表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
342/427

承 ≪黒猫≫

 あらゆる箇所(かしょ)書棚(しょだな)であるミクストンは、全域で厳しく火気(かき)を制限している。

 そのため陸歩たちは街を出て、()をしばらく進み、適当(てきとう)雑木林(ぞうきばやし)をキャンプ地とした。


 火は不可欠(ふかけつ)だ、とはイグナが主張した。特に裸火(はだかび)


 パチパチと(おだ)やかに()ぜる焚火(たきび)を、四人と一匹は(かこ)む。

 (こよみ)(えびら)の月も終わりに近づき、レドラムダ大陸の冬は本番間近(まぢか)

 毛布を身体に何重(なんじゅう)にも巻き付け、手を炎にかざしてちょうどいい。


 地面に()いたオリエンタルなラグ。

 (くつ)篭手(こて)()いだ陸歩。(かさ)ねたクッションに体重のほとんどを預け、手にした巻物(まきもの)を真剣に見つめる。


 参加者の全員が、(ケモノ)の頭を(かぶ)った社交界の物語。


 読み進めるたびに、右端(みぎはし)の一行が(へび)のようにスルスルと逃げ、左端(ひだりはし)に新たな一行がサァっと()りた。

 文字を(つづ)るのがインクでないからだ。

 極小ナノマシンの群れ、ワスプだ。

 

 ミクストンで一度に持ち出せる冊数(さつすう)には(かぎ)りがあった。

 何往復(なんおうふく)もするのはさすがに面倒。

 そこでイグナが機械的な速読(そくどく)で文章を記憶し、こうして白紙の上にそれを再現することで、数百冊を借りたと同じにしたのだ。


「…………」


 陸歩は、その一節(いっせつ)を、何度となく読み返す。

 上手く意味が取れなかったから。

 誤読(ごどく)したか、誤字が()ざっているのかとも。

 ここまで主人公――私に対して懇切丁寧(こんせつていねい)だった羊頭(ひつじあたま)の案内人が、全く唐突(とうとつ)に、素振(そぶ)りから(した)しみを()くした……。


「――そう。彼のその態度に、貴方(あなた)戸惑(とまど)います」


 焚火(たきび)の向こうで、イグナが(ささや)く。

 イーゼルに()けた魔具の竪琴(たてごと)が、(ひと)りでに(ふる)え、(げん)が重く響いた。

 自分のラグに寝転(ねころ)がったアインが、水煙草(みずたばこ)(けむり)を長く()()す。


「そして気付くのです。その戸惑(とまど)いが、彼へではなく、羊へのものだと。

 彼は無害で優しい人物だ――そう言い切る根拠(こんきょ)は、そういえばどこにもありません。

 (たん)に彼が羊の顔をしてたから、そのように(おも)()んだだけ」


「…………」


「気付くのです。

 誰もが何らか、獣に(ふん)している。

 貴方(あなた)だって獅子(しし)の頭を(かぶ)っている。

 各々、その『役』で()()っている。

 でもその下は? 獣の下に、それぞれが、どんな本性を隠しているか……」


「…………」


 ぞっと(はだ)粟立(あわだ)った。

 そのとき主人公が――私が感じた怖気(おぞけ)


 陸歩は、()()がる不安に息を()まらせながら、それをじっと直視した。

 目はいつの間にか、紙面でなく、焚火(たきび)を見ていた。

 ()らめく炎の中に、物語が景色となって、()かんでは消えていく。


 羊の下の顔……。

 (おも)()せるのも、恐ろしい。

 素顔(すがお)という混沌(こんとん)を、彼は、誰でも、私すらも、互いに(かく)して(かか)えている。

 そしてこの場を後にし、獣を脱ぎ捨てたとして、果たしてそれで素になったことになるのだろうか……。


 この世は誰もが(かぶ)(もの)で、誰もが社交界を(えん)じている――


「想像力を拡大させてください」


「…………」


「主人公の目で見る世界。主人公の心。

 同時に、主人公を見ている周囲の目にも、イメージを(めぐ)らせてください。

 そのとき羊は、獅子(しし)貴方(あなた)を、どんな風に見ているか。

 と、また同時に貴方は、羊が貴方をどんな風に見ていると見るか」


「…………」


「物語とは感情の総合芸術。

 さぁ、作者にも同化しましょう。

 『彼』はどんな意図(いと)で、どんな(ねら)いで、何を(おも)って次の文を()んだのか」


 『彼』が、何を想ったか。

 『彼』は、きっと、


「――締切(しめきり)ヤベーとかじゃねぇの」


 横から()()んだ無粋(ぶすい)


 陸歩は(あき)れて、ガックリと項垂(うなだ)れる。

 せっかく(ひた)っていたのに台無(だいな)し。 


 イグナも氷点下(ひょうてんか)の視線で、紫煙(しえん)と共に戯言(ざれごと)()いたアインを(にら)みつけた。


「茶々を入れないでください。

 その無駄口(むだぐち)(ふう)じるため、わざわざ水煙草(みずたばこ)など持ち込んだのですよ」


「悪い悪い。つい、な。

 そうカリカリすんなよママ。ほれ、(ぼう)やの情操教育(じょうそうきょういく)を続けろって」


 剣林クヤナギの(かぎ)獲得に失敗して以来、アインの悪態(あくたい)()きない。

 その件について、陸歩としては反論の余地(よち)()()もなく、言わせたいだけ言わせているが。

 (あるじ)をこう(くさ)されては、イグナは流せない。


「よい、度胸(どきょう)です」


「なんだ、やるかぁ? クヤナギの鍵もねぇくせに」


「貴方と違い、ワタシには剣以外の手札もあるのですよ」


「ほーぅ。おもしれ」


「リクホ様、許可を」


「ん。ダメ」


 さて二人を、なんと(なだ)めたものか。

 思案に目を(すが)める陸歩の(ひざ)へ、愛らしい重量が飛び込む。


 にあ。


 猫だ。

 漆黒(しっこく)の体毛をし、漆黒の翼を背にした、一匹の猫。

 その姿からも分かる通り、神の(つか)い――いや、この子はそれ以上。


 かつて世界樹の街にて、陸歩が()(うち)へ引き入れた神威。

 かつて夢(けぶ)る温泉街にて、(おぼろ)に現れた影。

 かつて塩の街の地下迷宮にて、(つか)()だけ受肉(じゅにく)したその姿。


 何をきっかけにしたのだろう。

 剣林の鞘人形(さやにんぎょう)()(むす)ぶ中、この子はいつの間にか(かたわ)らにいた。

 出現と呼ぶべきか。それとも降臨(こうりん)か。

 この子は、神の威光(いこう)一端(いったん)、そのもの。


 そんな存在が、金の(ひとみ)でじっと見つめると。

 イグナはそっと正座(せいざ)(なお)る。

 意外にも、アインも大人しく(こし)を下ろした。ふいと明後日(あさって)を向いて、何か猫に、思うところでもあるのか。


 とにかく、二人が胸倉(むなぐら)(つか)()う前に、(ほこ)(おさ)めてくれて助かった。

 陸歩は感謝の意を()め、黒く小さな頭を()でる。


 満足そうに、にあ。


 そういえばキアシアはどうしたのだろう。

 彼女も自分のラグを広げて、さっきまでこの猫と遊びながら「あなたも名前がいるわよね」と()()っていたのに。


「…………」


 見れば、クッションを枕に、すやすやと寝息(ねいき)を立てている。

 

 陸歩の(ひざ)の上で丸くなる猫。

 その表情と、夢見るキアシアは、どことなく似ている気もする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ