急 ≪偽神≫
かつて剣聖が振るった聖剣。今や羅刹が所有する魔剣。
どんな刀工の作かは、もはや分からない。
刀身に込められた魔力は、剣士が定めたものだけを斬るよう、規定・制限し戒める。
肉を斬ると決めれば、肉のみを斬る。
鎧を斬ると決めれば、鎧のみを。
神を斬ると決めれば――
首筋へと迫るその刃を、陸歩は会得したばかりの水天の構えで迎え、
「っ!」
脳裏をよぎった直感に、逆らわず従って、大きく飛び退いた。
空を掻いたアインの魔剣。驚愕に陸歩は目を見開く。その一閃は、先ほど始祖が見せたのと同じ、『凪』……。
そんなはずはない。何しろアインと始祖は、流派からして違う。
とすれば。
「魔剣の、能力っ」
恐らく「空気」を斬るよう設定したのだろう。裂かれた空気は風を生まず、水天で乗じるための流れを与えない。
だが、ならば引き換えにあの剣は、人を斬ることが出来なくなっているはず。それを陸歩が全力で避けてしまったのは、ひとえに羅刹の鬼気に気圧されたからか。
斬った空気の中をアインが突っ込んでくる。
無風に潜り込んだその動きを陸歩は、目ではともかく肌で読むことが出来ず、そうか真の狙いはこちらかと今さらに気付いた。
肌で感じて動くのは反射だ。目で見てから動くのは思考だ。戦闘時に後者はあまりに致命的なラグで、すでに陸歩の襟首は再びアインに捕まっている。
「っ!」
頭突きを予想し、歯を食いしばった。
……アインは、もっとずっと、力任せだった。
「オっラっあぁっ!」
「んなっ!」
陸歩の視界が逆さまになる。
片腕一本で振り回され、放り投げられたのだ。
飛ばされる先は、今まさに胸に鍵を挿し、存在を昇華させつつあるイグナ。
【Key:Kuyanagi を認証。
Code:Demi-Godを受諾、
、、、リクホ様っ」
「避けろイグナぁ!」
「そんなことできません!」
変形を保留し、主を受け止める。
しかし全く身構えていないところへ、男性の体重を砲弾の速度で投げつけられれば、さすがに姿勢制御も限界がある。
「くっ!」
「おぁっ!」
二人一塊に地面を転がった。
崩れた体を、陸歩とイグナはまさに阿吽の呼吸で整え、あえて自分たちからもう一回転を挟み、膝立ちに起き上がる。
目の前には、魔剣を振り上げるアイン。
対して鈴剣の切っ先を向け、逆の腕でイグナを庇うように抱いた陸歩。
イグナが叫んだ。
「リクホ様! Orderを!」
「っ、Order!」
魔剣が襲い掛かる。
鈴剣が抗った。
刃の衝突に地が揺れ、烈風が吹き荒び、中庭に立ち並んだ歴戦の名刀たちが騒ぐ。
交差した互いの剣に……陸歩は牙を剥き出した。
アインもまた、口角を上げ、こちらは嗤っている。
交差した互いの剣。
つまり魔剣は今、『鋼』を斬ると定めている。
肉を斬るとしておけば、魔剣は鈴剣をすり抜けて、陸歩を両断しただろうに。
その意味。羅刹は、肉でない身体を持つ相手――当初の宣言通りにイグナを狙っていたということ。
陸歩は激情を込めて吠えた。
「Dual Order! Code:Ignition X Demi-God!」
【Code:Ignition を受諾。】
赤髪の少女が解れ、鍔迫り合いを演じる主を包み、鎧姿へと変じる。
――陸歩は兜の中で、目を見開いた。
視界に色がない。
音が失われる。
一秒が永遠に間延びし、そんな灰色の世界で鮮やかに感じるのは、胸元。
そこには、すでに鍵の刺さった錠前が、確かに脈動していた。
どくどく、どくどく、と……共振して陸歩の鼓動がどこまでも加速する――
【key:Kuyanagi を認証。
Code:Demi-God を受諾。
ライブラリ参照。神域照会。
パターン検索…解釈実行…最適を抽出…表現プランを構築…】
鈴剣の刃が、片翼を模した。
「お?」
たちまち魔剣を押し返され、アインは眉を上げる。
柄に両手を掛け、渾身の力、全力の重量操作剣技を込めるが。
それでも、片手の陸歩に、太刀打ちできない。
押し返され、押され、がっくりと膝を付き……ついにアインは、押し潰されまいと必死で足掻く格好に。
思わず笑みが零れた。
「はっはは……っ!」
「…………」
白銀の機甲騎士となった陸歩が、静かに神威の翼を広げた。
イグナのアーマーがこれをも包み上げる。
右手に片翼。背に両翼。
【当機は、これより、偽神体化を実行します。
I vow eternal love.】
神聖なる三枚羽を携え、いま、この地上で剣神に最も近き者が――躍動する。
翼剣に押さえられ、アインは身動きすら叶わない。
右の翼の一振りで、アインは容易く吹き飛んだ。
左の翼の一振りで、アインは今度は上から加重を受け、地面にめり込む。
「っブバ、ばっははははははっ!」
血と土を吐き出し、笑い喜びながら跳ね起きたアイン。
偽神は未だ、その場に佇んだまま。
「そうだぁっ! っはは! お前に遭いたかったんだ!」
剣と戦に魅入られた巨人は、このヒトの域すら超えた存在に対しても、一切の怯懦なく躍りかかった。
途中、英霊たちの刀から四本を引き抜く。そして罰当たりにも、陽動のために偽神へと投げつけた。
「…………」
剣の偽神が、一度、大きく羽ばたく。
「は、」
アインの反射神経と集中力があったればこそ、だ。
そうでなければお終いまで、何も出来事を追えなかったに違いない。
投げつけた刀剣、四本。それらが全て、自身の身体へ突き立てられたことに、アインは気付いた。
偽神は背中合わせにいることに、アインは気付いた。
「そ――うこなくっちゃなぁ!」
満面の喜色で振り返り、我が身を貫く刃もそのまま、魔剣で薙ぐ。
神を斬る。羅刹は深く決心しており、これに彼の刃が答えた。
とどめの一閃に翻った翼剣を、神殺しの魔剣が弾いた。
「へへ――っ!」
「――――」
彼我の視線が結ばれる。
偽神の必殺の剣を、ひとたび防いだ。
あくまでヒトの分際で、それはどれほどの金星か。
だがアインは、満足することなど欠片もなく、さらに斬りつけようとし……。
三刃羽が、彼を撫でた。
「かっ……」
それは、火天の極意。
アインの戦意の流れ、攻撃のための高ぶりに合わせて、偽神は上から剣技を差し込んだ。
一つでも幕を引くに十分すぎる斬撃を、三つも。
あるいはそれは偽神から、羅刹へ送られた敬意か。
「かふっ……」
全身を赤に濡らし、血を吐き零す彼は、しかし。
偽神へ手を伸ばし、倒れるときさえも前のめり。
その指先で、白銀の甲冑に、べったりと真紅のラインを残した。
伏して呟く。
「あ、りが、とよ……リクホ……」
「…………」
この日、羅刹は知った。
ずっとずっと知りたかった、この世の誰も知らなかったこと。
今の自分と、神との距離。
ようやく分かった。
身体で感じた。
神が世界の東の果てだとしたら、今の自分の立ち位置は、西の果てか。
それほどの隔たりがあった。
だが。
知ったからには目指すだけだ。剣の神の領域を。
一歩を、いくつもいくつも、無限にだって重ねて、いつか必ず辿り着く。
どれほど遠くとも、嘆きはしない。
前進し続ける限り、人は、決して負けないのだから。




