転:承 ≪憎悪≫
初めて顔を合わせた瞬間に、この男とは相いれないと直感した。
後に手合わせしたことで確信に変わり、のみならず嫌悪さえ燃え上がり……それはやがて、憎悪にまで膨らんでいった。
ムミュゼ・ミアトは、アインヴァッフェ・イリューが嫌いだ。
この男が剣士を名乗ることすら許せない。
この男は粗野に過ぎ、粗暴に過ぎ、獣のように卑しく、刃の重みを知らない。
この男にあるのは興ばかりで、仁も義も礼も智も信も無縁。
もちろんムミュゼとて、魔女に与した時点で、世界に仇為す咎人だ。それは自覚している。
しかしどこまで手を汚そうとも、剣士には失うべきでない品格があるはず。
腕とともに心まで養わなければ剣道とは呼べず、道を経ずに鋼を手にする者を剣士とは呼ばない。
本来、どんな武芸も修業を積めば、魂も研磨され昇華していくものだ。
戦いの虚しさを知り、徒に力を振るうのを厭うようになっていくものだ。
何のための力、何のための刃か、熟慮を重ねていくはず。
だが、この男はどうだ。
アインヴァッフェ・イリュー。
この男の剣には道がない。
この男には大儀も野望も思想もない。
この男はただ戦闘の愉悦を求め続けている。
刃が剣術という理に則っていたとしても、それは単なる暴力で、それはこの世でもどの世にあっても、最も軽蔑されるべき力に違いない。
なのに、この男は、ひたすらに強い。
そのことがムミュゼは、何より許せなかった。
到底有り得ないことだ。
暴力が、正しさの下に研鑚された心技体に勝るなど。
浅ましき剣は、浅くまでしか届かないはず。
剣士にとっては懐の深さこそ、剣の深さのはず。
アインヴァッフェ・イリューは強い。
そんなはずはない。達人とは、より高次な精神へと達した人間でしか有り得ないのだから。
だが現に、アインヴァッフェ・イリューは強い。
その事実は、あらゆる剣の道を否定していて、まったく気に食わない。
認めるわけにはいかない。
正直者こそが報われなくてはならないのが剣であり、また通常はそうなのだ。
アインヴァッフェ・イリューが強いはずがない。
アインヴァッフェ・イリューが強いなど有り得ない。
強さには品格が伴うのが剣で、品性を抜きに強くなることは不可能なのが剣であるはずで。
だからムミュゼ・ミアトは、このイレギュラーを、アインヴァッフェ・イリューを憎悪する。
この男の振る舞い、この男の声音、この男の表情、全てを否定する。
この男の、剣への態度など、特に。
――折れたフランベルジュの切っ先を、アインはすかさず拾い上げた。
左手の人差し指と中指で挟んだそれを、腰の捻り、肩の回転、腕の振りに乗せて投げつける。
稲妻が如き速度で飛来する刃。
「、くっ!」
ムミュゼは辛くも、顔を横へ倒して避けた。
その間にもアインが迫っている。
半ばまでしかない刀身で、斬りかかってくる。
それを鉄柱型の魔剣で受け止めながら、ムミュゼは怒りのあまり、二の句も継げない。
「お、前、はぁっ!」
「どうしたよ何を真っ赤になってんだぁアっ!?」
「お前は! どこまで!」
剣士にとって、剣は自らの分身に等しく、伴侶にも等しい。
あるいは身体の一部、あるいは大切な誰かとの繋がり。
それが折られたら……数百という魔剣を蔵するムミュゼであっても、その一本を失う想像だけで総毛立つ。
アインはどうだ。
塔剣ほどではないにしろ、フランベルジュとて数年に渡って死線を共にしてきた無二の刃である。
半分に欠ければ、当然あるべき喪失の痛み、哀しみ、怒り、悔しさ……ムミュゼがアインのどこを探しても、表情にも声音にも振る舞いにも、交えた剣にも、見つからない。
それどころか、投げつけただと?
折れた剣は、剣士にとっては、親の骸も同じなのに。
「どこまで蔑ろにすれば気が済む!
アインヴァッフェ・イリューっ!!」
感情を爆発させ、ムミュゼは羅刹を押し返した。
「あぁ? なにキレてんだよ、さっきから」
「お前のようなものが! なぜお前のようなものが! どうしてお前が!
僕はお前ほど剣士として不適格な者を見たことがない!
それなのにあの人は! 魔女様は何故お前に、オキタでもなくお前なんぞに、『剣』の称号を認めたっ!?」
「お前……まだそんなこと言ってんの?
しかも、言うに事欠いて、オキタだぁ? 他人を持ち出して謙虚ぶってんじゃねぇ!」
アインが今度は、握っていたフランベルジュの残り半分を投げつける。
その蛮行がまたムミュゼに油を注ぐが、羅刹に挑発の意図は特別なく、単に手元に邪魔だっただけのこと。
空いた手で、篭手から鍵を引き抜いた。
掌の孔へと挿す。
開錠。
「テメェが気に食わねぇのはその席がテメェじゃねぇからだろうが!
だったらウガウガ言ってねぇで貫いて魅せろよ! この俺を! この俺に!
斬ってぶんどれッ! それが剣士じゃねぇのか!」
「お前が剣士を語るなぁあああぁぁっ!」
空に巨大な扉が開き、ぬるりと塔剣が落ち、轟く地響き。
土煙の中、キリカの下へ舞い戻ったムミュゼは、彼女の鎧が鞘に戻るのももどかしい。
兜の脱げた少女の鼻先へ、左手の篭手、掌を突き出した。
「キリカ! 開けろ!」
「でも、ムミュゼ様っ」
「開けろぉ!!」
「…………っ」
なおも逡巡しながらも、キリカは自らの篭手から鍵を一本、引き抜く。




