後:起 ≪宿泊≫
役者の卵たちは一旦舞台を降り、休憩に入る。
何人かが買い出しへと出かけ、残る数人に陸歩が声をかけて訊ねると、皆一様に半笑い。
やはり問うも愚かだったか。バダムクワィン近辺で野営地など。
困ったことに、この一帯はノイバウン大陸でも特に野宿に向かない。
地熱とガスの噴出が激しい有毒な環境で、相応の備えがなくては呼吸もままならないからだ。
敵襲があるかも分からない状況で宿に滞在するのも、いつ迷惑をかけるかもしれないし、気が引けるのだが。
「え? うちに泊まればいいじゃないですか。是非そうしてください」
「…………」
ガジルが事情を聞いた上で、なお平然と言うものだから、陸歩は閉口する。
「我が家に客間なんて気の利いたものはないので、このアトリエを使ってもらうことになりますけど。舞台上を寝室に作り替えれば、もう少し寛げると思いますよ」
「いや、ですから……敵が、」
「来るかもしれないんでしょう? 大丈夫、僕は独身ですから」
「一人暮らしだからって、ガジルさん、ご自身はどうするんですっ」
表情を険しくする陸歩に、ガジルは上目遣いで「へへへ」と頭を掻いた。悪戯小僧がバツ悪いときにするような仕草で、初老の男性にはあまりに不釣り合いだ。
「アインさん、リクホさんも、腕に覚えのある達人だとか」
「おう、まぁボチボチな」
「オレは修業中ですっ」
「そういうレベルの人たちが繰り広げる、本気の命の取り合い……見たいんです、どうしても」
「……本気のって」
観劇のつもりか。なんて呑気な。
それとも、作家として長くフィクションに携わるうちに、現実と虚構の区別がつかなくなっているのかもしれない。
「いや、あの……わかってます?
向こうは武器と呪具を持って突っ込んでくるんです。オレたちもいざとなったら刃物を抜きますし、炎だって射かけます。
本当に本気の命の取り合い……劇とは違うんですよっ?」
「えぇ、分かっています。
憎み合い、騙し合い、蔑み合い、そして殺し合う。
劇とは違う。作り物なんて比ではない。怪我をしたら痛み、死んだら本当に死ぬ。
分かっていますとも」
「…………」
陸歩は、今度は呆れて開いた口が塞がらなかった。
この人は。地位もある、名誉もある、失うものがたくさんある。
それを。
自分が惜しくはないのか。
イグナが続く言葉を引き取った。
「インスピレーションのため、ですか」
「はい。この世に争いは絶えないものですが、あえて自ら飛び込まなくては、真の闘争は目の当たりにするのも難しい」
「推奨できませんね。
相手は呪殺、誘拐、闇討ち、何だってする連中ですよ」
「いいですね! それでこそ本気って感じです!
それを貴方たちがどう打破するのか……あるいは打ち負かされてしまうのか……間近で見せてくださいっ」
この通り、と頭を床に擦られては弱る。
どうしますか、というイグナからの流し目を受けて、陸歩はたっぷりとため息を吐いた。
「ダメです。
イグナ、アイン。今すぐ出るよ。キアを呼んで。
じゃあガジルさん、お邪魔しました」
「そんな! 僕のことは自己責任にしますし、護ってくれとも言いませんから!」
「ダメです。諦めてください」
ぐぬぬと悔しそうに唸ったガジルが、実力行使に出た。
「そういうことならこちらも、キアシアさんの資料検索にはこれ以上、協力できませんねっ」
そうきたか、と陸歩は額を押さえた。
だが何を材料にされようとも、取引に応じるわけにはいかない。無関係の、それも非戦闘員の安全を脅かすなんて、絶対に。
「まぁいいじゃねぇかよリクホよぉ」
欠伸まじりにアインが言う。
こいつはすっかり腰を落ち着けて、寝転がったまま起きようともしていない。
「俺らはずっと無人島にいるでもなし、どうせどこかで、誰かしらは巻き込む羽目になんだから。
だったら、納得してる相手のほうが、気持ちが楽じゃね?」
おぉ、とガジルが期待の眼差しをしてブンブン頷いている。
陸歩は内心で舌を打った。
「こらアイン、あんま無責任なことは、」
「それにどっちにしろ、もう手遅れだろうしよ」
「は?」
ぞわりと直感が陸歩の背を撫でる。
ほとんど無意識で振り返る、アトリエの入口、ドア。
はっと気付いて、すぐにその場に屈んで、頬を床に付けた。
アインはただ怠惰に肘枕していたのではない……音と振動を聞いていたのだ。
陸歩も剣の術理に則って聞き耳を立てる。いわゆる『聴勁』だ。
複数の足音。
それは買い出しに出た役者たちのもの……にしては、酔っぱらったように覚束ない。
ドンドンと扉が叩かれた。
誰もが顔を見合わせ、アトリエに残った役者仲間の一人がノブへ手を伸ばす。
「開けちゃダメだっ!」
鋭く制す陸歩。その剣幕、模造でない刀を抜く様に、何某は息を呑んで下がった。
再び、ドンドン。
ノックと言うには強い。拳をハンマーにして打ち付けているようだ。しかも今度は複数人分。
……苦しそうな呻き声まで。
助けを求める、声まで。
「くそ……外で何がっ!」
迷っている暇はそうはない。
扉の向こうでは、今も血を吐くがごとき叫びが響き、罠だと分かり切っていてもこれを見捨てることは、陸歩には……。




