転:序 ≪隕石≫
ガラクタの積もる街に、巨人の威容が屹立する。
手には塔剣。藤色の刀身が、夜に淡く怪しく輝き、閃く瞬間を待ちわびていた。
アインが予告なく、自らの封じられた力を一遍に解放したため、辺りにはエネルギーの余波が蒸気となって吹き付ける。
皆は呼吸を止めて腕で顔を庇って、煙る視界に耐え、そんな中で陸歩は叫んだ。
「お、いっ! アインっ!」
巨人はいよいよ近づく星を見つめ続け、視線すら寄越さない。
この切迫した状況に、さらに混沌を加えられ、陸歩の声はいっそ怒鳴る調子である。
「この、馬鹿野郎! そんな勢いのもん斬ったところで、弾が二つに増えるだけだろうが!」
むしろ二手に分かれて落下すれば、被害が拡大する可能性すら。
決して聞こえていないわけではない。
だがアインは、顧みようともしなかった。
どうでもいいからだ。
別に、街を救いたくて斬ろうとしているのではないのだ。
斬ってみたいから斬る。それが動機の全部。
羅刹の腹積もりを陸歩も察し、歯ぎしりする。
もう隕石はほんの上空にあり、熱と眩しさを感じるほど。
覚悟を決めるしかなかった。
「っなら、アイン! 50回でも100回でも斬れ! 粉微塵にしろ! 荷が重いかよ!?」
「――」
短くも効果的な挑発に、初めてチラリとアインの目がこちらを向いた。
にやりと笑みに細められる。
陸歩はそれを了解と受け取り、イグナとキアシアへ振り返った。
すでにイグナは、こちらの意図を大よそ察しているのか、眉根を寄せている。
納得を乞うように頷いてみせた陸歩は、
「落ちてきた星を、アインに細断させる。一から多にすれば、オレの『凡庸廃絶』で消滅させられるはずだ。
それでも取りこぼしが出るだろうから、残りは直接叩くぞ」
「リクホ様、それはあまりに……」
掌を見せて制した。
ユーザーの生存を第一とするイグナの考えは分かる。
例えば、ここで彼女を纏い、加速か飛翔に特化した形態へ変形すれば、街から逃れるくらい、キアシアを抱えてでも可能だろう。
だが、自分たちだけ助かろうなんて、どうしても。
「キアシア、銃の弾込めは?」
「二発とも入ってるけど……。
待ってよリクホ、本気なの? 落ちてくる前に消し飛ばそうって?」
「あぁ。いざとなったら、お前の方でも、隕石の破片を撃ち落としてくれ。
もし狙いが難しそうならオレにぶち込んでくれていい。奇跡が推進力になるかもしれないし、もっと運のいいことが起こるかもしれないしな」
問答の暇はなかった。
アインが厳かに、剣を脇で構えた。
陸歩も鈴剣を大剣へと変じさせ、イグナへと命じる。
「イグナ――Order , Code : Ignition!」
「……畏まりました。
Code : Ignition を受諾。】
結局は主の意志に従い、赤髪の少女が鎧へと姿を変える。
さらに陸歩は、極光の輪と翼を広げた。
その光景に。
機械の正体を露わにしたイグナ。
神託者と明かした陸歩。
彼らに、傍らのゴドウィンは、呆然と目を見張っている。
「お前ら……!?」
にあ、と黒猫が鳴いた。
ついに隕石は、アインの刃圏の内側に入った。
だが羅刹はまだ動かない。
視線も標的から切り、その意識はひたすら自己の中へと向かう。
生粋の戦闘者が振り絞る極限の集中力は、周囲にまで、ビリビリと伝わるほどだ。
「――――」
呼吸を、凪ぐ。
もはやアインの認識の中で、世界はどろりと鈍く、全てが克明だ。
――それが単なる炎や岩の塊でなく、鋼鉄の矢尻であると気付いた。
どうにも物じみた姿は、隕石と呼ぶには違和感がある。
ならばその正体は……いや、関係ない。
構えのまま腰を、重心を、墜ちる星の速度にぴたりと一致させて、低く下げた。
「――ッ!」
地響きと紛う、裂帛の声を上げ、
塔剣を、振るう。
一瞬にして二十二、斬りつけた。
刃を翻して更に倍。
陸歩からの注文は50だか100だか。安く見られたものだとアインは牙を剥き出す。
が。
「――ッ?」
刃が通らない。
幾重にも放った斬撃は全て、星の前面に立ち塞がった魔方陣に阻まれていた。
すさまじい反発と放電が巻き起こる……それは、陣の上げる悲鳴だった。
隕石に施された魔術的防衛は、素人目にも堅牢だ。
だが、塔剣に塗布された紫は、破魔の力を宿すのだ。
そんな刃に、落下速度が殺されるほどの威力・回数で打たれ続ければ。
ついには陣に罅が入り、粉々に砕け散る。
「うぉっ!」
白光が爆ぜ、ヨルドンドの空を見守っていた誰もが声を上げて目を眩ませた。
サングラスでさえ遮れない光量。
最も間近で直視した巨人など、失明の危機ですらあったろう。
けれどもアインは、持ち前の治癒力と、修行の成果である明順応を働かせ、隕石を今度こそ両断すべく……。
「……あん?」
斬るまでもなかった。
矢尻はまるで、魔方陣を損失したことで、締めていた箍を失くしたように自ずから二つになり、それは四つになり、八つになり、無数に細かく解れていく。
アインはチッと舌を打つ。
隕石などという、またとない獲物だったのに。
斬り損ねた。
ほぼ一瞬にして、砂に崩れた星は、白く煌めきながら辺り一面へと降り注ぐ。
その勢いはもはや、雪ほど緩やかで、持っていた熱も宙に霧散し、街から脱出しようと慌てふためいていた人々の頭へ、しっとりと積もった。
そんな中。
唯一残った塊が、地上へ落ちた。
その衝撃で少なくないガラクタが飛沫と上がり、陸歩はキアシアと猫の腰を抱いて大きく跳び退る。
「――痛ってぇ、なぁっ!」
真新しく作られたクレーター、その中心から。
のっそりと立ち上がるのは。
鎧を纏った、何者か。
「なんなんだよ一体!」
ぬるりと光沢ある黒をしている。
装甲は鱗を繋ぎ合わせた形で、全身に棘が多く、こめかみには角を生やして、面相は骸骨に似て、まるで悪魔だ。
かと思えば次の瞬間には、二人に別れたではないか。
神経質そうな青年と、金髪金眼の美女に。
陸歩とイグナは息を詰まらせる。
こちらも全く同じ仕方で、青年と、赤髪赤眼の乙女に、分離しながら。
抱きかかえたイグナが、彼我を何度も見比べた。
「ねぇ、ちょっと、あれって……」
「…………」
謎の来訪者の、青年のほうが、どこかにぶつけたらしい頭をしきりに擦りながら。
視線を寄越して、ぴたりと固まる。
その見開かれた目を、陸歩は正面から……受け止め、られなかった。
彼が見ているのは、自分たちではない。
「お前……」
背後から、愕然とした声が。
ゴドウィンだ。
言葉には信じられない思いが、たっぷりと滲んでいる。
「ユーリー、か……?」
ち、と舌打ちが返る。
ユーリーと呼ばれた青年は忌々しげに、陸歩たちを睨んで、アインを睨み上げて、そしてゴドウィンには呪わしいほどの目で。
吐き捨てた。
「なんつーとこに……ドンピシャで到着すんだよ……」
「申し訳ありません。計算外です」
連れの金髪が、人形のように、感情なく答える。




