承:結 ≪武者≫
勝負は、一対一の果し合い。
降参は認められている。
が、相手は人形だから降参などはせず、勝つには斬り捨てる以外ない。
人形それ自体を両断するか。
あるいは剣を折るか。
どうにも勝つ見込みがない、と悟ったときには、あまり意地を張らぬがよい。
人形には一切の情や容赦が組み込まれていない。命を絶つ、その最短をひた走ってくる。
そうは言われても剣士ならば、引くに引けないこともあるだろうが。
ここでの敗北は糧であって恥でなく、また修業を改めてから挑めばよいのだから。
命あっての物種とは、まさしく真理であるからして。
もし、万が一、仮に。剣の英霊に一歩及ばず、不幸なことに相成ったとしたら。
当院にて、供養は丁重にさせていただく。
「――お訊ねしますが、挑戦者の装備に、制限はないのでしょうか。
具体的には、鎧の着用は認められますか?」
イグナの問いに、和尚が答える。
「えぇ。最低限、剣術さえ用いられるのであれば、どんな武具防具を備えておいででも構いませんよ。
毒、火薬、投網、暗器……その他なんでも、ご随意に」
もっとも、卑怯卑劣はまず通用しないでしょうが、と続く。
手管に頼る程度の仕手では、どう策を弄したところで、英霊を相手に勝機など見出せるわけも無し。
「なるほど。
では、リクホ様。どうかCodeをお申し付けください」
縁側に正座し、三つ指をついて頭を下げるイグナ。
「リクホ様の御命、このワタシに護らせてくださいませ」
「…………いや」
靴を履き直し、紐の具合を入念に確かめながら、陸歩はあえて彼女のほうを見ずに返した。
「イグナ、ごめん。ここはオレ一人にやらせてくれ」
「……は」
「確かめてみたい。肌で感じてみたいんだ。
流派最強の座が、今の自分から、どれだけ遠くにあるのか」
「了解しました」
押し問答することなく、すぐに納得して引きさがるものの。
イグナはほんの数ミリ、俯いた。
そんな彼女の肩へ、キアシアが顎を乗せながら、代わりにため息をたっぷりと吐く。
「ほんっと、剣を持ってる人たちって皆して、そういうとこあるわよね」
「悪いな。浪漫ってやつなんだよ」
「そう。なんでもいいけどさ。
……リクホ、あんた今、一回『参った』って言ってみなさい」
「はぁ?」
たまらず少女たちのほうを向く。
と、陸歩はわずかに呼吸を詰まらせた。
こちらを見つめる四つの目は、本気でこの身を案じていて。
「言ってみなさいよ」
「……なんで?」
「練習しとけば、いざってときにもすんなり舌が回るでしょう。
ほら、復唱して。『参った』」
「…………。いや、いいよ。
そんなんしなくても、いよいよになったら、ちゃんと言うから」
「い・い・か・ら、言・い・な・さ・い」
「……これから戦うのに、そんな、験が悪い」
「リクホ!」
「わかった。わかったよ。
参った。参ったから……本当に参った」
これでいいかよ、と頭を振る。
キアシアはまだ物足りなそうな表情を、イグナとともに並べていて、陸歩はさっと立ち上がってそれを振り切った。
「和尚様。お願いします」
「畏まりました」
すい、と中庭へ降りた。
すでに年少の僧たちによって、鞘人形は用意されていた。
鞘人形……いかにも安っぽいその呼び名は、きっと謙遜だ。
竹で作ったとは言われなければ分からない。
見事な鎧武者が膝を付き、腰に手を当てて、空っぽの中身が刃で満たされるのを待ち構えている。
和尚が、剣林から目当ての太刀を、恭しく引き抜いた。
武者の帯びる鞘へ、これを納める。
「――――っ」
それだけで、陸歩の全身から汗が噴き出した。
立ち上がる武者が、抜刀。
その所作には生気が溢れ、面頬の奥からは生きた呼吸、生きた視線。
英霊が、受肉した。
陸歩には畏怖と感動と、言語化困難な様々な心の波。
最強という、ともすれば抽象的な存在が、いま確かに目の前にいる……うっかりすれば涙すら滲む。
陸歩もまた、剣を抜き放った。
そして手の中で回し、鈴の音を響かせる。
一瞬、相手の太刀と同じ刃渡り、同じ刃幅を思い描いたが。
太く、重く、大きく、刃を変える。
「ほう、可変剣」
縁側へ戻った和尚が呟くのが聞こえる。
……聞こえている。そのことに、陸歩の胸中に自信が浮かぶ。
大丈夫、周囲がちゃんと見えているし聞こえている。竦んでいない。怖気づいていない。
「っ」
目の前に剣閃。
咄嗟に鈴剣の腹で防いだ。
大丈夫、見えているし聞こえている。
だが、見えていたからこそ、陸歩は息を呑んだ。
密に立つ剣林を、人形は物ともしなかった。
音すら置き去りにする踏み込み。
そして鍔迫り合い、陸歩は相手の呼吸を聞き――はっと目を見開く。
それは、平時の息遣いですらない。
寝息だった。
英霊は夢現のまま、戦っている……。
「な、めんなぁ!」
渾身で押し返す。
まるで風になびく柳の葉、人形はしなやかに跳び退る。
陸歩は改めて剣を構え、心を構えた。
胸の内には、わずかならぬ棘。
「そうですか……オレ如きが相手では、眠たいですか」
先の一合で分かった。
彼我の技量は、やはり雲泥。
けれど剣の重量、単純な膂力において、こちらに分がある。
相手に応じて戦法を変えるのが、可変剣士の真髄である。
この線で、最強に食い下がってやる。
「まずはその目、覚まさせていただく!」




