起:急 ≪解析≫
拾い上げたノートPCの表裏を一瞥ずつしたイグナが、ふむと息を吐く。
「2~3世代前のモデルのようですね」
「物理モニタに物理キーボードだもんな」
陸歩は手慰みに、足元を掘り返しながら言った。
最新のパソコンならホロモニタだの網膜投影だのフルダイブだの、実際の画面を見る形から卒業しつつある。キーボード事情も似たようなもの。
もっとも彼自身が持っていたのは、まさにイグナが確かめているのと同年代のデスクトップPCだったが。幼い頃に買ってもらって、物持ちの良さを発揮したためだ。
「お」
ドローンを見つけた。
ゴルフボール大の球体に節足を二対付けたようなデザインで、やはり2~3世代前のセンスといった感じ。
摘み上げて、電源ボタンを長押ししてみるが……反応はない。
「んー。バッテリー切れか、中身がイカれてるか……。
イグナ、そっちはどう?」
「電子部位が完全に破損しています。復元は不可能かと」
「やっぱそうかぁ。
……あれも?」
目線を送るのは、コンテナサーバーだ。
舟のすぐ横に置かれたそれを、ゴドウィンが検品しながら喜々として磨いている。
イグナが解析のため、こっそりワスプの蝶を一機、取り付けたのだが。
「あちらも、似たような状態でした。サルベージ出来るものは何も。
……なんと言いますか、デジタルメディアの脆弱さを感じずにはいられません。紙媒体なら、何かしらは残るものを」
「まぁ、次元を跨ぐなんて、メーカーも想定してないだろうし。無理もないだろ」
手の中で弄んでいたドローンを、隣でほへーと覗き込んでいるキアシアに渡してやった。
矯めつ眇めつ眺める彼女は、まるで食材を相手にしているかのようだ。
「リクホ。これって、いりそう?」
「うん? いや。いいよ」
「じゃあ遠慮なく」
すぐに工具をドローンのボディの隙間へ捻じ込む。
機械いじり、というよりは捌いてみたいようで、これも料理人の性なのか。
陸歩は胸ポケットにあったサングラスをかけた。
そろそろ日の傾きかける中、変わらず空にある孔を見上げる。
肉眼で直視すると毒だそうで、遮光レンズ越しでもあまり長く見ない方がいいのだろうが。
「……どこに通じてんだろうな。不燃ゴミの処理場とか?」
空気を嗅いでも、腐臭やらは一切しない。
生ものや生活ゴミは、あの孔からは落ちてこないらしい。
「いつに通じているか、も気になりますね。
ざっと見たかぎり、新しいものでも5年から10年程度前のものですし。
ワタシたちの時代より、過去に通じているのやも」
「ってなると、あれでの帰還は出来ないか。浦島太郎はゴメンだもんな」
「えぇ。そうでなくとも潜るのは推奨できません。
落ちてきたもの全てが電子的に壊れているということは、あの孔の内部は強力な磁気の嵐である可能性が高い。
ワタシの電脳でも耐えられるかは怪しいですし、人体にもどれほど有害か」
ふと気づくと、キアシアがじっと上目遣いで見ている。
「…………」
この世界へ二人を呼び出した責任から、帰れるチャンスには敏感なのだろうが。
陸歩は肩を竦めて見せた。いずれにしても、今すぐに帰るわけにはいかない。
「――安心したぜ。帰っちまったらどうしようかと」
散策から戻ってきたアインだ。
……三人でぎょっとした。
「もうしばらくこっちにいてくれや。お前らがいなくなっちまったら俺ぁ寂しい」
「いや、アイン……それ……」
デカくて重いものを探しに行く、とか言って出た彼が、持って帰ってきたものは。
「多脚戦車だぁ!?」
陸歩の開いた口が塞がらない。
キアシアの手でバラされつつあるドローンの、親玉とでもいった見た目。最大六人が搭乗できる本体に、屈強な機甲の脚が四本。
股の間に備えた主砲四丁が物々しい。
「なんだ、貴重品かよコレ」
「兵器だよ兵器!」
「そんなものまで、あるのですね……」
ふーん、とアインはちっとも興味がない。
戦車の巨体を担いだまま、スクワットを始める。デカくて重いものとは筋トレの負荷のためだったのか。
クヤナギで剣の偽神体に敗れて以来、彼はこの調子だ。修練に明け暮れて余念なく、暇さえあれば技か身体を鍛えている。
だけでなく、陸歩に対しての態度にも変化があって、何か以前よりもずっと親しげだ。さっきの「帰られたら寂しい」からも、揶揄でなく本気のトーンを感じたほど。
「おいおいおいおい、なんだそら――っ!」
もう垂涎とばかりにゴドウィンが駆けてくる。
アインがダンベル代わりにしている大型マシンをしきりに強請り、彼から「使い終わったらな」の言質を取って狂喜乱舞。
強めの語気で陸歩が声をかける。
「あの、ゴドウィン先生? あのぉもしもーし?」
いい加減、約束を果たしてもらわなくては。
「孔の研究をしてる方がいるとかでしたよね。ぼちぼち紹介してもらっても?」
「あ? あ、あぁ、だったな。すまんすまん。
いやホント、お前らには感謝してるし感動してる。
わかってるわかってる、今から訪ねてみようぜ」
やれやれである。
ようやく話が進みそうだ。
ニァ、と足元で鳴き声がした。
いつの間にか、有翼の神秘の黒猫が、陸歩へ身体を擦りつけている。
「お前。どこ行ってたのさ?」
急にいなかったり、いたりする子だ。
猫には猫のスケジュールがあるのか、それとも神にまつわる者としてたびたび天界に帰っているのか。
しゃがんで喉を撫でてやろうとすると。
何かを咥えている。
「っ」
「リクホ様?」
「……イグナ、これって」
蝶のドローン。だがそこらのものよりも明らかに、ずっと精巧で繊細な造形。
それは各部位がパーツから成っているのではなく、全体が極小の粒子型機械で形成されているからだ。
これは、ワスプだ。
「…………」
イグナの蝶がひらりと戻る。
彼女の指先に留まったそれと。
陸歩の掌にあるそれには、はっきりと類似点が。
「――っ」
ヨルドンドを見渡すように、イグナが辺りを振り返った。
それはまるで、迷子がする素振りのようにも。
そして小さく、か細く呟く。
「姉様――?」




