転:破 ≪押印≫
目的地到着まで、クランシュが60のカウントダウンを刻々と進める中。
まだたっぷり20が残るのに、突如として星船の着陸用印が作動した。
本当なら印が衝撃の全てを吸収、虚無へと逃がし、星船は綿毛が落ちる程度の軽やかさで街へ降り立つはずだったのに。
何かに真っ当ではない手段によって打ちのめされ、ついに印は砕け、船が宙で霧散。
ユーリーは慌ててクランシュを纏い、辛くも防御姿勢で現地へ落下する。
そして顔を上げてみれば。
「なんつーとこに……ドンピシャで到着すんだよ……」
「申し訳ありません。計算外です」
クランシュが無機質に謝罪する。
だが彼女に責任などない。こんなもの、どうして計算できるものか。
運命の悪戯、いや悪意と思うしかなかった。
目的地に到着してみれば、目の前には、怨敵が勢ぞろいしているのだから。
「……ちっ」
ジュンナイリクホ……というより、その付き人のイグナ。
裏切者のアイン。船を落としたのはコイツか。
そして何より、クソ親父。
「なぁ、クランシュ……とりあえずどいつに、中指立てたらいいと思う?」
「ユーリーの望むままに。
ただ、では、一番初めに話しかけてきた者から、というのはいかがでしょう」
名案だ、とユーリーは頷いた。
「ユーリー……」
ゴドウィンが我を忘れたように目を見開いて、一歩、前へ。
その額にはざっくりと傷があり、派手に血を滴らせている。ユーリーたちが落ちてきた余波で、彼の船が横転し、振り落とされた拍子に切ったものだ。
しかし流血も、痛みも意識に入らない様子。
「ユーリー……ユーリーだよなっ? なぁ、ユーリー、」
「…………」
一番初めに話しかけてきた奴。
び、とユーリーは夜空を指した中指を見せる。
目を瞬かせてゴドウィンは、苦笑いを零し、バツが悪そうに額を手の甲で拭った。
「はは……でっかく、なったな。
……なぁ、母さんは、どう、」
「死んだよ、お袋は」
「っ」
「とっくの昔にな」
「…………。そうか」
眉根を寄せた陸歩とキアシアが、目線を交わす。
ゴドウィンと、あのユーリーと呼ばれた青年は、察するに親子なのか。
そう思えば確かに、容貌に似た箇所がないでもないが。
ゴドウィンが筋肉質の長身で、髪色がブラウンであるのに対し、ユーリーのほうは中肉中背、髪はアッシュグレー。
正直、全く別タイプの人間、といった印象を受ける。
しかもどうやら、円満な親子関係には程遠いらしい。
とはいえ……父親の目の前で、息子へ斬りかかるのはどうか。
あの青年が左手にした篭手は、明らかに魔女の手下の証であるにしても。
そして何より、その隣に立つ、あの金髪の女は。
イグナは、ひたすら彼女と見つめ合っていた。
「…………」
「…………」
どちらも無言のままである。
イグナのほうは万感に喉を詰まらせて。
クランシュのほうは、無感動に。
陸歩が「イグナ?」と囁くと頭を振って、
「えぇ……えぇ、大丈夫。大丈夫です」
何に対しての大丈夫なのか。
彼女らしからぬ、いつにない不明瞭な物言いを、まるで自分に言い聞かせるようにくり返す。
誰もが、次の動きに迷う、束の間。
アインが塔剣を虚空へ返し、ヒトのサイズに縮み、陸歩たちとユーリーたちのちょうど間にストンと着地する。
街のあちこちで騒がしく声がして、照明が点けられ、少なくない人数がこちらへやって来る気配。
ちっ、とユーリーが舌打ちした。
そして篭手の掌――正確にはその鍵穴を、天の孔へと向ける。
「――『再』――」
途端に、夜空にぽっかりと開いていた虚を、巨大かつ複雑怪奇な印が覆う。
そこから冴え冴えと差す輝きは、月光に似て、ヨルドンド中を洗った。
……街の足元に敷き詰められたオーパーツが、一斉に、目に光を灯した。
「なっ」
陸歩は、他の誰もが、一様に息を呑む。
完全に『死んでいた』はずのガラクタ群。
それが、あるものは画面に、あるものは電源ボタンに、起動を示す蛍火色を焚いたのだ。
中にはガタガタと、震え始めるものもあって。
「クランシュ。回収しろ」
「了解しました」
命じられるまま、クランシュは自らを抱き、背中を丸めた。
と、ヨルドンドの至るところから、何か砂鉄のようなものが立ち昇り、彼女へと殺到していく。
イグナのポケットから、ワスプの蝶が這い出て、これもまた砂になってクランシュの元へ。
金髪の美女の背へ、長く、塔ほど高く伸びる、翼を形作る。
それを見上げて、ユーリーは、
「相当な量、溜まってたな……パワーアップになったか?」
「はい。これまでロックが掛かっていた機能形態のうち、39が解放されました。
また既存形態の出現規模も、これまでの最大7.6倍まで可能です」
「そりゃあ、ご機嫌だァ!
クランシュ! 籠を出せ!」
「大きさや、強度等は」
「お前に任せる!」
「了解しました。
Command:≪籠≫ を実行】
クランシュの翼が、鋼色の龍に変じた。
それは螺旋を描いて昇りながら、とぐろの各段を支柱で結んで、格子を編んでいく。
ほんの一瞬後に組み上がるのは、この場にいる者を閉じ込めた、巨大な籠だ。
頭上は円く窓が開き、天の孔を塞ぐ印が、じっと見下ろしている。
ユーリーの左手の鍵穴が、身構える陸歩を捉えた。
「魔女高弟十六人衆が一。
印の月、『妖印』のユーリー・ゲイトゲイザ!
ひとまずテメェら全員、ねじ伏せるぜ!」




