破:破 ≪性能≫
用途や流派に応じて作られた刀剣は二流である。
本物の鍛冶屋は、剣士の身体に合わせて仕立てる。
「だからって脱ぐ必要あるのかよぉ!」
なんとかパンツだけは死守した。
それでも周りの目は、チコ、イグナ、キアシアと女子ばかり。
恥ずかしくって仕方ない。
「隠すことないじゃないっすか。たくましくて立派な筋力っすよ」
「隠すわ! 無理やりひん剥きやがって!」
「服はしょっちゅう換えるけど、肉体は一点ものでしょ。合わせるなら断然、身体っすよ。
だからほら、測るから腕を広げてください」
「なんでこんな目に……うぅ……」
観念した陸歩の腕や背筋や胴回りに、チコは次々に巻尺を当て、帳面に結果を書きつけていく。
「リクホさんの歳なら、これから背が伸びることも、あんまりないでしょうけど。
体重は増減したら、すぐにまた来てくださいね。剣の調整しますんで」
「定期健診みたいだな」
「っすね。肉の付き方が変われば、剣の振り方も変わっちゃうので。
リクホさん、髪型変える予定あります?」
「ないけど……。今の、似合ってない?」
「ではなく。もし後ろで括るとかすると、また太刀筋に影響するので」
そこまで徹底するものか。
世の剣士たちは全員、そんな風に自己管理を完璧にしていると。
思わず陸歩は顔をしかめる。
「オレまったく、剣筋に影響が出て困るような、繊細なレベルじゃないけどね」
「じゃあむしろ余計に大事っすよ。
今の内から変な癖がついちゃうと、将来えらい苦労しますもん」
チコは未だ名残惜しそうに、リクホに唯一残された下着を見やる。
「本当は下も、服無しで測りたかったんすけど」
「絶対やだ。
つーか女の子が滅多なこと言うんじゃありません。
勘違いした馬鹿に襲われたらどうするんだ」
「ジンゼンで不埒を働いたら、ソイツはあっという間に終わりっすよ。
終わって構わんような半端者は、まずこの街に入れませんし。
……んー、脚の長さは測れるとして、やっぱ腰つきは……。
リクホさん、せめてこう、下着を下げてくれません?
こう、ギリッギリを攻める感じで」
なぜこんな辱めを受けなくてはならないのか。
妹くらいの少女にセクハラされるなんて、泣きたくなってくる。
「これ本当に必要?」
「踏み込みとか体幹とかあるんすよー。あっ、」
そこでチコは閃いて、正座して成り行きを見守っているイグナへと訊ねる。
「イグナさんなら詳しいっすか? リクホさんの下半身」
「ちょいちょいちょい!」
「はぁ。触れ合うこともありますので、データにはありますが」
「うわっ」
声を上げたのはキアシアだ。
じとっとした、汚いものを見る目を陸歩へ向けた。
「……まぁ、あんたも男なんだろうけどさ」
リクホはもう必死。
「違うぞ誤解すんなよ!
オレは変形したイグナを着ているだけだ!」
「なんか響きが不潔……」
「不潔でない!」
陸歩とキアシアのやり取りの中で、チコは「あちゃー」と呟いた。
「そっかそれがあったっすね。
リクホさんとイグナさん、合体すると掌の大きさも変わりますよね?」
「合体言うな!」
「えぇ。ですがリクホ様は、剣は基本的に生身で使用することを想定されています。
計測は今のままで構わない……で、よろしいでしょうか、リクホ様」
「あ、あぁ。それで頼む」
「んー……まーでも、ちょっと加味しておきましょうかね。
柄革を鎧用にして……」
ようやく測定が全て済み、チコはさっそく剣の調整へと取り掛かる。
解放された陸歩はとにかくまずは服を着て、最後に左手にガントレットをはめた。
これでほっと人心地だ。
「お疲れさまでした、リクホ様」
「おぉ……もう二度とごめんだ……」
作業机へ向かったチコを見る。
……彼女の背中からは、はっきりと分かる圧が感じられた。
その集中のしかたは鬼気迫るといってもいいほどで、そういえば扉を護っていた防人たちも同じ迫力を放っていたように思う。
実際に刃を打ったのは親方だろうが、仕上げはこうして全て任されている辺り、この少女は本当に優秀なのだろう。
時おり剣を飾った鈴の音が小さく響く。
ほどなくチコは、柄の調整を終えた。
「お待たせしました。どうでしょ」
受け取った陸歩はしきりに握り、具合を確かめる。
柄の長さ、太さともに申し分ない。
だが巻かれたグリップが特別な革なのか、不思議な感触を覚えた。
「ん。左手で握るとがっちりだけど、右手だとすべすべしてる」
「えぇ。素手で掴むと柔らかく、篭手では固いようにしました。
リクホさん右利きでしょ。両手持ちのときには力が逃げないように、片手持ちのときは取り回しを軽くしてます。
まだ革が固いと思うんで、よく汗を吸わせて、馴染ませてください」
「わかった」
隠しきれない笑みを口元へ浮かべた陸歩は、見様見真似の居合いを繰り返す。
さすがに屋内で抜刀は危険すぎるから、刃渡りの半分以下までで留めるが、そうしていると鞘にも巻かれた革の意図が、滑り止めと分かった。
陸歩のその、言葉に出さずとも明らかな満悦な様子に、チコはこっそりと息をついた。
目頭を揉みながら、立ち上がり、勝手口の扉を指して皆を促す。
「じゃ、剣の諸々の説明しますんで。
ここじゃあれですし、外に出ましょうか。
その辺のサンダル履いてください」
連れ立って出た中庭も、やはりよく掃き清められていた。
一画には畝が作られていて、土から顔を出した野菜の葉が、青々と輝いている。
ただし、壁だけはいただけない。
かなり年季が入っており、表面はボロボロ、大部分が鱗状に剥がれている。
ここなら思う存分で構わない。
陸歩はついに鈴剣を抜き放った。
陽の下で見る刀身は、また風味の異なる銀をしていて、いつまでだって見惚れていられそう。
イグナが鞘を預かり、しっかりと胸に抱いて、キアシアとともに数歩下がった。
チコもまた、同じように離れる。
「まずは耐火性から確かめましょうか。
その剣は全体が燃えにくい素材で出来ていますんで。
リクホさん、発火してもらえますか?」
「ん」
陸歩の手が炎を上げる。
鈴が白光し、周囲に油分の燃える匂いが混じるが、握った柄は形を留めたままだ。
「……もうちょい、本気でもいい?」
問えばチコは、不敵に笑んで頷く。
「どうぞ。ガッとやっちゃってください」
肩までを火炎が包んだ。
剣も、その切っ先までが紅蓮に染まる大火事である。
それを十数秒に渡って続けた陸歩は、血振りの動作で消火する。
剣を検めてみるが……歪みなし、焦げ跡なし。
柄頭の房すら火を残さない。
「こりゃあ、すげぇ」
「一つ留意して欲しいんすけど、鞘に関しては木製なんで、普通に燃えます。
ので、剣を燃焼させたら冷めるまで、納刀しないように」
「あぁ、わかった。
しかしこれ、完璧じゃないか」
「まだまだ。目玉はこれからっすよ」
チコの表情、とっておきの手品を用意したかのよう。
ここからが鈴剣、その真骨頂。
「リクホさん、剣を回してみてもらえます? こう、ねじ回しの要領で、左回りに」
「回す……こうか?」
言われた通り、左に回してみる。
柄革の特性のおかげで右手の中ではよく滑り、添えた左手でクルクルと。
鈴の音が、しゃなりと清涼に響いた。
すると刀身が、急速に成長を始める。
「おぉ? でっかくなった!」
柄やはばきはそのままに、刃が付け根からその横幅を変えた。
陸歩が回せば回すだけ刀は広がっていき、さっきまでは日本刀サイズの片手用だったものが、今では両手用大剣としても通用する。
「逆に回せば縮みますよ」
「お? おぉ、おぉーっ!」
今度はレイピアほど細くなった。
剣の幅は鈴の音に合わせて自在に変化し、陸歩の意のまま、求める姿となる。
「じゃあリクホさん、今度は剣を、風車みたいに回してください」
別な仕方で鈴が鳴る。
「っ! 長くなった!」
刃渡りが伸びた。
逆に回せば同じ法則で短くなり、包丁大、果物ナイフ大にだってなる。
「鈴に伸縮の魔術式が組み込まれてるんす。
影響を受けるのは刀身だけですが、好きな大きさに思うがままっすよ」
「まさか魔剣だったなんて……。
これ、払った代金より高くついてない?」
恐る恐るで訊ねると、チコも苦笑を浮かべた。
「親方の悪い癖っすね」
「そうか……何かお礼しなくちゃな」
それからしばし陸歩は夢中だった。
刀身を変えながら素振りをし、ドゥノーで習った剣舞をし。
「――なぁチコ、これってどのくらいまで大きくなるんだ?」
「鈴の音と刃が共鳴できる範囲なんで。音が波紋として届く距離まで……。
んーっと、具体的には、あれくらいっすかね?」
「あれ?」
チコの指差す先を追えば、壁だ。
庭の中で唯一手入れのされていない、壁。
あっと声を上げそうになる。
その壁は、ずっと端まで見ると、切っ先がある。
反対には、柱のような太さで柄が。
「これ、まさか、剣なのか!」
剣だったのだ。
巨大な剣。
圧倒的なサイズを誇る剣。
それは、巨人が両手で振るう、この世で最も重厚な剣だった。




