結:承 ≪純度≫
無数の刃が交錯し、激しく瞬く。
その中でとりわけ、乱麻を断つ快刀は、アインヴァッフェ・イリューの塔剣だった。
雪崩を打って押し寄せる虎たちは、幾百か幾千か。
迎え撃つ巨人は単騎である。
大きさの優位すら放棄したアインは、ムミュゼに対して、あまりにも多勢に無勢。
……だというのに。
敵を蹂躙するのは、巨人だ。
上段から振り下ろされるムミュゼの魔剣。
アインはその刀身を左手で白刃取り、がら空きになった虎の胴を、塔剣で一文字に裂いた。
零れ出る臓物。
その陰で、地に伏すほど体勢低く構え、斬り上げてくるムミュゼ。
アインは塔剣を逆手に持ち替え、魔剣の柄を踏みつけにして押さえて、虎の首を刈る。
吹き出す鮮血。
次のムミュゼが線を越え、巨大になった。
その時にはもう、アインが投げた塔剣が左目に突き刺さり、後頭部までトンネルを穿たれ、ずるりと倒れた。
飛び散る脳漿。
「ふ――っ」
骸から愛刀を抜いたアインはその姿勢のまま、肉薄してきたムミュゼの足を斬り飛ばす。
支えを無くして宙に浮いた虎の身体を、刃先で十字に撫でた。
おびただしい数の虎の死体は、息絶えるとともに元の大きさに戻り、だからアインには殺した相手は消えるも同じ。
着々と築かれつつある屍山血河も、彼にとってはミニチュアだ。
ここまでで何体を屠ったか……端から数えてなどいない。
「アァ――っ!」
一刀の下に虎を斬り捨て、返す刀で新手を討つ。
時には二体、三体を同時に両断した。
そこに『技』と呼べる複雑さは、とっくに失われていた。
間断なく襲い来る野獣の群れ、その勢いを前に、器用に小手先を働かせる暇はない。
最短で敵を斬る。それだけを突き詰める。
剣は振るごとに単調に――否。
純度を上げて、精彩を増していく。
相手の攻撃を受けるだとか、逸らすだとか。
相手の体勢を崩すだとか。
相手の次の手を制限し、自らが有利なほうへ導くだとか。
そういった、勝利のために組み立てられる剣術のロジックから、今のアインは解脱していた。
ただ、命を奪う刃。
全てが必殺の一閃。
相手より秀でるための剣でない。
敵を、殺すためだけの、鋼。
表情に笑みはなかった。
心に愉悦もなかった。
どんな雑念も排され、ただ深い無意識に沈み、剣身一体として戦いに明け暮れる。
それは。
それこそが。
剣士の極致であり、真実の姿であり、全ての戦人が求める遥かなる高みに違いない。
「――――っ」
虎は吠え猛り、ムミュゼは増え続ける。
上限は、蒐集し続けてきた剣術流派の数、魔剣の数。
それらの中から、アインに勝てる『可能性』をひたすら探す。
あらゆる秘剣を尽くした。
あらゆる御留流を惜しげもなく晒した。
源流と呼ばれる古の剣さえ、虎に乗せて披露した。
いずれも通じない。
が、手札はまだある。
まだ、手は。
……虎の内心に、ムミュゼの理性がもたげ、背筋には冷たいものが伝う。
いずれも通じない。
まさか。
まさか。
まさか自分は……どうあっても、あの巨人に勝ち得る可能性を、持たないのか?
そんな馬鹿な話はない。
互いの力に、それほどの隔たりがあるはずはない。
現にムミュゼは重力操作剣術を、専用の魔剣こそないが、アインと同程度に扱える。その自信はある。
のみならず、ムミュゼは他のあらゆる流派剣技を、負けず劣らずの練度まで鍛えてきた。
では……実際、目の前に繰り広げられる惨状は、何か。
殺され続ける自分の可能性。
剣士としての相性……などという言い訳でも出来ない。
何故。
「…………な、ぜ、」
何故。
何が。
何が、自分とあの男で、そこまで違う。
――数千もの可能性を展開していれば、中には気付く自分もある。
ムミュゼ・ミアトに何が足らないか。
考えるまでもない。
いや、考えるからいけない。
獣になってまでこんな風に、何故、何故、何故……何故を重ねて同じところをぐるぐるぐるぐる。
ムミュゼ・ミアトは、思えば、常に理由を求めている。
理由が欲しいのは、納得を求めるからで。
納得を求めるのは……弱いからだ。
アインヴァッフェ・イリューは、おそらくは、そんなこと頭の片隅にもあるまい。
単に自己あって、自己の延長として剣があって、斬るべき相手がある。
想像するに、羅刹の世界は、虎よりも更にシンプルだ。
結局、彼我の差はきっと、剣に理由を求めるかどうか。
故あって剣を取った。
故あって研鑚を重ねた。
故あって斬り、故あって斬らない。
ムミュゼ・ミアトの剣の道は、いつだって受け身……。
アインヴァッフェ・イリューは、違う。
まるで剣と手とに境がないような。
生まれながらに刃を携えていたような。
この世の斬る斬らないを、全て自らで定める存在。
それこそが剣士の極致であり、真実の姿であり、全ての戦人が求める遥かなる高みに違いなく、つまりはアインヴァッフェ・イリューのようなものを……もしかしたら……自分は……。
「は、」
アインは、短く息を吐いた。
振り上げた塔剣の、降ろしどころがない。
相対するべき次の虎はなく、新たに線を越えてくる者はいない。
「……あぁ?」
ほとんど剣に取り憑かれ、忘我のまま、ここまで何体の敵を屠ったかも数えてもいなかったから、気付かなかった。
ムミュゼの可能性を、もう、全て斬ってしまった。
残る虎は、ただ一頭。
……本当に虎かと目を疑う。その有様は、野良猫より貧相だ。
線の縁に膝を付いて飛び越えることも出来ず、剣も持たず……怯え慄くばかりの、何の可能性も尽きた、ムミュゼは。
あまりにも。




