表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
307/427

結:起 ≪深手≫

 熱に(みちび)かれ、意識が浮上(ふじょう)する。


「……ぅ…………」


「キアシアさん」


 ()(さき)に、(けわ)しい表情のイグナと目が合った。

 デジタルを(たた)えた綺麗(きれい)な瞳に、(わず)かばかりの安堵(あんど)()している。


 逆さまなのは、イグナの膝枕(ひざまくら)に頭を乗せているから。

 (やわ)らかなベッドに横たわっている心地――今のキアシアには確認する余裕もないが――延長し広げられたイグナのスカートが()かれているためだ。


「…………ぃ……」


 吸入マスクを(かぶ)せられた口元で、何かを(つぶや)くキアシアを、イグナがそっと(いさ)める。


「しゃべらないで。

 あれだけの高度から、何の装備もなしに飛び降りたのですから。処置を続けます」


 そう言う彼女だって重傷だ。

 全身に(ひび)が入り、ボロボロと破片が(こぼ)れた。出血の代わりにスパークを散らしている。

 右腕がだらりと()()がっているのは、きっと動かないから。

 損壊(そんかい)した赤髪の少女は、あまりに痛ましい。


 それでもCode(コード):Doctor(ドクター)でランドセル状の総合医療キットを背負(せお)い、触手のように何本ものチューブを伸ばして、キアシアの治療に(つと)めていた。


 折れた骨、(つぶ)れた血管、千切(ちぎ)れた筋肉……。

 臓器の損傷(そんしょう)は。脳の損傷は。

 依然(いぜん)、予断を許さない。


「…………、…………、」


 キアシアは、痛みはない。

 ただひたすら眠く……だが、もう一度眠ったら今度こそ終わりだと確信し、必死に睡魔(すいま)と戦った。

 身体が冷たい。まるで氷だ。

 そんな中、糸のようにか細く一本だけ、我が身のうちを熱が(めぐ)っているのを感じた。


 左腕の静脈に(つな)がっている、イグナのチューブ。

 一滴(いってき)ずつ、ゆっくりと投与される、赤い(しずく)


 握ろうとするキアシアの左手に気付いて、イグナはその掌にそっと触れた。


「強心剤に、リクホ様から(いただ)いた血を使用しています。

 だから。キアシアさん。頑張って」


 その心強さに、キアシアは力が(みなぎ)る気がした。

 ろくに動かない身体で、精いっぱい(うなず)いてみせたが、イグナには伝わったようだ。


「…………り……」


「しゃべってはダメです。

 ――リクホ様なら、ご無事ですよ。

 すぐ、(そば)にいます」


「…………、…………、」


「今はダメです。

 キアシアさん、手当(てあて)のためにシャツの前を開けたり、あられもない格好をしていますから。

 リクホ様が真っ赤に燃えてしまいますよ?」


「…………、…………、」


 ふ、とキアシアの口元に笑みが浮かんだ。

 呼吸、脈拍(みゃくはく)の波が、少しずつ(おだ)やかになっていく。

 それが良い兆候(ちょうこう)か、それとも逆か。

 イグナは慎重に(はか)り、未だ予断は許さない。


>>>>>>


 以前――『今』から見れば以後であるが――世界樹(せかいじゅ)天辺(てっぺん)まで(のぼ)ったとき。

 落ちたらどうなるだろう、なんて考えた。

 この炎熱(えんねつ)怪力(かいりき)異能(いのう)宿(やど)した循内陸歩は、どうやったら死ぬのだろう、なんて。


 思ったよりも、


「死な、ねぇ……もんだ、な……」


 浮遊城の(たっ)した高度は、おそらくは世界樹よりも上。

 そこから()()り、地上まで落下を加速し続けたというのに。


 全身が(きし)んでいる。

 ひどい打撲(だぼく)だ。青あざがいくつも浮いていた。

 木片(もくへん)や石があちこちに()さり、血が(したた)る。

 それでも五体満足、骨もあらかた無事。

 地面に叩き付けられる前に、可能なだけ炎を吹いて、衝撃を軽減したといっても。


 力なく、陸歩は笑った。

 折れた樹の一本から拝借(はいしゃく)した枝を、杖にして。


「オレも……たいした……化け物か」


 あのとき、あの運命の瞬間に、自分を()()んだ謎の赤い薬液。

 あれは一体、何だったのか。

 あれは一体、自分をどう変えたのか。


 今さらだろうか。

 この世界ではどうせ調べる(すべ)もないと、その正体をさほど追究(ついきゅう)してこなかった。


 自分は一体、何なのか。

 自分はどうやったら死ぬのだろう、という暗い自問。

 そうやって、気を(まぎ)らわせながら。


「――――」


 (いた)んで、普段よりずっと固く覚束(おぼつか)ない身体を引きずって。

 見つけた。


 山林(さんりん)の中、陸歩やイグナが穿(うが)ったのとはまた、別なクレーター。

 日の方角からここまで一直線に、樹木が()(たお)され、()()しの土に紫の炎がチロチロと燃えている。


 火蜥蜴(ひとかげ)の巨体が倒れていた。

 ぐったりと力なく、その口は半開きで乱杭歯(らんぐいば)(のぞ)き、いずれの目の閉じられていた。

 陸歩と同じく、木片やらで(うろこ)(つらぬ)かれ、全身が血染(ちぞ)めだ。

 呼吸は……なし。


「…………」


 油断なく、陸歩は(すが)っていた枝を、剣に見立てて持ち直す。

 Code:Doctorのため、Eブレードもイグナに返してしまった今、これでも貴重な刃だ。


 ゆっくりと、近づく。


 ――不意に火蜥蜴が息を吹き返した。

 全身の魔眼(まがん)一斉(いっせい)に開き、陸歩を見つめる。


「っ!」


 火蜥蜴は血を()き、骨の砕ける音をさせつつ、猛然(もうぜん)(おそ)()かってきた。

 その俊敏(しゅんびん)さ。痛みを感じてないとしか思えない。


「このっ……化け物ァ!」

 

 陸歩の剣が(むか)()つ。

 たとえ棒切れでも、(しか)るべき剣士が()るえば必殺の剣だ。

 (せま)(てのひら)()()いた。


 咄嗟(とっさ)に魔眼が閉じるが。

 正確無比な陸歩の剣閃(けんせん)が、(まぶた)隙間(すきま)(すべ)()む。


 やはり弱点なのだろう、火蜥蜴は苦痛に(うな)り、のたうち、陸歩は残忍な笑みを浮かべた。


「へっ――」


 だが、相打(あいう)ちだ。

 転げる魔物の尻尾が、陸歩の身体を横殴(よこなぐ)りし、(たた)()せた。


「ぐあっ!」


 何というほどの一撃でもない。

 (かわ)せたはずだし、受け止められたはず。

 けれども今は(こら)えも()かなかった。

 自らの状態がどれほど悪いか、改めて悟った陸歩は(うずくま)ったまま、危機感に歯噛(はが)みする。


 対して火蜥蜴も、虫の息だ。

 ()いつくばって血を吐き、鱗を逆立(さかだ)てるのが精いっぱいで、身を震わせている。

 魔眼は大半が(にが)り、すぅっと眼力(がんりき)を失い……閉じた。


「は」


 次々と閉じていく魔眼。

 (ともな)って、蜥蜴から火は失せ、体躯(たいく)は縮んだ。

 だけでなく、骨格まで(しぼ)んでいく。


 爬虫類から、やがて人間に。


「がはっ……かっ……はっ、がっ」


 這いつくばって血を吐く、その男はダンダルフォ。


「くそっ……俺様は……? 俺様の、城は……?」


「――よぉ、ダンダルフォ」


 つい、陸歩は笑ってしまった。

 こちらは棒切れ、向こうは裸。

 一騎打ちには、あまりにもみすぼらしく満身創痍(まんしんそうい)


「あの高さはさすがに、お互い無事じゃ済まなかったな」


「ジュンナイ、リクホぉ……テメェ……!

 俺様の城をどこへやった!」


「さぁな。神様のところに帰ったんじゃないかな」


 きっと今も上昇を続け、それくらいの高さにいることだろう。


「オレたちも、そろそろ帰ろうぜ。

 オレは現代へ。

 お前は……再び、地獄の底に!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ