前:承 ≪手紙≫
レドラムダの女帝様から手紙が届いた。
数日前に一緒に茶を飲んだ際、陸歩が何の気なしに打ち明けた懸案を、引き取ると彼女が申し出てくれたのだ。
その現地調査が済んだらしい。
封筒を開くと、ほのかに花の香り。
薄黄の紙面には、印刷と見紛う見事な筆記が躍る。
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●当地では防人を含め、あらゆるヒト族を発見できず。
●ヒト族の、ここ数週間以内の痕跡、発見できず。
●扉の樹は健やか。
●泉に安置されていた聖剣、発見できず。
●断定は出来ないものの、数週間前に戦闘があった可能性あり。
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「マジかぁ…………」
鍵のない街へ、女帝お抱えの諜報員がわざわざ赴いてくれたそうだ。
ならばこの報告は正確で、見落としなどないだろう。
オーレリオ大陸、清廉なる潔白者の泉『イェーニヒ』。
かの街は今、完全な無人であるという。
唯一の住人であった兎の防人は、どこへ行ったのか。
あれだけ街に思い入れと使命感を抱いていた彼が、余所へ去るとも思えない。
何より問題なのはイェーニヒの象徴、泉に沈んでいたはず聖剣が、やはりないと言うじゃないか。
これでもうほぼ間違いなく、アインの手にある一振りが、無数にあったレプリカのどれでもなく、本当にオリジナルだということになる。
剣林で陸歩が鞘人形と立ち会っていた間、アインは姿を消してアリバイもない。
「お前――本当に、なにしたんだよ?」
陸歩はカウンターから振り返り、奥のテーブルへと険しい声を投げる。
金子の力で貸し切りにしてもらった老舗カフェは、蝋燭と暖炉の火で柔らかに暖かく、上品な蜂蜜の香りが漂うが。
彼の内心は冷え、固く逆立つ。
もし羅刹が、剣欲しさに卑劣な強盗に及んだのなら。
向こうも振り返る。
アインは、鼻の頭に皺を作り、実に忌々しげに下の歯を突き出していた。
「っせぇなぁ……腰を折るな腰を。
今こうして手間ぁかけてやってんだ、大人しく待っとけ」
「…………」
どうしてこちらが舌打ちされねばならないのか、陸歩にはさっぱり理解できない。
「んで、続きだけど、そんときな――」
テーブルへ直ったアインは、同席する二人に億劫そうに語る。
若い男女がフンフンと熱心に聞き入り、忙しくメモ書きし、時おり質問を返していた。
カウンターの陸歩には、詳細は聞こえない。こっそり耳を澄ましてみてもやっぱり聞こえず、何か店に防音の仕掛けでもあるのか。
いらない手間だ、と陸歩はため息を吐く。
一体どうして、こんな迂遠をしているのか。
件の聖剣を、アインは依然として戦利品だと主張し続けている。
ならそれを得た戦いについて、詳細を白状すればいいものを、なんと奴はこれを拒否。
曰く、武勲は語るものに非ず、語らせるものでこそあり。
要するに自分の手柄を自分でぺらぺら喋るのは、剣士として大変な恥であるから絶対に嫌だ、と。
そのスタンスは、同じ剣士として、まぁ共感しないでもないけれど。
時と場合は選ぶべきと、陸歩としては思う。
宥めても賺してもアインは貝のように口をつぐんだままで、仕方なくバダムクワィンで雇ったのが、あの男女だ。
男子のほうは俳優、女子のほうは劇作家――両方とも、『の卵』と付く。
さっきからアインが彼らへヒソヒソと説明しているのが、まさに陸歩が聞きたい事の顛末で、わざわざ他人を介さずに直接言えばいいものを。
「――んでな――から、いってやったのよ――」
「ではアインさんは――とか、そういう――」
「――例えば――剣士の人って――」
「さぁなぁ――って――思わねぇ?」
「――かっけぇ……」
「――かっけぇ……」
何を話しているやら。
「…………」
その辺の感覚が陸歩には本当に分からないのだが、語り部に自分の武勇を伝えるのは『ひけらかす』ことにはならないらしい。確かにそうでなければ、吟遊詩人などの職業は立ち行かないか。
なので「何でも書きます、演ります!」という二人組を街で見繕い、このように運んでいるわけだ。
情報漏洩防止と雰囲気作りのために、カフェまで貸し切って。
今、アインが聖剣を手に入れた経緯が、劇になろうとしている。
「…………」
台本が完成するまで、あとどれくらいかかる見込みか。あるいは数日か。
配役だって、主演はあの彼でいいだろうが、他に数人が必要だろうし。
本当に、いらない手間。
しかも費用も全てこっち持ちになるだろうし、いらない出費。
陸歩は、ため息。
気を取り直して、荷物から筆記具と、便箋を引っ張り出す。
カウンターで隣り合って座る女性は、飲み物の三杯目に口をつけていて、急がずに待ってくれる素振りだ。
「すみません、すぐに女帝様への返事、書きますので」
彼女は自身の金髪を指で弄びつつ、お構いなく、と微笑む。
手紙を携えてやってきた、女帝様直属諜報部のこの女性。
人心、特に男を操るに十分すぎるほどの美貌だ。きっと魔力をたくさん持っているのだろう。
美人のスパイレディなんて映画みたい、と陸歩は別なところでもこっそり感動していたりもする。
「……っと」
いけない、手元に集中しなくては。
しかし、いざ書こうとしても、思うように筆が進まない。
元より高貴な女性へ宛てた文章など経験がないし……一般的な文言ならともかく、この世界の言語で美辞麗句をさんざめかせるだけの語彙は、まだ陸歩にはなかった。
キアシアは台本市場に出かけていて、イグナもこれに同行しているため不在。
弱った。
「あのぉ……申し訳ないんですけど、」
弱り切った陸歩は、恥を忍んでスパイレディに添削指導を頼む。
彼女は嫌な顔一つせず快諾し、便箋を覗くべく身を乗り出した。
「っ」
店内は蜂蜜の香り。
それとは別に、すンげぇいい匂い……と、陸歩は固く真面目に取り繕った表情の下で、思っていたりも、する。




