手を出して、重ねた掌でイグナの手刀を受け止めた。
……出力の差か、それとも機体硬度に隔たりがあるのか。
阻んだ手は、諸共に甲まで抉られる。
「――っ」
「……」
むしろイグナが息を呑んだ。
一方でクランシュは、自身の破損にも眉一つ動かさず、透明な表情のままでいる。
互いに絡み合い、複雑に交差した四者・二組。
次の一挙手で、誇張なく、誰かの首が飛びかねない――
全く不意に、ポンッ。
「…………」
「…………」
ユーリーの左耳を、耳たぶから展開した『言』『舌』の二重印が、戦闘と脈絡なく包んだ。
ザリザリとノイズまじりに耳朶へ響いた言葉に、彼は顔をしかめる……。




