花について
オレとしちゃあ正直、団子のほうがいい。
けれども、いくらか女性と交流があって、彼女たちにカッコつけて見せたいなら、多少なりとも花について心得ておくべきではある。
まぁそれは半分冗談にしても、草花の知識は意外と実用的だ。
この世界の植物は思いもよらない性質を帯びているものも多いから、なかなか面白い。
各地方の文化と密接なものも見受けられるから、勉強のし甲斐がある。
ここらでまとめておこうか。
一度興味を持てば、実はオレ、花を目にする機会は多い。
旅路で幾つの草原、森林を通り抜けてきたか、数え切れないくらいだからな。
どこだったか沼地に群生していた水仙は、淡く桃色がかって、思わず見惚れた。
山を深く深くまで分け入ったところでは、蛍のように発光する鈴蘭に出会った。
あるところには霧の濃い湿原があって、この視界を覆う白は、なんとそこらに生えた百合の吐息だとか。
樹の幹にびっしりと寄生した、桔梗に似た紫の花。これには驚いたなぁ。
何しろ、近づいたらバタバタと飛んでった。
そっくりに擬態した蝶だったんだよ。
ただし半分だけね。
もう半分は本当に花で、虫の羽ばたきで花冠が丸ごと取れる作りになっていて、風に乗じて他所へ行く。
そうやって版図を広げて、具合の良い樹の幹で繁殖するんだ。
ラフレシアってやつも、見たことあるよ。
あれ、すンごいね……デカいし、臭いがヤバい。便所に落ちてそのまま腐った死体、みたいな臭いする。
好奇心から鼻をつまんで近づいてみたけど……グロい、ってのが率直な感想だった。
草に劣らず、花にも薬効のあるものが多い。
この辺りはキアシアに教えてもらった。
カシュカ大陸の竜胆は固有種で、良薬になる。とっても苦いけど。
根のほうが胃薬になるのはオレたちの世界と同じ。
特別なのは花弁で、こちらにも良い成分があって、煎じて飲むと吐き気に効き、解熱作用もあるようだ。
竜胆は古くは疫病草とも呼ばれたのですよ、とはイグナの解説。
ユリ科の蔓性の低木で、山帰来っていうのがある。
花は可愛らしくて、例えるなら、束ねた線香花火、みたいな感じかな。
名前の由来は『山に入った病人が、これを口にしたら快気し、健康になって帰って来た』というところから。うぅむ、いかにも効きそうだ。
ジッズ大陸のそれは特に成分が強く、根茎が生薬として吹出物・肌荒れを治すほかに、花を練って患部に塗ると火傷を癒す。
キアシアも軟膏にしたやつを常備してる。
魔術師には、熱心に花を栽培する者も多い。
呪具や霊薬の材料になるほか、直接魔法をかけて魔花とするんだ。
血の池で育てる蓮くらいは、まだ可愛いもの。
果実に、人間の臓器をつけるやつとか。
ネズミを食う葛とか。
それを何代も交配させて研究するのだから、危険性は魔物に匹敵、ものによっては遥かに凌ぐ。
万が一、外に漏れたら……野山は途端に魔界になるだろう。
そのために林を焼いた、という話を聞いた覚えもある。
オレたちだって、いつぞやのマンドレイクのことは、あまり思い出したくない。
ただ、上手い具合に仕上がって、一般に広まったものもあるにはある。
朝顔を元にした魔花は、毎朝解けるように咲き、夜には絞るように閉じる、を約ひと月の間くり返す。
しかも、開く際に喋るんだ。双葉の時期に吹き込まれた台詞を発する、という性質なわけ。
世のカップルはこれを利用して、恋人の甘い囁きを毎朝……って商品。
なんつーか、背中が痒くなるな。
クサいし、ダサくね?
少なくともオレなら、そんな恥ずかしいもの贈ろうって気には、とてもとても。
話をちょっと変えて、レドラムダ女帝の家紋は花だった。
後から調べたところによると、あれは杜若。
幸運にまつわる花言葉を持ち、初代女帝が大変気に入って、自らの印としたらしい。
当代の女帝様のたまに、これを模ったアクセサリーを身に付けていたっけ。
あ、でも、部屋に飾られていたのはダチュラだったような。ご本人の好みはそっちか?
妹姫様が栞の押花に使ってたのは、確か藤。
意外と言ったら失礼だけど、マチルダ師匠も花には結構凝ってる。
庭に植えた色とりどりの薔薇は、よく手入れをされて麗しい。
園芸は大師匠から教わった武人の嗜みとのこと。
オレも覚えるべきでしょうか、と訊ねたら、先に覚えることが山ほどあるだろうが、と。全くもってその通りである。
棘のある花は、剣を、それから鮫の歯を連想させるから個人的に好ましい、とも言ってたっけ。
今キアシアに、好きな花を聞いてみたら、「向日葵かなぁ」。
背が高く、自分と同じ目線の大輪に、心が躍るって。
あと、咲き終わりに種がポロポロ取れて、炒ると美味しいのも理由だと。なるほど。
他には南瓜の花、茄子の花、あぁ胡瓜の花も可愛いわね。だそうだ。
キアに菜園を持たせてやりたいなぁ、とかちょっと思った。
イグナは、ずいぶん迷ってから「牡丹か、芍薬でしょうか」。
でも彼女が真に惹かれる花は、単体でなく、テーマに沿って組み合わされた生花だと言う。
そこに含まれる構築の理論や、物語を読み解くのが楽しいそうで。なんとも知的な。
確かにイグナと華道は相性が良さそう。
どこかで本格的に入門してもいいんじゃないかな。鍵が手に入れば訪問は簡単だ。
どうせ、と思いつつアインにも振ると、「団子」との返答。
まぁそうだろうね。
でも『花団子』なる名物に話が及ぶ。
花団子。あのピンクと白と緑の三色団子か。
じゃなくて、東方の大陸には花の形と香りをした団子があるんだって。
四季に合わせた花をモチーフに作られるそうで、枝に見立てた一本箸でいただくのが作法。
抹茶によく合うと聞くと、あー、和菓子が恋しくなってきたぁ……。
そしてオレの視線と意識はアインの左手へ。
奴の篭手へ。
百花繚乱へ馳せていた気持ちが、少し、ピリリとする。
魔女が配下の証に渡したそれには、花の意匠が凝らされながら――その花は、ここまで挙げてきたどの花とも、この世のどんな花とも異なる。
果たして、どんな何を象徴する魔花か。




