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序:急 ≪合流≫

 傍から見れば、大変不気味である。

 首から上を火玉にした青年が、バタバタと手を振り、地団太を踏む……。

 どこかの街には、裏切り者をこのように処刑する、ならず者の集団があるとかないとか。

 まぁでも。人通りのあるところでもないし。

 イグナもキアシアも特に陸歩を止めようとせず、好きにさせておくことにした。


「久しぶりね、イグナ。元気してた?」


「はい、問題ありません。

 キアシアさんも、息災のご様子で」


 キアシア・ノートン。

 年齢は、こちらとあちらの世界では年月の進みが異なるから大ざっぱにしか言えないが、おおよそ陸歩と同程度と見受けられる。

 が、その半生はあまりに凄惨だ。


 神威を帯びる魔眼を持つ一族。

 その最後の生き残りが、彼女である。

 ある支配者に同胞たちと共に囚われ、瞳を抉られては治癒される、苦痛の日々を送っていた彼女。


 キアシアと、陸歩・イグナの縁は深い。

 ただ一人、命からがら地獄から脱した彼女が、復讐のために行った神召喚。

 それに巻き込まれる形で、陸歩らはこの世界へと渡って来たのだから。


 神をのみ呼ぶはずだったキアシアと、まれびととして連行されてしまった陸歩。

 その出会いは、どちらにとってもイレギュラーでしかなかった。

 が、彼はこの世界にこそ探し求めるものを見出し、彼女は陸歩の力をもって一族の復讐を遂げた。

 互いが互いへ抱く絆は、すでに深く、固い。


 じぃいと、イグナはキアシアを見つめた。


「服装を、ずいぶん変えられましたね。髪型も」


「え? えへへ、うん。

 どうかな、イグナ。変じゃない?」


 取り戻した一族の亡骸を弔うため、一時陸歩たちとは行動を別にしていたキアシアだったが。その間に、ずいぶんと様子が変わっている。


 元は囚われの身からの決死の逃亡で、身体も衣服もボロボロ。

 目元なんて特にひどく、眼球の摘出と再生が繰り返されて、常にズタズタで血だらけだった。

 苦痛と怨嗟で顔中に刻まれた皺は彼女を何倍も老けさせていたし、初めて見たときの姿は、幽鬼そのもの。


 それが今はどうだろう。

 傷の癒えた肌には瑞々しさが差し、唇など花弁のように可憐。

 髪は肩の高さで切り揃えられ、艶やかに輝く。

 奪われることのなくなった神秘の瞳は、赤く澄み、その眼差しまでもが端麗である。


 その出で立ちは、どこの街の装いか。

 テンガロンハットを被り、ポンチョを羽織って、ショートパンツにヒールの高いブーツ。

 イグナのデータベースに照らせば、『マカロニウェスタン』の語がヒットする。

 腰の左右にはホルスターが吊るされる徹底ぶりで、護身用なのか銃のグリップが覗いていた。


「よくお似合いです。以前よりずっと、素敵と判断できます」


 イグナが微笑みを交えて答えれば、途端にキアシアは表情を輝かせ、飛びついてきた。


「ありがと! イグナも相変わらず可愛いわ!

 こうしちゃう、こうしちゃう!」


「くすぐったいです」


 しばし頬ずりし、たっぷりとイグナを堪能した後キアシアは、やっと陸歩へと声をかけた。


「んで。リクホ。リクホってば!」


 陸歩の顔から火の手が引く。

 現れるのはまだしも真っ赤でバツの悪い顔で、つむじからはぶすぶすと煙が上がっていた。


「んだよぉ……」


「もう。しゃんとしなさいよ。

 はいほら、気を付け!」


「えぇ……?」


 しょぼくれた彼をきちんと立たせたキアシアは。

 呼吸を一つ、彼の胸へと額を寄せた。


 陸歩の鼓動が聴こえる。

 力強い、心臓の音が。

 キアシアはしばし目を瞑り、耳を澄ませていた。


「……久しぶりね。リクホ」


「ん」


「無事だった?」


「お前こそ」


「あたしは平気よ」


「本当に?」


「――うん。本当に。平気。

 ありがとう。平気なのは、リクホのおかげ」


 そう、もう平気だった。過去がどんなに痛くて苦しくても、もう。

 嘘でも強がりでもなく、陸歩の胸から離れたとき、キアシアには純心の笑顔が咲いている。


「さて! じゃあここからは、あたしも貴方たちの旅に加わる。

 探し物と、神様のお仕事、手伝うわ!」


 が、これに対して、陸歩の反応はとても渋い。


「それさぁ、本気なの?」


「なによ、まさか今さらダメって言うの?

 それじゃあ、あたしの筋が通らなくなるじゃない!」


 陸歩に権能と社建ての天命を下賜した神様は、先にも触れたとおりキアシアが召喚したもので、本来ならその力と労働は彼女が負ったであろうものだ。

 だが神は、陸歩を面白がり、指名した。

 対して陸歩も神に、取引を上乗せしている。

 すなわち、神を復活させた暁にはその全能でもって、元の世界へ送り返してもらう契約。

 だから、社の件はまったく自分の役目と思っているが。

 そのことについて、キアシアは妙な負い目を感じているらしい。


「恩返しくらいさせてよ、仇で返すような真似させないで!」


 それでも陸歩の難色は続く。


「いや、でもさぁ。危ないよ?

 これまでもオレたち、結構トラブルに巻き込まれること、あったし」


「ならなおさら連れてってよ。知ってるでしょう、あたし強運よ。

 ほら、お守り代わりにさぁ!」


「ってもなぁ……」


 なおも首を縦に振らない彼に、キアシアは「うぅーっ」と唸り始めた。


「イグナぁ! リクホになんとか言ってやってよぉ!」


「は。しかしながら、決定するのはリクホ様ですので」


「~~~っ!」


 ぐいとキアシアは、陸歩に詰め寄る。

 彼のシャツの裾をぎゅっと捕まえて、そろそろ青みがかってきた瞳に、うっすらと涙さえ浮かべて。


「お願いだってば! あたしには行くとこなんてないし、あんたたちを放って気ままに生きられるほど薄情でもないの! 

 リクホとイグナが気がかりなままじゃ、あたしちっとも自由じゃないよ!」


「あぁもう。わかった、わかったから。一緒に行こう」


 ついに折れた。

 だってこの剣幕、このままじゃコイツ、どうしたってついてくるし。

 それに、彼女の存在は陸歩にとって、決して足手まといなどではないのだから。


 キアシアの顔が輝く。


「やったやった! じゃあよろしく!

 イグナも、よろしくね!

 で? で? まずはどこを目指すの?」


「カシュカ大陸に戻って、クレイルモリーってカラクリの街に行く。

 イグナ、地図を頼めるか」


「かしこまりました」


 イグナが拾った木の枝で、地面へ描いた地図は完璧だ。

 周りにしゃがみ込んだ三者は、それでもって道筋を確かめていく。

 クレイルモリーの位置。

 ドゥノーの位置。

 推奨されるルート、大よそ要される日数。


「結構遠いのね。そのクレイルモリーってのの、鍵でも手に入ればいいのに」


 陸歩は思わず、ため息をついた。


「なによ?」


「いや……」


 代わりにイグナが答える。


「実は、ドゥノーが鍵を貸してくれたので、扉を使ってクレイルモリーへは行ってみたのです。

 が、砲撃を受けまして。追い返されました」


「は、砲撃? えっ、そんな物騒な街なの?」


 陸歩はまたため息だ。


「クレイルモリーの鍵を使っていいのは、クレイルモリーが許可した人間だけなんだとさ。

 例外は一切認めないみたいで、問答無用」


「……それさぁ、歩いてって訪問すれば、状況変わる話?」


「…………、」


 キアシアの懸念はもっともで、現についさっきまで陸歩も同じ心配をしていたが。


「……とにかく、まずは行ってみないと。

 確かめないことには、何も分かんねぇよ」


「そっか。そうだね」


 頷いて、キアシアが立ち上がる。

 目的地について、まさか否はないし、それ以上のネガティヴを言い募るような野暮を彼女はしない。


「なら、さっそく出発しましょうよ。

 それとも、このジンゼンで旅の準備?」


 同じく立ち上がった陸歩は荷物を背負った。

 

「あぁ、まずはここでの用事を済ませないとな」


「用事?」


 にっこりと、この日初めて、陸歩の顔に晴れやかな無邪気が浮かんだ。

 あるいはそれは、新しい玩具を目前にした、子どもの表情。


「剣を取りに行くんだ。オレの剣だぜ。

 注文してたのが、出来上がってるはずなんだよね」


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