転:起 ≪魔剣≫
まさに目の覚めるような一撃だ。
荒野を駆け抜けた颶風、と形容しても全く大袈裟ではない。
「が、」
アインの左腕は肩ごと骨まで切り裂かれ、最後の皮一枚でかろうじて落ちない。
背後を振り返ると、風に乗ったムミュゼが踵で制動をかけて着地するところ。
彼我の間合いは、アインの歩幅で数えて16歩。
ムミュゼはキリカを降ろす。
と、彼女から鎧が解れるように剥がれ、魔剣『芭蕉扇』へと絡みつき、鞘に変わった。
「キリカ、抜刀! 『別つ七つの箒星』ッ!」
「はいっ」
間髪入れずにムミュゼが大剣を差し出し、キリカはこれを握った。
新たなる魔剣を、解き放つ――
「がっ、ぁああああぁ!」
――よりも先に。
千切れかけの左腕をたなびかせ血を撒き散らし、アインが16歩の距離を瞬時に詰めて襲い掛かる。
「なっ」
咄嗟にキリカを突き飛ばし、鞘のままの大剣でフランベルジュを受け止めるムミュゼ。
相手は片腕、こちらは術理に則った受け太刀の構え。
なのに……抗いきれない。力負けしたのはムミュゼだ。がくりと膝をつく。
「潰れんなよォこの程度で!」
「っくっそ!」
重量操作剣技が圧し掛かる。
気を抜けばムミュゼの小柄は、背骨から折れてしまいそうなほど。
「負け、るかぁあっ!」
「あーあーこっちがお留守だぞ!」
右頬へ蹴りが叩き込まれた。
「ふブっ、」
「ムミュゼ様――きゃ!」
吹き飛んできたムミュゼを抱き留めようとし、勢いに負けたキリカが主と一緒に地面を転がる。
その間にアインは、今度は追撃するでなく、傍らに剣を突き立てて自らの左肩を押さえた。
もげかかっていた左腕は、傷の断面同士を密着させられると、血の泡と湯気を上げながら塞がろうとしているではないか。
「……化け物め」
身を起こし、大剣を構え、ムミュゼが吐き捨てた。キリカを背に庇って。
だがアインは鼻の頭に皺を作り、傷を人差し指でなぞってぼやく。
「いやぁ、さすがにダメだなこりゃ」
言うか、左手の篭手から鍵の一本を取って、掌の穴へと挿した。
開錠音。
途端に、傷がなくなった。
これ見よがしに左肩を回すアインは、粘っこい笑みを浮かべている。
鍵で解放したのは、巨人の治癒力。
それが人間サイズの体躯で発揮されれば。どんなダメージが致命傷になり得るというのか。
ムミュゼの表情は苦い。
でも、と彼は呟いた。
「巨人だって首を刎ねて、頭を割れば、いくらなんでも死ぬだろう」
「さぁて。試してみろよ」
「言われるまでもない!」
キリカに抜刀させた。
顕現する魔剣、『別つ七つの箒星』。
その刀身は、彼の手元にない。
切っ先をピタリと敵へ向けて揃え、宙に整列した七つの刃。
ムミュゼが、握る柄を振り下ろす。
刃が一斉に、アインへと飛び掛かった。
「おぉっと!」
首を傾け、顔面を目がけて突いてきた最初の一刀を、頬を擦られながらも避けるアイン。
続く二閃目は、首を掻き切ろうと斬りつけてきた。
同時に三本目が右膝へ刺さり、四本目が左脚を地面に縫いつき、五本目が六本目が七本目が……。
アインは身をよじり、フランベルジュで打ち払い、ときに肉を切らせ、ときに骨を絶たせ、刃の群れと踊った。
牙を剥き出しながら。
「小器用な奴だな!」
たった一本の柄で、ムミュゼはそれらをどのように制御しているのか。
あたかも姿なき七人の剣士がアインへ斬りつけているよう。
だが。
あの羅刹に、防御と回避を強いることには成功しているが。
これでは決定打には遠い。
「ちぃ!」
舌打ちを一つ、ムミュゼが乱暴に柄を振るう。
七本の刃が互いに峰を合わせ放射を描き、ドリルさながら回転して、アインの左目を狙う。
「そりゃあいくら何でも大雑把すぎんだろが!」
それらを右手の掌で受け止めた羅刹は、逃がさぬよう固く握り締めた。指がズタズタになるのも構わず。
刀身を失くしたムミュゼへ、アインが肉薄する。
「ムミュゼ様!」
叫ぶキリカへ、ムミュゼは柄と鍔だけの剣を差し出した。
少女の鎧が剣の鞘へと移り、アインの手の中から七刃が光の粒に散じて消える。
「抜刀! 『鉄壊』ッ!」
「はいっ」
二人がかりの居合い抜き。
解き放たれた魔剣を、ムミュゼは両手で振るい、迫るアインへとそのまま叩き込む。
受け止めるは羅刹のフランベルジュ。
「っ!」
この世で最も剛力なる者ども、巨人族。
中でもとりわけ、無双と謳われたのが、アインヴァッフェ・イリューである。
そんな彼が。
「ごっ! バっ!」
自分よりずっと小柄な少年から繰り出された一撃を、止めきれずに飛ばされた。
岩だらけの荒れ野を、長身が弾む。
ぜい、とムミュゼから乱暴な呼吸が零れた。
此度の魔剣は手持ちの中でも、随一の重量を誇る。その刀身は刃ですらなく、大人の両腕でも回らないほどに太い鉄柱だ。
その粗雑な見た目に反して『鉄壊』は、繊細な刀鍛冶の作品で、剛剣術を増幅する機能を秘める。
ムミュゼほどの達人が振るえば、巨人だろうと薙ぎ倒すほどに。
「――最初っから使えよそういう面白いのよぉ!」
砂礫まみれにアインが跳ね起きる。
如何なる戦術も戦法も彼は歓迎するが、真っ向勝負はやはり格別だ。
喜びに全身から剣気が逆立っている。
が、ぐらりと右に傾いだ。
「お?」
バランスを崩したのだ。
脳震盪か失血か、骨折か……いいや、もっとずっと深刻。
本来あるべき重量が欠けていた。
「……げ」
羅刹の目が、丸く見開かれる。
右手に携えたフランベルジュは無惨にも折れ、刀身の半分が足元に横たわっている。




