破 ≪約束≫
「――――」
「リクホ様」
「リクホ?」
目を覚ますと、心配そうに覗き込むイグナとキアシアの瞳が眩しい。
そう長く昏倒していたわけでもない、と陸歩は思う。
縁側に運ばれてもおらず、未だに中庭に横たわっていたからだ。この二人が倒れた仲間を、いつまでも冷たい土の上に転がしておくはずがない。
胸中には、食らった衝撃がまだ残響している気がした。
あるいはそれは、始祖の剣への畏怖と感動かもしれない。
目を閉じて、瞼の裏を必死に探る。『凪』の一閃を必死に思い出す。その軌跡のヒントはないか、何か覚えていることは、わずかでも捉えられたものは……。
瞑目し、表情を険しくする彼に、少女たちもハラハラと声をかけた。
「ご無事ですか」
「大丈夫? どっか痛い?」
「あぁ……ダメだぁ……」
「えっ」
血相を変えるイグナ。
だが陸歩はヒョイと身体を起こし、その場に胡坐をかいて、呼吸を大きく二つして。
握った両の拳をブンブン、激しく上下にシェイクする。
「っだぁああぁっ!
全っ然、歯ぁ立たなかったぁあ!」
「……無事っぽいわね」
半ば呆れてキアシアが息を吐く。
なおも彼は、悔しさに激しく悶えていたが。鈴剣をパッと拾い上げたかと思うと、その刀身をジィィっと見つめ始めたではないか。
すでに元の鋼に姿を戻した刃。
それとも、鏡のように映し出される己の目と、睨み合っているのか。
「途中まで……途中までは、いい感じだったんだ。
……なぁ! いい感じだったよなぁ!?」
「はい。素晴らしい練度でした」
いつの間にか傍に立つ、和尚が微笑んだ。
「技の冴えはもちろんのこと、刀剣の扱いについては前回から一つ次元を上げられましたな。
この短期間で、よくぞ」
「ありがとう、ございます……。でも、」
結局この様であれば、褒められると逆に恐縮してしまう。
ちらりと鞘人形のほうを見る。
始祖だったそれは剣を外され、動力を失って力なく、年少の僧たちに磨かれている最中だ。
「でも、いい感じだったの、途中までで……流派最強に……本当に小さな一歩しか、近づけてなくて……」
「その一歩を、いくつもいくつも重ねて、いつか辿り着くのです。
遠さに嘆いてはいけません。
人は前進し続けるかぎり、決して負けない」
和尚から差し出される手。
皺だらけの掌には一本の鍵があり、陸歩はついまじまじと見つめる。
「どうぞ」
「あ……いいんでしょうか?」
クヤナギの鍵は敢闘賞。
挑んだ剣士が、鞘人形へ降りた英霊に及びこそしなかったものの、見込みはあった場合にだけ、中央院が贈るもの。
「はい。お受け取りを。
拙僧は貴方の剣に、大いなる羽を見ました。最強という途方もない一つ峰まで、羽ばたいていく力強い翼を。
また是非、挑戦なさいませ」
「――っ。ありがとうございますっ」
得難きものを、剣にて勝ち取った。
その実感がじわじわと陸歩の中で大きくなり、高揚する。
いや、喜ぶのは微妙か、真の強者からは一枚落ちる者に渡される鍵なのだから……そう思っても、並の使い手より上とも評されているわけで、やっぱり嬉しい。
師匠に報告に行かなくては――そんなことを考えていたとき。
背後から影が落ちる。
「やっと手に入ったなぁ、リクホぉ」
アインがいる。
振り返れば、長身のシルエットが見下ろしていて、表情は逆光の中で黒く分からないが……口元の裂ける笑みだけが、月のよう。
「さぁ、俺との約束を果たせ」
「……。待てよ、今すぐかよ。こんなとこじゃ院の皆さんのご迷惑に、」
「っリクホ様!」
羅刹の剣が閃いた。
イグナは右手首から先をEブレードに変形させ、これを受け止める。
魔剣と機剣が鍔迫り合い、激しく散る火花。
「く!」
「おいアイン!」
「うるせぇ、戦いに『後で』なんて無ぇ。命を懸けんのはいつだってなぁ……『今』なんだよ!」
アインの強烈な前蹴りが、イグナの腹部に突き刺さる。
彼女の小柄は容易く吹き飛ばされ、中庭の縁まで転がり滑った。
キアシアが息を呑んで駆け寄っていき、僧侶たちは騒然とする。
「アぁイン!」
全身に激情の炎を纏った陸歩が飛び掛かる。
鈴剣は刃を鋸のように棘だらけにし、アインはそれと斬り結びながら喜色を浮かべた。
「さっきの戦い、よかったぜリクホ! 木偶との戦いよ!」
「あぁっ!?」
「お預け食らった甲斐もあったよ! いいもん見してもらった!
でももう我慢の限界だよ!」
魔剣が鈴剣を上から押さえ、その隙でアインは左手を伸ばし、陸歩の胸倉を掴んだ。
そのまま引き寄せる勢いで、頭突き。
「が!」
鼻先に石頭を食らい、陸歩は目の前に星を見る。
そんな彼をもう一度引っ張った羅刹は、額同士をくっつけて、底冷えする声音で言った。
「なぁリクホ。俺は今からお前の愛玩人形をぶっ壊す。
それが嫌なら……分かるな?」
「っせるかボケ!」
頭突きをし返す。後頭部に炎を灯して推進力とした一撃。
巨人の耐久力をもってしても、危うく顔面が陥没しようかという威力だ。
わずかに緩んだアインの手から脱し、握ったままだったクヤナギの鍵を投げる。
「イグナ!」
「――キアシアさん、和尚様たちも。どうか退避を」
陽光に煌めく鍵を掴んだイグナは、胸元をはだけ、錠前を露わにした。
「剣の終着点たる街の力を、お借りいたします!」




