急:破 ≪療治≫
斜めに両断された海賊の身体が、ずるりと零れる。
その向こうで力なく傾いでいくマチルダ。陸歩は息を呑んだ。
血に塗れた師匠。
頭上で水霊が騒ぐ。
雨はまだ止まない。
「――っオオォォォ!」
極光の翼が、陸歩の背に広がった。
怒りに任せて放たれる神威。
凡庸廃絶。
多数を滅す権能が、手加減なしに荒れ狂う。
『王龍の赤傷』号を閉じ込めていた瓶、それを形作る水霊が残らず、それを支えていた巨大な水霊も諸共に、たちまち蒸発した。
投げ出された船は、高所から着水し、大きく揺れる。
陸歩は、倒れるマチルダを抱き止めている。
「師匠、師匠!」
呼びかければ、思いのほか力強い手が、肩を掴み返してきた。
光で出来た右手だ。
「リク、ホ……賊は……っ?
海、に落とす、な……蘇、るから……!」
蘇る、と警告されて、陸歩は背後を振り向く。
二つに分かれた海賊の骸は、大の字に転がっている。
陸歩は師匠の手から鈴剣を取り、海賊の口へ捻じ込んだ。
そのまま貫き、甲板と縫い止める。
「もう安心です、師匠。
……師匠? ――師匠! マチルダ師匠!
イグナっ来て! 来てくれ!」
「へ、へい、き、だ、から……」
と、マチルダがか細い声で答えるが、大丈夫なはずがない。
全身に傷が多すぎて、詳細を形容することすら難しい。重傷だ。
背中から生える樹は……これは、一体。
光の扉を潜り、駆けつけるイグナ。
アインも続くと、光は限界を迎えて崩れた。
奇跡のドアが立ち消えれば、重なっていたメインマストの扉が晒される。開け放たれたままの向こう側で、盲目のキアシアとともに、サウロンが怖々と様子を伺っていた。
イグナはマチルダの傍で膝をつき、一瞥するなり、表情を消した。
思考回路から余計な感情を外したのだ。可能な限りのノイズを無し、処置に専念すべく。
「危険な状態です。
――サウロン氏! この船に医薬品は!?
それから清潔な布と水を大量に!」
「ぁ、い、医務室にいくらか!
布は商品が山ほどある! 水は、蒸留水が樽で20かそこら!」
「ここで処置しますので、今から言うものを揃えていただけますか!」
必要なものの指示が飛ぶ。
マチルダの呼吸は不規則で、時おり吐血が混じった。
呻き声は、何か曖昧に言葉になろうとしていて。
身を屈めた陸歩は、一言だって聞き逃すまいと耳を差し出す。
「なんですか師匠っ?」
「、ま……、」
「なんですっ? どうしました、師匠!?」
「街、を……ト、レミダ、ム……。
敵が、まだ……っ」
身を起こそうとするではないか。
この人は。
この人は、まだ、こんなになっても、まだ、自身で行こうというのか。
「わかりました。心配しないでください。任せてください。
――アイン!」
「おう?」
「頼む! 街に行って、トレミダムを守ってくれ!」
「俺がぁ?」
はっきりと顔をしかめるアインに、陸歩は殺意すら湧く。
羅刹の考えていることは明白だ。
残党処理など気が進まない。
それより、この海賊、海に戻せば生き返るそうじゃないか。
あの鮫の防人をここまで追い詰めた相手、どうせならそっちと手合わせ願いたいもの――
「アイン!!」
「わーったわーった。行くよ。
けどよ、魚心あれば水心ってのは、こういう街だからこそ言うべき諺だと、」
「後で何でもいくらでも聞いてやるから! 行けっ!」
途端にアインは、姿が霞む速度でメインマストの扉へと飛び込む。
トレミダムの広場は、まさにフジツボ人間の一団が取り囲んでいて。
目の痛みに耐えるキアシアと、彼女を庇う水夫たちへ、数体が今まさに襲い掛からんとし――フランベルジュがこれを斬り捨てる。
甲板には、海賊の骸から頭部が無い。
アインが鈴剣ごと持ち出していて、広場で高く掲げた。
「お前ら、この首に見覚えは?」
覿面、フジツボたちは怒り狂って押し寄せる。
羅刹の変則二刀流が迎え撃つ。
一方の刃の切っ先に、敵の大将首を刺し止めたまま。
「はっはぁー、ほらどうしたどうしたぁ!
どんどん来いよ! 親分を取り返したきゃよぉお!」
その様を見て、陸歩は師匠の安否へ視線を戻した。
マチルダの意識はついに途切れたようで、昏睡し、これでは死体とも見分けがつかない。
「い、イグナっ、どうなんだ、助けられるよなっ?」
「リクホ様」
「オレの血は、オレの血はどうだ!? 使えないか!?」
「リクホ様っ」
イグナの鋭い声が、取り乱した主人を窘める。
「リクホ様。有難い申し出です。
ですが、まずは鍵を貸してください」
「鍵って、」
はたと思いつく。
左手の篭手から、目当てのものを引っ張り出そうと、もたもた、もたもた……。
これだ。
鎖は引きちぎった。
「イグナ!」
『療墓』ダンブリールの鍵。
グィンガルム大陸南方の医療都市。
治癒神ケイカウルムの総本山。
イグナはそれを、自身のはだけた胸元の鍵穴へ、挿した。
「あ……っ」
流れ込む情報量に息を漏らす。
背筋をぞくりと駆け巡るパルス。
見開かれた双眸で、虹彩が極彩色に輝いた。
機械の喉で啼く。
【key: Dumbrill を認証。
Code:Demi-God を受諾。
ライブラリ参照。神域照会。
パターン検索…解釈実行…最適を抽出…表現プランを構築…】
赤髪の乙女が、今。
医術の化身へと、姿を変える。
【当機は、これより、偽神体化を実行します。
I vow eternal love.】
あるいはそれは、治癒神の現身か。
背に、白と黒の混じる赤き翼を、広げた。




