起:破 ≪街並≫
横たわったボコボコの業務用冷蔵庫。
これを陸歩が片手で引っ張り起こして持ち上げ、アインとパスし合ってみせると、途端に歓迎されて自宅へ招かれた。
まず渡されたのはサングラスだ。
レンズはかなり濃い黒で、かけるとまるで目の前が夜になったよう。
遮光性が相当に強く、これなら太陽を見ても十分に眼球が保護される。
天の孔を観察するときは絶対に肉眼は止めろ、ゴドウィンは強い口調で言う。
「直接見つめると、魂に失調が出るんだ。吸い込まれて意識が飛ぶし、下手したら二度と目覚めない。
最近は周知されてだいぶ被害も減ったが、昔は毎日のように誰かが倒れた」
ゴドウィン・ラザホーはデニッツ大陸最古参の一人で、ヨルドンドでは顔役と見なされている。
親方、組長、先生、師匠……呼び名の多い人だ。
中年というべき歳だろうに、老いを感じさせない。
長身のアインより更に頭一つ背が高く、刈り上げた髪が厳つく、モリモリの筋肉は軍人のよう。
だが実際には学者だというから驚く。
元々は考古学者だったそうだ。
ヨルドンドが知られるより前は、オーパーツはダンジョンや神代の地層からごく稀に出土するもので、その頃から特別に興味を寄せていたのだとか。
デニッツ大陸が拓かれ、この地が見つかったときには、すぐさま入植したという。
以来ここに住み着き、採掘と研究に励み、結婚も子育てもここでした――
「待った。
ってことはですよ、あの空の孔って、始めから開いてたんですか?」
陸歩の問いに、ゴドウィンは片眉を上げる。
「『始めから』が、ヒトがこの場所を見つけたときから、って意味ならそうだ」
言葉の定義を正確にしようとするところに、学者らしさを垣間見た。
つまり、この世が出来たときから孔はあったかもしれないし、ヒトが足を踏み入れる少し前に開いたかもしれない、それは判らないと。
「人為的に開けられた……って可能性、有り得ると思います?」
「それは『神為的に』の言い間違いか? ……人為的にねぇ。
俺は魔法は専門じゃないが、空は神様の領域だろう。それに裂け目を作るなんて、人間の芸当じゃないと思うね」
「なるほど……」
しかしあの魔女は、人間かどうかも怪しい。
常識など容易く外れてくるところをこれまでに何度も見た。
奴の仕業である可能性を完全に切ってしまうのは早計か。
と考える陸歩に、納得していない様子を感じ取ったかゴドウィンは、肩を竦めて。
「孔を専門に調べてる奴もいるから、後で紹介してやる」
「ありがとうございます」
差し出されたツナギ服。未使用の予備だから安心しろとのことで、陸歩もアインも着替える。
ブーツは底に鉄板が仕込まれていて、履き心地には違和感があるが、普通の靴ではここだと裸足も同じだ。
オーパーツの採掘にはシャベルやツルハシは用いず、ひたすら手を使う。だから専用の篭手をしておく必要があって、鍵束の篭手は脱いだ。
必然としてしゃがみ姿勢が多くなるため、腰を保護するコルセットも欠かせない。これが工具のホルスターを兼ねていて、レンチやらドライバーやらが収まっている。
タオルを頭か首に巻けば、ヨルドンドスタイルの完成。
「おぉ、似合ってる似合ってる。見た目は一端の採掘野郎どもだな。
――お嬢ちゃんたちは、身支度終わったかぁ?」
壁一枚を隔てた向こう、ドアの奥から「はい、ただ今」と返事が聞こえる。
同様の格好をしたイグナとキアシアが出てきた。
さすがにこちらは作業着が身体にぴったり、とはいかなかったようで、ベルトをきつく締めることで対応したようだ。
よし、とゴドウィンが寄りかかっていたデスクから尻を離す。
「それじゃあ御一行、ツアーに出掛けるぞ」
舟を出た。
目の前に広がるのは、見渡す限りのガラクタの海原。
ヨルドンドは住むには向かない。そもそも家を建てる地面がない。
それでもここで生活しようという無茶な連中はいて、ゴドウィンもそうだが、彼らは舟を持ちこんで住処にしている。
時おり空の孔から注ぎ足されるオーパーツも、これなら何とか凌げるというわけだ。
視線を巡らせば、他にもそういう舟がいくつも。
数字の描かれた気球も目についた。
鎖と錨で地表に留められたそれは、パイロンと呼ばれる。
どうしてもヨルドンドは景色がどこでも代わり映えせず、迷いやすいので、このパイロンをあちこちに配置して番地を管理しているのだ。
目的のブツは27号パイロンの傍ということで、4ブロック先とそこそこ歩く。
アインが、砂場で子どもがするように、足元のパーツをわざと蹴散らしながら。
「んでよ、このオーパーツってのは、拾い集めて一体何になるんだ?」
それは陸歩とイグナも気にしていたことだ。
どうも、部品を回収して転用、とかそういうためではないらしい。
金属は溶かせば再利用も可能だろうが、その割にはオーパーツの採掘家たちは拾うものを選り好みしている節がある。
やはり学術目的か。
ゴドウィンは目を眇めた。
「何にするって……オーパーツだぜ? なんかの材料になんか出来るかよ。
これはこれとして楽しむんだ」
「美術品とか骨董品みたいなもんか?」
「あぁ。実際、買い手の大半は好事家だ。
そんで俺は、そのオーパーツが何に使われるものなのかを研究してる」
使い方を研究、なんて聞くと、陸歩はつい苦笑しそうになる。
しかし知らない人々から見れば、タブレット端末も謎の石板か。
うっとりとゴドウィンが続ける。
「興味深いだろう。明らかに人の手によって作られたもの、明らかに文明の気配。
神様の作品にしちゃ、神器みたいなパワーはねぇし。
だけど人類史上、記録にないモノばっかだ。
誰が作ったのか。いつ作ったのか。何のために作ったのか。知的好奇心が疼きやがる」
ちなみに、陸歩がオーパーツの正体を知っている、とはまだ伝えていない。
イグナの素性についてもだ。
打ち明ければきっと、無用な興奮と混乱を招くだろうし、黙っておくが無難というもの。
……何か、騙しているような居心地の悪さはあるが。
27と書かれた気球が見えてくる。
「お、アレだアレだ!」
目当てのものを指差して、ゴドウィンが声を弾ませて駆け出した。
わーすご、とキアシアが呟き、陸歩も同感。
聞いていた通りの大物だ。
「んじゃあリクホにアイン! 頼むぜ! 運んでくれ!」
巨大なサーバだった。
元はスパコンにでも使用されていたのか、コンテナサイズで、とても人に持ち上げられる代物ではない。半分近くが埋まった状態。
この超重量級オーパーツにゴドウィンは長く目をつけ、持ち帰る術を模索していたそうだ。
物の海では足元がデコボコで、重機を入れることも難しく、魔法を導入するにはコストがかかり過ぎる……。
それを陸歩たちが手伝う代わりに、街の案内や紹介をしてもらう約束である。
「やるかぁ。アイン、向こう持って」
「くそ、めんどくせぇな。鍵持ってくりゃよかったぜ」
確かにアインが巨人の姿に戻れば、コンテナだろうが摘まむことも出来よう。
が、そんな目立つ真似は御免だ。もし魔女の目が潜んでいたら一発で気取られる。
「行くぞ。せーっ」
「っの!」
……いやこんなバカでかいものを、たった二人で持ち上げたら、それで充分目立つか。
ゴドウィンが飛び跳ねて喜び、野次馬のざわめきが聞こえ始めた。




