起:序 ≪手記≫
手記No.46:『天孔野』ヨルドンド
―― 杯の月/裏鼻の曜 ――
デニッツ大陸は冒険者のホットスポットと聞く。
なにしろヒトが立ち入り始めて、まだ20年かそこらで、かなり『若い』。
街は数個が点在するのみで、他はほとんど手付かずの大地。
この大陸において文明が根を下ろしている箇所など、ほんの一割にも満たない。
となるとそこには浪漫と、そして金の気配があるわけで、夢を掴まんとする益荒男たちが日夜、未開の地へ挑んでいるそうだ。
鉱脈でも見つければたちまち億万長者。
新種の動植物も毎月のように発見されているとか。
万が一、新たな扉の樹にでも出会おうものなら。
っても、無事に帰ってくる者はだいぶ少ないらしいけどね。猛獣やら事故やら病気やら。
そこまで向こう見ずでなく、労働を求めてやって来る人も多い。
次々に見つかる天然資源に、坑夫はいつだって人手不足だから、未経験でも歓迎される。
それぞれの街も発展のため、あらゆる求人を張り出しているし。
そんな大陸の中でもヨルドンドは、特別に人々が集まる場所だ。
資源、新種生物……そんなものは目じゃない。
ここでは、他に類を見ない品々が採取できるのだから。
一応、誰かが扉の樹を据えたから、ヨルドンドも街ではあるが、住むには向かないな。
なにしろ景色は、ガラクタの山。いやもう海原か?
本来なら平野であろうに、使い古された物品が何層にも積み上がり、掘っても掘っても地面が見えてこない。
……このガラクタってのが度肝を抜かれた。
どれ一つとして、この世界のものじゃない。
オレたちの世界のだ。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機、その他家電……全部、見知った各社メーカーのロゴ。
回路基板だとか電池だとか、この世界に存在するはずのないもの。
上空からは、真っ黒な太陽が街を見下ろす。
よく見れば太陽は別のところで照り付けていて、黒の正体は空に開いた孔だ。
どれほどの大きさなのか、どれほどの高さにあるのか、いつからあるのか……何一つ不明な孔が、真ん丸に口を開け、時おり滝のようにゴミを吐き出す。
驚いた。
驚いたとも。
つまり、あの孔を潜れば、オレたちは元の世界に帰れるのか?
それとも……。
まさかいきなり飛び込んでみるのは無謀にしても、何らかの方法で確かめてみるべきだろうか。
このガラクタたちはどこから来ている?
オレたちの世界の物品は、こっちではオーパーツだとか呼ばれているそうだ。
ヨルドンドはそういうアイテムの、ほぼ唯一にして最大の出土地であるから有名で、いやオレも話は聞いたことあったけどさ……。
まさかオーパーツってのが、サイ印の炊飯器やらだなんて思うかよ。
この事実は、当地に着いてから知ったことだ。
それが目的でなく、オレたちは別の用事でやって来た。
オーパーツの街、ここは魔女の要所なのではないかと当て込んだのだ。
何しろ、この世ならざる物で溢れる場所だ。
あの女なら必ず興味を持つはず。
というか、オレたちの世界へ続く孔だなんて、まさか魔女が開けたんじゃないだろうな。
より『上』の世界へ昇ることを目的とする奴だから、あながち有り得ない話でもない気がする。
天を穿つなんて、相当な呪いを持ち出さなければ実現できそうもないし。
いやでも、だったらあの女はグズグズこの世界に留まらず、すでに昇っているはずか……。
魔女が開けたのでないとしても、オレたちの世界へ続くのなら、もう試していると考えるべきだし……。
とっくに魔女による何らかの検証が行われた後、と見るのが自然か?
それで失敗したから、セカンドプランとして那由多を呼んだ……?
あああ、ダメだ、衝撃の事実すぎて頭がこんがらがる。
何にしても、この街は押さえておくべきだ。
あの天の孔について諸々を調査しておく必要がある。
魔女の痕跡も、何かしら見つかると期待していいと思う。
とりあえずヨルドンドの古参の誰かに話を聞いて、これまでに天変地異とか怪異とか、そういうのがなかったかが知りたい。
呪いじみた災害があれば、きっとそこには魔女の影があるはず。
いい加減、こっちから仕掛けるべきときだ。
バダムクワィンのときのように襲われるのを座して待ってはいられない。
何か攻守を入れ替える一手を。
キアシアは、魔女たちに囚われた少年のことを思い出した。
オレも、奴らの手から那由多を取り戻したい。
とにかく今のオレたちには、連中を捕捉することが第一だが、いかんせん手掛かりがないんだ。
クレイルモリーのメディオ宅はもぬけの殻。
最後にメディオに会ったのは、オルトの襲撃でキアシアが攫われたときだから……もう三月ほど前か。
以来ずっと網を張っているけど、帰ってくる様子は一向にないから、完全に引き払ったんだろうな。
カナを探すためだとしても、もう一度フィーナメリッツに踏み込むのは危険すぎる。
もしヨルドンドも空振りなら、オルトが出身地と語った西方諸島を目指すか。
こうなったらこちらも、草の根を掻き分けてでも見つけ出す所存だ。
魔女本人に行き着くまで、奴の企み、奴の戦力、目につく端から挫いてやる。




