表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
327/427

承:起 ≪本尊≫

 ジッズ大陸の上空では(つね)に、『龍』とも()()らわされる気流が()()れる。

 これ(じょう)ずる雲は速く、天気が頻繁(ひんぱん)(うつ)ろう。


 注文した料理が届いた(ころ)、にわか雨が屋根や窓を叩く音がし始めた。

 降る前に街に()き、気の()いた飲食店を見つけられたことに、陸歩は安堵(あんど)の息をする。


 目の前に並ぶのは、クヤナギの伝統的な、そして観光客向けの料理。

 それを(なが)めて、ふと。


「あれ。茅巻(ちまき)って、(ささ)じゃないっけ?

 ……うん? 笹と竹って別だよな?」


「植物学上は区別されますね。

 茅巻(ちまき)につきましては笹だけでなく、これのように竹の皮や、(わら)(つつ)むこともあり、そもそもは(ちがや)の葉を使っていたそうです」


「へぇー、わりと色んな葉っぱが使えるんだ」


 イグナの解説に感心している(すき)に、さっそくアインの手が伸びた。

 中央の(かご)に、全員分ひとまとめの茅巻(ちまき)はホカホカと湯気(ゆげ)を立てており、彼の手に一つ二つと(さら)われていく。

 放っておけば、この男は遠慮なく(たい)らげることだろう。

 陸歩たちも、順に自分のを数個、()(ざら)に避難させた。


「んじゃ。いただきます」


 巻いてある竹皮を()がし、モッチリした中身とご対面。

 おにぎりと(もち)の中間、といった風情(ふぜい)

 (かじ)()く。


 まず、たっぷりと植物由来(ゆらい)の香りが口内から、鼻へと満ちる。

 デンプンのほのかな甘みを、(わず)かに()された塩が引きたてた。

 具として肉味噌(にくみそ)が入っていて、濃い味がアクセントになり食が進む。


 キアシアの食べっぷりよ。


「キア、どう?」


「……っ! ……っ!」


「うん、ごめんごめん。感想は後で聞くわ」


 主菜は(たけのこ)を豚肉で巻いたもので、先ほどサーブしていった店員の話では、竹炭(ちくたん)炭火焼(すみびやき)にしたものらしい。

 この肉の、(あぶら)のさっぱりとした舌触りは、他所(よそ)ではあまり燃料にしない竹炭を()えて(もち)いた効果なのだろうか、と陸歩は味わいながらに思う。


 煮物(にもの)もやはり主役は(たけのこ)で、人参(にんじん)牛蒡(ごぼう)といった根菜(こんさい)が盛り立てる。

 ()(とお)るような()まし(じる)は、魚の出汁(だし)で、豆腐(とうふ)()()()かっていた。さらにその下、(わん)の一番底には竹の葉があり、これは香りづけのためで食べるものではない。

 真っ黒な(あん)があり、()った(いも)に、粉末の竹炭を()()んだもの。美容によいとの()()みだ。


 一際(ひときわ)興味をそそられたのは、(こう)(もの)

 一度()がいた竹をひと月以上(ぬか)()け、薄く切ったもので、これが陸歩の舌に非常に合った。


 しかし。


「――腹ごしらえが()んだらよ」


 せっかくの食事だというのに。アインはろくに味わわず、ガツガツと口へ()()んでいる。

 とにかく時間が()しいと見える。

 その目は(うら)みがましい、楽しみをお預けにされた子どもの目……。


「この街の鍵を手に入れにいくぜ。いくよな? なぁ?」


「分かってる。分かってるよ。(にら)むなって。

 ……でも、鍵って貴重品だろ? (ゆず)ってもらえるのかな」


 実のところ、それもまた、陸歩は気がかりだ。

 首尾よく鍵を()てしまえば、アインは喜々としてイグナへ挑むだろう。

 だがもし、旅人に(くば)るほど鍵に余剰(よじょう)はないのだ、となれば。

 この羅刹(らせつ)は、どうするだろうか。


 斬って(うば)うくらいは、平気でやりかねない。


 すん、とアインが鼻を鳴らした。

 店員を呼ぶ。


「おーい、姉ちゃん」


「はいはーい。追加のご注文ですか?」


「いや。鍵だ。鍵が欲しいんだ」


「ぅえっ!?」


 ぶっ、とキアシアがむせた。

 店員の女性はお(ぼん)を胸に()き、あわあわとする。


「えっと、いきなり、その、そういうのは、ちょっと、あ、でも……」


 一体どういう反応か、と陸歩とイグナが顔を見合わせると。

 (ひたい)を押さえたキアシアが説明してくれた。

 (いわ)く、女性に鍵をねだるのは、この世界ではメジャーなナンパの文句(もんく)だそうで。


 アインが『この街の』を付けなかったせいで(しょう)じた誤解(ごかい)()くと、店員の彼女は。


「あぁ――それなら、中央院ですね」


 陸歩は、確か達人(たつじん)たちの剣を保存しているのは寺院(じいん)だったな、とガイドブックの記述を思い出す。


「そう、その院です。

 この街の扉の樹はそこにあるので、管理や鍵の配布も僧侶さんたちがしてますよ」


「そっかそっか。ありがとよ」


 獰猛(どうもう)()みを()かべるアインに、彼女はまた赤面する……どうも、まんざらでもなかったのかも知れない。


「よし、行くぞお前ら。すぐ行くぞ」


「えぇ? まだ食べ終わったばっかだし……食休みくらい、」


「そうかよ。なら俺だけ先に行ってる」


「っ分かった、行く、行くから! 待てってオイ!」


 剣の街でこの男の手綱(たづな)を放すなんて、考えただけでも恐ろしい。

 先走ったアインを追って、会計もそそくさと済ませ、まだ雨の降る外へフードを(かぶ)って出た。

 食後に()(あし)する羽目(はめ)になるとは。


>>>>>>


 旅の荷物も背負(せお)ったまま、驟雨(しゅうう)()れながらという格好(かっこう)だ。

 僧侶の方々も、さぞせっかちな連中が(たず)ねてきた、と思われたことだろう。


 だが陸歩も、本尊(ほんぞん)(おが)めば、恥も外聞(がいぶん)も二の次となってしまった。


 ドーナツ状の寺院の広大な中庭で、扉の樹が雄々しく天を()く。

 その周囲に無造作に、無数の剣が突き立てられていた。

 これこそが、本尊だという。この空間が。


 並ぶ、剣。剣。剣。

 竹林(ちくりん)のようだ、と陸歩は思った。

 墓標(ぼひょう)のようだ、とも陸歩は思った。


 地面に刺して雨ざらしという、剣にとっては相当に過酷(かこく)な環境に違いない。

 だというのに、どの刃も、はっきりと(あつ)を放ち続けていて。


 息を()んだ。

 (つば)を呑んだ。


「――壮観(そうかん)じゃねぇの」


 (いま)()りしきる雨の中。

 アインがか細く武者震(むしゃぶる)いしている。

 陸歩も、また。

 イグナとキアシアが寺院から()りた(かさ)を差し出してくれるのに、生返事(なまへんじ)しかせずに。


 視線の先、一本の太刀(たち)

 目が離せなかった。

 陸歩は、じっと釘付(くぎづ)けに。

 そこに、自らの流派(りゅうは)()である剣客(けんかく)が立っているのを――確かに、()ていた。


 『剣林』クヤナギ。

 この街には、あらゆる剣術の(さい)たる使い手が。

 今なお、生きている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ