承:起 ≪本尊≫
ジッズ大陸の上空では常に、『龍』とも呼び慣らわされる気流が吹き荒れる。
これ乗ずる雲は速く、天気が頻繁に移ろう。
注文した料理が届いた頃、にわか雨が屋根や窓を叩く音がし始めた。
降る前に街に着き、気の利いた飲食店を見つけられたことに、陸歩は安堵の息をする。
目の前に並ぶのは、クヤナギの伝統的な、そして観光客向けの料理。
それを眺めて、ふと。
「あれ。茅巻って、笹じゃないっけ?
……うん? 笹と竹って別だよな?」
「植物学上は区別されますね。
茅巻につきましては笹だけでなく、これのように竹の皮や、藁で包むこともあり、そもそもは茅の葉を使っていたそうです」
「へぇー、わりと色んな葉っぱが使えるんだ」
イグナの解説に感心している隙に、さっそくアインの手が伸びた。
中央の籠に、全員分ひとまとめの茅巻はホカホカと湯気を立てており、彼の手に一つ二つと攫われていく。
放っておけば、この男は遠慮なく平らげることだろう。
陸歩たちも、順に自分のを数個、取り皿に避難させた。
「んじゃ。いただきます」
巻いてある竹皮を剥がし、モッチリした中身とご対面。
おにぎりと餅の中間、といった風情。
齧り付く。
まず、たっぷりと植物由来の香りが口内から、鼻へと満ちる。
デンプンのほのかな甘みを、僅かに足された塩が引きたてた。
具として肉味噌が入っていて、濃い味がアクセントになり食が進む。
キアシアの食べっぷりよ。
「キア、どう?」
「……っ! ……っ!」
「うん、ごめんごめん。感想は後で聞くわ」
主菜は筍を豚肉で巻いたもので、先ほどサーブしていった店員の話では、竹炭で炭火焼にしたものらしい。
この肉の、脂のさっぱりとした舌触りは、他所ではあまり燃料にしない竹炭を敢えて用いた効果なのだろうか、と陸歩は味わいながらに思う。
煮物もやはり主役は筍で、人参や牛蒡といった根菜が盛り立てる。
透き通るような澄まし汁は、魚の出汁で、豆腐と三つ葉が浸かっていた。さらにその下、椀の一番底には竹の葉があり、これは香りづけのためで食べるものではない。
真っ黒な餡があり、練った芋に、粉末の竹炭を混ぜ込んだもの。美容によいとの触れ込みだ。
一際興味をそそられたのは、香の物。
一度湯がいた竹をひと月以上糠に漬け、薄く切ったもので、これが陸歩の舌に非常に合った。
しかし。
「――腹ごしらえが済んだらよ」
せっかくの食事だというのに。アインはろくに味わわず、ガツガツと口へ詰め込んでいる。
とにかく時間が惜しいと見える。
その目は恨みがましい、楽しみをお預けにされた子どもの目……。
「この街の鍵を手に入れにいくぜ。いくよな? なぁ?」
「分かってる。分かってるよ。睨むなって。
……でも、鍵って貴重品だろ? 譲ってもらえるのかな」
実のところ、それもまた、陸歩は気がかりだ。
首尾よく鍵を得てしまえば、アインは喜々としてイグナへ挑むだろう。
だがもし、旅人に配るほど鍵に余剰はないのだ、となれば。
この羅刹は、どうするだろうか。
斬って奪うくらいは、平気でやりかねない。
すん、とアインが鼻を鳴らした。
店員を呼ぶ。
「おーい、姉ちゃん」
「はいはーい。追加のご注文ですか?」
「いや。鍵だ。鍵が欲しいんだ」
「ぅえっ!?」
ぶっ、とキアシアがむせた。
店員の女性はお盆を胸に抱き、あわあわとする。
「えっと、いきなり、その、そういうのは、ちょっと、あ、でも……」
一体どういう反応か、と陸歩とイグナが顔を見合わせると。
額を押さえたキアシアが説明してくれた。
曰く、女性に鍵をねだるのは、この世界ではメジャーなナンパの文句だそうで。
アインが『この街の』を付けなかったせいで生じた誤解を解くと、店員の彼女は。
「あぁ――それなら、中央院ですね」
陸歩は、確か達人たちの剣を保存しているのは寺院だったな、とガイドブックの記述を思い出す。
「そう、その院です。
この街の扉の樹はそこにあるので、管理や鍵の配布も僧侶さんたちがしてますよ」
「そっかそっか。ありがとよ」
獰猛な笑みを浮かべるアインに、彼女はまた赤面する……どうも、まんざらでもなかったのかも知れない。
「よし、行くぞお前ら。すぐ行くぞ」
「えぇ? まだ食べ終わったばっかだし……食休みくらい、」
「そうかよ。なら俺だけ先に行ってる」
「っ分かった、行く、行くから! 待てってオイ!」
剣の街でこの男の手綱を放すなんて、考えただけでも恐ろしい。
先走ったアインを追って、会計もそそくさと済ませ、まだ雨の降る外へフードを被って出た。
食後に駆け足する羽目になるとは。
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旅の荷物も背負ったまま、驟雨に濡れながらという格好だ。
僧侶の方々も、さぞせっかちな連中が訪ねてきた、と思われたことだろう。
だが陸歩も、本尊を拝めば、恥も外聞も二の次となってしまった。
ドーナツ状の寺院の広大な中庭で、扉の樹が雄々しく天を衝く。
その周囲に無造作に、無数の剣が突き立てられていた。
これこそが、本尊だという。この空間が。
並ぶ、剣。剣。剣。
竹林のようだ、と陸歩は思った。
墓標のようだ、とも陸歩は思った。
地面に刺して雨ざらしという、剣にとっては相当に過酷な環境に違いない。
だというのに、どの刃も、はっきりと圧を放ち続けていて。
息を呑んだ。
唾を呑んだ。
「――壮観じゃねぇの」
未だ降りしきる雨の中。
アインがか細く武者震いしている。
陸歩も、また。
イグナとキアシアが寺院から借りた傘を差し出してくれるのに、生返事しかせずに。
視線の先、一本の太刀。
目が離せなかった。
陸歩は、じっと釘付けに。
そこに、自らの流派の祖である剣客が立っているのを――確かに、視ていた。
『剣林』クヤナギ。
この街には、あらゆる剣術の最たる使い手が。
今なお、生きている。




