起:承 ≪手記≫
手記No.43:『剣林』クヤナギ
―― 箙の月/裏目の曜 ――
そりゃあオレだって剣士の端くれだから、剣林とあだ名されるその街を、噂には聞いたことがある。
ジッズ大陸の北部に位置する、クヤナギ。
剣士の聖地だ。
周囲を竹林に囲まれた広大な街だそうだ。
この竹で作った鞘が、クヤナギの名産品。
軽くて丈夫で滑らかで、機密性も比類なしとか。何しろ血と脂に塗れた剣をそのまま納刀しても、刃しか中に受け入れず、次に抜刀したときには曇り一つないらしい。
匠の手による装飾も見事。
ただ、『実力以上を発揮させる鞘』とも言われ、ゆえに道具に頼るを良しとしない剣士からは、逆に避けられたりもしている。
極稀に金色に輝く竹が出るとかで、それで作られた鞘は、屋敷一つと同じ値が付く。そんなもの、どんな羽振りの奴が腰に下げるんだろうね。
剣士憧れの地で、訪れた達人は数知れず。
でも上記の鞘が、彼らの目的の全部じゃない。
曰く、クヤナギには、ありとあらゆる剣術が『保存』されている。
そしてそれを閲覧・体験できるという。
剣士にとっては垂涎、夢の街だ。
街の中心たる寺院には、無数の刀剣が奉納されている。
道を極めた剣達たちの愛刀で、これを観覧するだけでも相当な勉強になることだろう。
使いこまれた剣は、刃や柄の表情を読み解けば、得られる情報があまりにも多いから。
剣術の保存、閲覧体験ってこれのこと?
いやいや、クヤナギの真骨頂はここから。
この街の魔具師が竹から編む、特別な鞘人形。
これに刀剣を納めると、その剣が経てきた剣術を、人形がそっくり再現するという。
無双の剣技が、生きたままに。
至上の剣舞が、瑞々しく。
本当に完全にそっくりそのままなら、恐ろしい技術だ。
戦場に持ち出されれば、どれほどの脅威となることか。
そうなっていないのは、この人形の仕組みが非常に複雑で、街の加護から離れては稼働しないため。
おかげで剣士たちが稽古に求めるに留まっているわけ。
この街に剣を奉納できるのは、各流派につき、一本までと定められている。
すでに自分の流派から納められている場合は、起動した鞘人形よりも自分が優れた使い手と、証明しなくてはならない。
だからこそ、剣士にとっては最大の浪漫で名誉だ。
打ち勝てば、自らが現在までで最強の流派剣士であると、証明できるのだから。
新しく流派を立ち上げた剣士も、たまに訪れるそうだ。
彼らには、より険しい試練が立ちはだかる。
派生元の流派に打ち勝つことが、刀剣奉納の際に求められ、これがまぁ、まず果たせない。
脈々と代を重ねた流派はそれだけに完成度が高く、新興剣術ではそうそう太刀打ち出来たものではないんだ。
逆にそれが叶ったなら、流派の名、開祖の名が一気に界隈へ知れ渡る。
これもまた浪漫であり、目指す武士は少なくないとか。
我が海神流天海剣の刀も、クヤナギにある。
だがそれは、マチルダ師匠の太刀ではない。
オレにはその事実が、だいぶ衝撃だった。
師匠はニヤリと牙を見せて言ってたよ、「剣の道は広く、何より深いな」って。
もしかしたら奉納された剣は……師匠の、師匠様の?
見てみたい。
試合ってみたい。
最高の天海剣、体感してみたい。
オレですらワクワクが止まらないんだから。
アインが行きたがるのも当然かな。
……けど、あいつがクヤナギに求めてるのは、鞘人形よりもっとずっと、さらにとんでもないものだった。
アインは、クヤナギの鍵が欲しいと言う。
それを用いて――イグナに、クヤナギの偽神体になれと言う。
つまり羅刹は、あろうことか、剣の街の化身と、戦いたいのだと。
クヤナギの偽神体がどのような形態を取るか……。
これまで通りなら、イグナは街を象徴する職能へと変形する。
鞘職人になる可能性は?
魔具師の可能性は。
いや、おそらくは。
アインの思惑通り、剣士の姿を描くだろう。
それは剣士たちがひたすらに目指したイデア、剣神にも似た存在であるはずで。
その身の振るう刃……想像すると、オレだって胸にこみ上げるものがあるさ。あるとも、そりゃあ。
でも、だとしても、イグナに危害が及ぶ真似は、断じて許せない。
アインのことだ。稽古では済まさず、本気でかかってくるに決まってる。
羅刹の剣は、偽神にどこまで迫るか……甘く見積もるわけにはいかない。
けど、あああもうっ、約束なんだよなぁ。
アインとの約束。感謝すべき相手との約束だってんだから。
くそぅ。
しかもだ。
ユノハの馬鹿がオレの身体に付けてった紋章。
あれが今、『鞘人形』の文字を描いていやがる。
いつかは必ずクヤナギに行かないと、次へどこへも進めやしない。
イグナ自身はいいと言っているのも、頭の痛いところ。
アインの要求を、望むところだと。
変形パターンの拡張は彼女の存在理由の一つであり、剣士の理想形をCodeに加えられるなら、是非もないのだろう。
オレとアインの約束なのだから、イグナを巻き込んだものは聞けないとして、突っぱねるって手もあったにはあったんだけど。
真面目なイグナは、オレの負債は自分の負債だって。有難いけど、今回はちょっと……。
はぁ。
もう今日中には、クヤナギに着いてしまうだろう。
どうにか何とか、事の全てを安全に、かつ丸く収める……そんなウルトラCは無いもんかね?




