表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
308/427

結:承 ≪流血≫

 それは、見たことも聞いたこともない現象。


「――っ」


 イグナは静かに瞠目(どうもく)する。

 (たくわ)えた知識、()(かさ)ねた経験、いずれにも当たらない目の前のこれは。

 あるいは、神秘の出来事(できごと)だろうか。


「キアシア、さん……」


 呼吸一つごとに。

 鼓動一つごとに。

 キアシアは――生気(せいき)を取り戻していく。


 あっという間に肌へ血色が()していく様は、あたかも輪郭(りんかく)が輝いているようにも。


 呼吸は(おだ)やかに。

 鼓動は平らに。

 脈拍(みゃくはく)や体温もあるべき(あたい)に。

 脳波計にも乱れなく、バイタルはやがて健康の(いき)まで持ち直した。


 こんな回復速度は、生物の常識を(はる)かに超えている。

 この世の魔術よりも、よほど魔法のようだ。


 いったい何故(なぜ)

 ……考えられる要因(よういん)など決まっている。


「う……ぅ」


「キアシアさんっ?」


 (うめ)く彼女に、イグナが身を乗り出す。

 持ち上がったキアシアの左手が、か(ぼそ)く震えながら、(おお)った右目を(こす)る。

 そうして、はだけた包帯から(のぞ)くのは。


「イグナ……」


 ぱっちりと、紺碧(こんぺき)虹彩(こうさい)をした目が、両目が、焦点を結んだ。

 身じろぎするキアシアは、()()がりの様子すらなく、ただ寝起(ねお)きのよう。


「あたし……」


「まだ起きては、」


 言いかけて、口を(つぐ)んだ。

 だって、起きてはならない理由がない。どのセンサーに()らしても、彼女には何ら異常はないのだ。

 ほんの数分前まで瀕死(ひんし)だったことさえ忘れれば、キアシアは完全に平静(へいせい)


「起きて、大丈夫なのですか?」


「そう……ね。何ともない」


 起き上がって、立ち上がったキアシア自身、何事かと目を白黒させている。

 全身を(あらた)めて……(みなぎ)る、活力。

 熱が()いてくる。


「これって……」


「おそらくは、リクホ様の血の影響かと」


「…………」


 キアシアは自分の胸に手を当てる。

 そっと目をつぶり、力強い心拍(しんぱく)の音色を聞いた。

 ここに再び、火を(とも)してくれた陸歩とイグナを、心底から(いと)おしく思う。


「イグナ。ありがとう」


「いえ。ワタシは、何も」


 微笑(ほほえ)()った乙女は二人、互いに(うなず)くと表情を()()めた。


「リクホのところに行かなきゃ」


「はい。急ぎましょう。

 戦いは、まだ続いているはずです」


>>>>>>


 ダンダルフォの、祈りの形に(にぎ)()わされた両手。

 皮肉じみている。横向きに()(まわ)されたそれは、ハンマーの破壊力だ。


「おぁらぁあああっ!」


 (うな)豪腕(ごうわん)を、陸歩は剣に見立(みた)てた枝で受け止めた。


「っ、っ!」


 握りさえ正しければ、剣は決して刃毀(はこぼ)れせず、折れることもない。

 流体操作の妙技(みょうぎ)は受ける衝撃も(たく)みに()なし……それでも殺しきれない威力が腕から肩へ抜け、骨が(きし)んだ。


 歯を食いしばる。


「こ! っのぉ!」


 反撃は泥臭(どろくさ)くも、とにかく今出せるものを出す。

 拳と枝で鍔迫(つばぜ)()いながら、陸歩はダンダルフォの顔面へ、頭突(ずつ)きを見舞(みま)った。


「ぶフぅ!」


 (つら)の皮は火蜥蜴(ひとかげ)(うろこ)ほど厚くなく、鼻血を(こぼ)してダンダルフォがよろける。

 好機(こうき)だ。

 陸歩は大上段(だいじょうだん)通称(つうしょう)火の構え。

 そして手首から()(さき)までを、(おのれ)の炎で本当に(つつ)()げた。


「――はァっ!」


 ()()ろす。

 決然(けつぜん)たる一刀は、ダンダルフォの肩から入り、身体を縦に大きく長く刻む。

 だが。


「っ」


 息を()まらせる陸歩。

 浅い。


 剣士の本能が頭の中で真っ赤に響き、ほとんど反射で()退(すさ)った。

 (ひたい)(かす)める敵の爪先(つまさき)……一瞬でも回避が遅れていれば、陸歩のこめかみは蹴り抜かれていたはずだ。


「痛ぃぃぃっってぇなぁあっ!」


 憤怒(ふんぬ)血走(ちばし)る、ダンダルフォと目が合う。

 (やつ)の、双眸(そうぼう)、ではない。

 全身に()いた魔眼のうち、再び開かれたいくつかと。


 あの目で太刀筋(たちすじ)を見切ったか。


「ごるぁああぁあぁぁあっ!」


 魔物だったときより、よっぽど荒々しく(たけ)り、岩石のように屈強な裸体(らたい)に紫の火炎を(まと)った。

 無数の魔眼は、()わる()わるに閉じたり開いたり、(まばた)きを()(かえ)している。

 ダンダルフォの巨躯(きょく)が、今また一回(ひとまわ)り、肥大(ひだい)しただろうか。


 陸歩は、苦く(つぶや)く。


「再生、し始めてるのか……?」


 考えてみれば、キアシアの眼だって復活する。

 これほどの速さとは驚いたが、ダンダルフォも時間をかけていては、やがて火蜥蜴(ひとかげ)に戻っても不思議はない。


 いや、その心はすでに、()に飲まれつつあると見るべきか。


「グラぁああああrrrrrrッ!」


 (けだもの)咆哮(ほうこう)(ひとばし)らせ、ダンダルフォが(せま)る。

 その両手は拳でなく、ぴんと貫手(ぬきて)で、紫炎(しえん)(いろど)られたそれは凶悪な刃だ。


 (むか)()つ陸歩の剣……枝など、容易(たやす)()()られる。


「なっ」


 剣の術理(じゅつり)を、単なる暴力によって破られた。

 あまりのことに陸歩を動揺(どうよう)が襲い、それが致命的な(すき)となる。


 ダンダルフォの手刀が(ひるがえ)る。


「っ!」


 (かわ)そうとしても、もう遅い。(わき)擦過(さっか)

 躱しきれなかった。ごっそりと腹の左側を()がれた。


「くぁっ!」


 焼け付く痛み。

 (ねば)りのある血が()()し、地面を()める。


 続けざまに、(つらぬ)かれる、右胸。


「か、」


 と陸歩の口から血が()(こぼ)された。

 その両足から力が抜け、膝が(くず)れる。


「Grrrぁああああrrrrrrッ!」


 敵は無慈悲(むじひ)だ。

 手で刺したままの彼を、強烈な前蹴(まえげ)り。


「――――っ!」


 吹き飛ぶ。

 何本もの樹々を()(たお)し、最後には(そび)える岩に叩き付けられ、陸歩はようやく止まった。


「…………」


 その身体はぐったりと力なく、流れる血で見る間に沼を(えが)いていく。


 遠く、ダンダルフォが爬虫類(はちゅうるい)(のど)で、天へと叫ぶのが聞こえた。


「…………」


 もはや陸歩には、意識の有無(うむ)も怪しい。

 それでも。

 こんな有様(ありさま)でも、彼は右手に、棒の()(はし)(にぎ)ったまま離さない。


 流れる血で、見る間に沼を描いていく。


 その血溜(ちだ)まりが。


「――――――――」


 むくり、と身を起こした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ