師弟について
オレの剣の最終目標は、マチルダ師匠に及ぶこと。
嘘偽りなく本心なんだけど……いつだったか師匠本人にそう言ったところ、しこたま叱られた。
曰く「媚びるな馬鹿者」「剣士の志がそんなに低くてどうする」「真に師を想うのなら、超えていくことを考えろ」。
でもオレが師匠以上になんて……ちょっと想像つかない。
オレは、もはや、マチルダ師匠になりたくって剣に努めているようなものだから。
……なぁんて言ったら、また怒られそうだけどね。
師匠自身は、どうだったんだろう。
師匠にもまた師匠がいたはずで、どんな方だったかは教えてもらってない。
オレの大師匠にあたる人だから、気になって一度訊ねたこともあったけど……どうにも、はぐらかされてしまった。
その時の素振りで、何となく軽々に触れていけない話題だと察せられたから、以来突っ込んでない。
ご存命なんだろうか。
男性かな。それとも女性かな。
まぁ師弟の関係なんて、それこそ千差万別だからなぁ。
良好な間柄ばかりではないだろう。
師匠憎しで弟子が凶行に出た、なんてのも聞く話。
いや、マチルダ師匠に限ってそんなこともないか。
むしろ、大師匠が男性で、まだうら若きマチルダ少女は……ってパターンと、オレは睨んでる。
いつぞや、そういう師弟の道ならぬ恋物語をキアシアが夢中で読んでいるとき、師匠はぞっとしなさそうにしてたから。
キアシアに読みますかと勧められると、師匠は断りながら「実際はそんなに甘酸っぱいものじゃないぞ」とかなんとか。
ふぅん?
それにしても、師弟の関係なんて千差万別。
アインはどうだったのか。
巨人族に生まれ、物心つく前から剣を玩具にしていたという男は、重力操作の剣技を習得しているが。
特定の誰かを師事したことはないそうだけど、本当か?
でも巨人族は、箸の持ち方のように剣を教える種族と聞くし、本当かも。
本人は「戦った全ての相手が師」と宣っている。なにそれ……カッコイイじゃん。オレも言いたい。
師弟の話をするならば、武術界隈のみならず、職人や魔術師たちにも触れておくべきか。
話を聞けば、むしろ剣士や武人なんて、気楽なものかもと思わされる。
職人さん方は、教えるほうも習うほうも大変だ。
何せ、弟子はまず実親との縁を切る。
そうして師匠と、親子の契りを結ぶんだ。
カラクリの未発達な昔には、今よりもずっと、身の回りのあらゆる器物が職人の手に依っていた。
大量生産なんて訳にはいかない時代には、職人技の重要度がずっと高かったことは、そりゃそうだよな。
だからこそ技術の流出を防ぐため、ほとんど全ての職人が世襲を貫いていたそうだ。
それと比べれば、現代はむしろ緩くなったもの。
子になる覚悟があれば、親となった師匠に教えてもらえるのだから。
ジンゼンのおやっさんなんかは、弟子を多く抱えてる。
一流の刀鍛冶だから、憧れて門を叩いてくる若者は数知れず。
そんな弟子たちも、並々ならぬ覚悟でおやっさんの下にいるわけ。家族を捨てて来てるんだから。
にしても、あれが全部おやっさんの子だっていうんだから。大変なことだよ。
子に何かあれば、支援するのが親の当然。
子が何かをしでかせば、責任を取るのが親の当然。
逆に子も、親の顔に泥は塗れないものだから、苦労があるようだけどね。
魔術師の弟子なんかはもっと大変。
まず美人でなかったら、弟子入りの段階で門前払い。
美醜は本人の魔力保有量に由来しているから、これはある程度仕方ないと言えなくもないけど……。
美しさを認められ、弟子に迎えられても、安心してはいけない。
中には度し難い師もいて、弟子を単なる魔術電池として取る、なんてこともあるのだそうだ。
ろくに術式を教えることもなく、ただ自分の代わりに魔術を使わせ、魔力が尽きたらサヨウナラ。
そういうのが未だにまかり通ってるから、魔術師ってものに惨く陰湿な印象が付き纏うんだろうに。
一応フォローしておくと、教えてくれる魔術師はきちんと教えてくれる。
弟子の月謝で生計を立ててる人も多い。
あるいは自分の研究を引き継ぐ者を求めている人も。こっちは学者肌っぽいか。
宗教と同じかそれ以上に魔術界にも派閥があって、これを守るためにより優秀な弟子を求めている魔法使いたちもいる。コネがあるのなら、ここに入門するのが一番ではあるだろう。
その他の学問、カラクリ、宗教なんかは学校が力を持ってるから、学びの系譜はまた毛色が違う。
○○先生の研究室に所属する、っていうのがそうっちゃそうだろうけど。師弟とはニュアンス違うよな。
キアシアにはたまに、弟子入り志願者が現われる。
あの料理の腕にとことん惚れ込み、教えてほしいと。
あれは一族の秘伝だから、と断り続けているが。
本当に熱心に頭を下げてきた娘が一人いて。言っても退かないから……可哀想だったけど、オレたちは早々に街を発ち、行方をくらましたことがあった。
そんな出来事を省みると……オレも、マチルダ師匠にだいぶ非常識をしたな、と恥ずかしくなる。
弟子入りするのに、オレも頭を下げたり、座り込んだり……。
いま思えば師匠のご迷惑なんて全然考えてなかった。必死だったもので。
受け入れてくれた師匠には感謝しかない。
一体どんな思いでオレを弟子にしてくれたのか……想像するのは、ちょっと怖いね。
そんな師匠を、オレが超える。
……うぅん。
やっぱり、そんな風には、ちょっとな。
オレには、師匠はずっと、憧れの人だよ。




