前:結 ≪顛末≫
可哀想に、龍を前に卵たちは縮こまってばかりいる。
陸歩たちのついでにアトリエへ連れ込まれた俳優の卵、劇作家の卵の両名は、恐縮し切って終止、隅のほうで膝を抱えていたが……。
アインの武勇を劇に仕立てようとしていることがついにバレて、ガジルに「見せてくれませんか」と微笑まれたものだから、本当に過呼吸を起こした。
泡を吹いて痙攣する彼と彼女を、イグナが手際よく蘇生する傍で、ガジルはまだ箇条書きでしかない台本の種を拾い上げるとふんふん熟読し、若い感性をひたすら褒めて「演ってみましょうよ!」。
この老紳士は、自分が新米たちにどれほど畏れ多く仰がれているか自覚がないのか、それとも自覚がある上で愉しんでいるのか……陸歩は他人事ながら目を眇める。
急遽集められた、卵の役者仲間たち。
さっきまで研究室だった舞台セットはあっという間に荒野に作り替えられ、そこに配役が並ぶ。
それぞれがメモに毛が生えた程度の台本を持ち、軽い身振りを交えた読み合わせが始まった。
陸歩はてっきり、アインは稽古の段階でしかないこれを見られるのを嫌がるかと思った。
しかし奴は相変わらず寝転んだまま、出された上等な茶菓子を摘まみながら、アトリエ内で適当に拾った本を斜め読みしている。
本当に、自分の口から経緯を話すのだけを拒否していたのだ。生粋の戦人の、不思議なこだわり。
舞台の上では、剣士が二人、互いの心中をぶつけ合っていた。
……思わず陸歩の呼吸が詰まる。
役者の凄みに、という訳ではない。
それは、その劇、その内容は……見栄えの良いよう、多少の脚色はされているのだろうが。
「おい……アイン。なに、つまり、お前、クヤナギに魔女の仲間が来て、お前、それを……やったの!?」
「まー、そうなるな」
「そうなるなって……言えよそんな大事なこと!」
つい胸倉を掴むが、アインの菓子へ伸びる手は止まらない。視線も本へ行ったままだ。
引きずり起こしても揺すってもその顔色は一向に変わらず、あまりのふてぶてしさに、とうとう陸歩のほうが頭痛がしてきて手を離した。
「魔女の高弟を、一人倒した……」
呟く陸歩は無意識に、『殺した』という表現を避けていた。
敵の主要なメンバーを一人殺した。
それがどういう意味を持つか……。
未だに魔女の元にあるナユねぇは。
魔女に信頼を寄せている彼女は、この件をどう思う?
彼女の立場から、自分はどう見えているか……考えただけでも震える。
「なんてことを……」
かつてオルトを捕らえた際に、陸歩はその始末に散々悩んだというのに。
羅刹は、向かってきた相手をとはいえ、あっさりと。
それに仲間の一人を討たれたとあっては、いよいよ魔女たちが殺気立つのではないか。
元より敵対はしていたが、殺す殺されるの一線をついに越えてしまったわけで、奴らが報復にどんな手を打ってくるか。
剣林からここまで、全く不用心に旅してきたわけではないものの、まさかそんなことになっていたとは予想もしていなかったから。もし敵から、本腰を入れた襲撃や罠があったらと思うと、ぞっとする。
アインのすぐ頭の上、無造作に転がされた一振りの剣。
これと似せたものを、今まさに舞台で、ムミュゼの従者役が鞘から抜き放つ。
「……じゃあ、聖剣は、それで」
「まー、そうなるな」
つまり魔女の剣士、ムミュゼ何某とやらが清廉なる潔白者の泉を襲い、奪った聖剣が今はアインの手に渡ったと。
そちらについては、想像していた最悪の経路でなかったこと、ひとまず安堵できる。
劇は進み、羅刹が相手を討ち果たす。
そして一人荒野に残された従者の少女は、かつて主だった首を掻き抱き、声にならない慟哭を上げるのだった……。
「連れの女の人は……斬らなかったのか」
諸共に殺さなかった。
戸惑うばかりの出来事だが、アインが非戦闘員の女性には手をかけなかったと知って、陸歩は少しだけ肩の緊張が緩む。
違った。
「っ」
羅刹は、身を起こし、笑っていた。
食べカスのついた口元で、舌なめずりを。
「――あの女はな、葡萄を詰めた樽だ」
「お前……まさか」
「初めてなんだよ、俺。
なぁリクホ、こんな感じなんだなぁ?
あの女が俺を、殺したいほど恨んでるのが分かる。あっちのほうから、ひしひし感じる」
「わざとか……っ!」
復讐が繋ぐ、奇妙な絆。
かつて陸歩がフェズと結び、今も保ったものを、アインはムミュゼの従者と。
この羅刹は、報復を歓迎している。
激しい憎悪を、それに由来する凶行を、好んでいる。
「あの女がどんな物騒なもんを携えて、俺の前に現れるか……。
もしかしたら魔女から相当なブツを引っ張って来るかも知れねぇ。
いつ来るんだろうな? 明日かな? 明後日か? もう今すぐかも」
楽しみだ。と。
期待に歪むアインの表情。
陸歩は、心底から吐き捨てる。
「そういうの、悪趣味っていうんだぜ」
「まぁな。でも俺は、まさにこれを望んでたんだ。
それに敵さんがキレて、雁首揃えて出張ってくりゃ、お前にだって色々手っ取り早く片付くんじゃねぇの?」
「馬鹿言えよ。絶対にごめんだ……」
だがそれは可能性としてこの先、懸念し続けなくてはいけない。
イグナを傍へ呼んだ。
講じるべき対策、張り巡らせるべき警戒について、彼女の意見を頼りたい。




