起:転 ≪訪問≫
どうも、入口と反対側に来てしまったらしい。
陸歩たちは竹林の外周をぐるりと回り込む羽目になる。
クヤナギを囲む竹は、格子のように間隔が狭い。
その上、人の背丈の何倍も高く伸びている。遠方から見ても、内側の様子が伺えなかったほどに。
植物がこんなに密集して、よく育つものだ。それともこの地の竹は、何か特別なのか。
燦燦と降り注ぐ陽光に、竹の緑はいよいよ鮮やかである。
「――言っとくけど、アイン」
「あん?」
陸歩は、アインに釘を刺す。
すれ違う竹にフランベルジュの鞘をコンコン、次々当てている彼が、いま何を考えているか。想像するのは容易い。
「街まで切って拓いて行こうとか、絶対ダメだからな」
「……ダメかぁ?」
「ダメに決まってんだろ。地元住民の糧なんだぞ」
様々な竹細工になると聞いている。
街に着いたら陸歩たちも、水筒を新調しようかと、さっき話題にしたばかりだ。
その他、件の鞘や、鞘人形。
他には籠など編んだり、篭手にしたり。カラクリの部品になったり。
勝手に切っていいはずがあろうか。
あるいは防火や防風の役目もあるのかもしれない。
また竹は、地下で根が繋がっているため、地震にも強いという。
街を構えるには、竹藪の中は案外、具合がいいのやも。
アインからは、うんざりしたようなため息が返ってきた。
「斬ったってどうせまたすぐ伸びるだろに。
雨後の筍って言うじゃねぇか」
「誤用ではありませんか、それは」
すげなく挟んだのはイグナだ。
羅刹に決闘を申し込まれた形である彼女は、以来アインに対し、あからさまな敵意では無いものの、態度がずっと素っ気ない。
「雨後の筍。
物事が相次いで現われることの喩えであって、成長の早さは言いません」
「……へぇ」
「……そうなんだ」
感心するのはアインばかりでなく、陸歩もだった。
そんな仲間たちを余所に、ずっと足元に視線を落としたままのキアシアは、「タケノコ……タケノコ……」とブツブツ呟いている。
「タケノコ、いいわよね……煮込んだり……炊き込んだり……あでも、いま旬じゃないか……」
彼女のそんな有様は、陸歩も見ていられない。
「キア……だから、休憩にする?」
「っいやよ! ここまで来たのに!」
何をムキになっているかと言えば、まだ済ませていない昼食を、是非ともクヤナギで摂りたいのだそうだ。
竹にまつわる料理はそう多くはなく、それを主力としている街はもっと少ない。クヤナギは剣士のみならず料理人にも音に聞こえたもので、キアシアはそれを楽しみにしているのだ。
だがこの余計な行進が、空腹の彼女をさらに消耗させる。
そもそも日の光があれば足りてしまう陸歩やイグナ、化け物じみたスタミナを備えたアインと異なり、常人のキアシアは相当に堪えている様子。
「絶対、お昼は、街でするんだから……」
それでも頑として譲る気のない彼女は、せめて飴玉を含み、空腹を紛らわせる。
なお、しばらくかかった。
クヤナギ全体を覆う竹林は深く、何より大きい。
林道を見つけるまで、しばらくかかった。
「もうちょっとでゴールみたいだぞ、キア」
返事は「あー」だか「うー」だか。
曲がりくねったこの道の先に、街の正門があるはずだ。
竹が人間の都合でどいてくれるはずもなく、この馬や牛も通れるくらいの道幅は、ここに暮らす人たちが開拓したのだろう。
土も掘り返されたばかりと、匂いで分かった。新竹が生えないよう、根っこまで取り除いているのか。それも毎日のように、頻繁に。
この環境での生活の苦労が垣間見えた気がする。
迷う心配はあまりなかった。何せ、外から見たまま竹が茂り、道を外れようがない。
鬱蒼として、空気に水気が多く、少し冷える。
時たま細い小道が分岐していて、その奥は円形に広場が作られている。刈った竹の残りが転がされていることから、伐採場と伺えた。
そんな中を歩きながら。
「…………」
陸歩は、しきりに後ろを振り返った。
話すのも億劫、という様子のキアシアだが、さすがに。
「なに、リクホ……さっきっから……」
「いや……なんか、気配が」
「えぇ? やめてよ、怖いんだけど……。
っていうか、ここ、人里でしょ?」
「んー……でも、なんか……ヒトって感じじゃ……」
「ただの虎だろ」
などと、アインはおざなりに言う。
だが、猛獣が潜んでいると聞かされれば、陸歩としてはぞっとしない。
「いや、ただのってお前……虎いんの?」
「いるぜ? 俺たちの周りに、20か30?」
「そんなに!? っ……平気なのかよ」
慌てて声を落とすが。
けろりとアインが答える。
「平気だろ。あいつら賢いし」
どうやらこの世界では、虎とはそういう存在らしい。
現にキアシアも、大型肉食獣に何ら取り乱さず、落ち着き払って続く。
「ヒトと揉めると面倒になるって、ちゃんと分かってるのよ。
報復、なんてしてくる生き物は、まずヒトくらいのものだからね。そりゃあ虎も進んで手出ししたくないでしょ。
だから、彼らは自分や、自分の縄張りを脅かされないかぎり、人間を襲ったりはしないものなの」
「……アインの馬鹿が、竹を切り倒して進もうとか、してたけど」
「だからあたしたちのこと見張ってるんじゃない?
外でアインがずっと、竹、叩いてたし」
「…………」
じっと陸歩はアインを睨む。
お前は本当に、一挙手一投足が厄介の火種だな、と。
アインは、悪びれない。どころか。
「ちなみに虎皮は温かくて頑丈で高級品だ。楽器にすると特にいい。
肉は、胸の辺りが絶品で、東のほうだと成人する長男に食べさせる風習が――」
そんなことをわざとらしく大きな声で。
賢いと言われる虎たちは、もしかしたら人語も理解しているのか。陸歩には低く唸る声が、聞こえた気がした。
咳払いが聞こえる。これははっきりと。
ついに目の前には街が現われ、待ち受けた門の両側には、刀を携えた防人。
彼らの背後に立つ幟。そこには墨絵の虎が生き生きと踊っていて。
「…………」
ぎろり睨み付けてくる防人たち。
幟の絵。
クヤナギが虎を神聖視している風は、たちどころに読み取れる。
「…………」
「ど……どうもぉ」
陸歩は、とにかく愛想笑いを返した。
とりあえず、まだ放言を続けているアインの胸倉を掴んでおく。




