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破:急 ≪歴史≫

 神々が争いに飽き、地上から天上へと去ったのが、今から千年前。

 ほどなく空位となった世界の覇権を握るべく、様々な二本足の種族が興隆した。

 まだ人の形が定まっていない時代。

 我らこそが神に次ぐ者であると自任する、数多の『ヒト』が剣を取ったのだ。


 いたる所で亜人・獣人が旗を上げ、血で血を洗う争いを始めた。

 敵対するものに容赦はない。

 勝者には誉も高き、『人』の称号。

 敗者は獣と唾棄される。


 神の世は、常に戦乱であったという。

 人の世も、変わらず戦乱だ。


 いったい幾つあったのかも知れない戦火の中で。

 とりわけに、勲を立てた戦士の一族がある。


 巨人族。


 その拳は万軍を打ち倒し、その足は千の戦場を蹂躙する。

 強大無比にして剛力無双。

 戦いの趨勢は、味方した巨人の数で決まると言われた時代もあるほどだ。


「へぇー。へぇえーっ! 

 巨人って本当にいるんだな!」


 陸歩以下一行は縁側へと移っており、花の香りのする団子に舌鼓を打ちつつ、そんな話をしていた。

 特に陸歩がしきりに巨人のことを聞きたがり、まるでおとぎ話をねだる子どものよう。

 無理もない。巨人と言えばファンタジーの定番、花形だ。

 それが実在するというのだから、ワクワクせずにいられないとも。

 

「いつか会ってみたいもんだなぁ! なぁイグナ」


「はい。生物構造学的見地からも、大変興味があります」


「んー。ちょっと難しいかもしんないっすけどね」


「なんで? 気難しい種族なのか?」


「いや。そういうんでは、ないんすけど」


 答えはチコから、キアシアが引き取った。


「もうだいぶ人数が減っちゃったからね。絶滅寸前なのよ」


 自身もまた、一族全滅の憂き目にあった彼女は、果たしてそこに何を思うのか。

 キアシアは庭に横たわる巨剣を眺めながら、しきりに湯呑へ息を吹きかけている。


「たしか、北方の大陸にはまだ少し、集落があるとも聞くけどね」


「…………。

 どうして巨人は衰退しちまったんだ? だって、とんでもなく強かったんだろ?」


 今度はチコが肩をすくめながら答える。


「『扉の樹』を通れないんすよ。身長的に」


 世界の果てと果てとを一瞬で繋ぐ神秘、扉の樹。

 戦においてこれほど強力なものはない。

 扉があって、扉の向こうに味方があれば、兵も補給も湯水のごとしだ。

 しかもそれは、通ずる扉が多ければ多いだけ、威力を増していく。


 一本、また一本と樹が成熟するにつれ、その有用性はあまねく全ての人種に認知され、戦いの主目的はやがて樹の奪い合いへと変化した。


 そして際立った爪も牙も魔力もないが、より多くの樹を押さえることが出来た『人間』が、新時代を掴んだというわけだ。


 対して巨人は、その巨躯では扉の樹を用いるべくもない。

 そういう意味ではこの種族は、端から負けていたのだ。

 扉があちこちで開くにつれて、巨人は時代の中心から遠ざかり、やがては完全に世界の隅へと追いやられてしまった。


「なので、あの剣を持ってきた巨人さんも、わざわざ歩いてジンゼンまでやって来たんすよ。

 この街って空に浮いてるじゃないっすか。登ってくるときにも一騒動あって」


 てっきり骨董として置いてあるのかと思った。

 いわれのあるアーティファクトで、記念碑としてそこに安置されてるものだと。

 しかしチコの口ぶりでは……。


「……なぁ、まさかと思うけど、あの剣って置物じゃなくて依頼の品なわけ?」


「親方の悪い癖っす」


 恐る恐ると訊ねた陸歩に、チコも同感とばかりのため息をついた。


「巨人族の鍛冶技術は、前時代で途絶したそうで。

 ジンゼンならあるいはって、期待されて持ってこられたんすけどね。

 流石にこの街にもあれを鍛え直そうって物好きはそうはいませんから。結局ウチに」


「マジかよ……どうやって打つの?」


「――目下の悩みがそれでなぁ」


 背後から野太い声が応じる。

 振り返れば、筋骨を隆々とさせた五十代前後と思しき男性が、手拭で額の汗を拭っていた。


「よう小僧。元気そうだな」


「おやっさんこそ」


「イグナの嬢ちゃんも。

 それから……連れが増えたな」


「ご無沙汰しております」

「はじめまして、キアシアっていいます!」


「はいよ、どうも。

 なんの持て成しもねぇが、くつろいでいきな」

 

 その間にチコが新しい湯呑に、茶ではなく冷たい水を注いで差し出す。


「親方、どうぞ」


「おう」


 ぐいと一息で飲み干した親方は、もう一杯をチコに注がせ、それから自らも庭の巨剣を見やった。


「あの大きさじゃ、炉にも入らなくてな。

 松明やら焚き火やらじゃ、とても熱が足りねぇしよ」


 では、とイグナが意見を述べる。


「収縮させて鍛え直してはいかがでしょうか。

 物を自在に拡大縮小する魔法があるのでしょう。リクホ様の剣のように」


「あ、それいいじゃん」


 陸歩なんかは名案だと思うのだが、親方は唸るばかりだ。


「それが出来りゃ話は早かったんだがな。

 あの剣の表面、紫がかってるの分かるか」


 分からない。

 でもそれは無理もなくて、巨剣は全体が激しく劣化し、また土埃がまぶしたみたいに付着しているのだから。

 かろうじて、目線の高さを変えれば光の反射具合で、青だか紫だかが断片的に見える程度だ。


「先方の要望は、あの紫を張り直してほしいってんでな。

 あれはフツマダイトって鉱石を膜状にまとわせたもんで、魔的なものを弾く効能がある」


 イグナが静かに頷く。


「なるほど。縮めてフツマダイト加工は出来ても、そうすると今度は魔法で大きくすることが出来なくなってしまう、と」


「おう。なんで結局、開けた場所に横たえて打つしかないんだが、そうするとさっきも言った通り火力の問題がな」


「火力ねぇ……」


 これでも陸歩は炎については、一家言持ちだ。

 何か気の利いたアドバイスを、思考を巡らせるが。


 そんな彼を、親方はじっと見つめている。


「え、……え、なに?」


「お前、本当にいいとこに来たよなぁ」


「え……」


 なにか、嫌な、予感。


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