結:起 ≪深手≫
熱に導かれ、意識が浮上する。
「……ぅ…………」
「キアシアさん」
真っ先に、険しい表情のイグナと目が合った。
デジタルを湛えた綺麗な瞳に、僅かばかりの安堵が差している。
逆さまなのは、イグナの膝枕に頭を乗せているから。
柔らかなベッドに横たわっている心地――今のキアシアには確認する余裕もないが――延長し広げられたイグナのスカートが敷かれているためだ。
「…………ぃ……」
吸入マスクを被せられた口元で、何かを呟くキアシアを、イグナがそっと諫める。
「しゃべらないで。
あれだけの高度から、何の装備もなしに飛び降りたのですから。処置を続けます」
そう言う彼女だって重傷だ。
全身に罅が入り、ボロボロと破片が零れた。出血の代わりにスパークを散らしている。
右腕がだらりと垂れ下がっているのは、きっと動かないから。
損壊した赤髪の少女は、あまりに痛ましい。
それでもCode:Doctorでランドセル状の総合医療キットを背負い、触手のように何本ものチューブを伸ばして、キアシアの治療に努めていた。
折れた骨、潰れた血管、千切れた筋肉……。
臓器の損傷は。脳の損傷は。
依然、予断を許さない。
「…………、…………、」
キアシアは、痛みはない。
ただひたすら眠く……だが、もう一度眠ったら今度こそ終わりだと確信し、必死に睡魔と戦った。
身体が冷たい。まるで氷だ。
そんな中、糸のようにか細く一本だけ、我が身のうちを熱が巡っているのを感じた。
左腕の静脈に繋がっている、イグナのチューブ。
一滴ずつ、ゆっくりと投与される、赤い雫。
握ろうとするキアシアの左手に気付いて、イグナはその掌にそっと触れた。
「強心剤に、リクホ様から頂いた血を使用しています。
だから。キアシアさん。頑張って」
その心強さに、キアシアは力が漲る気がした。
ろくに動かない身体で、精いっぱい頷いてみせたが、イグナには伝わったようだ。
「…………り……」
「しゃべってはダメです。
――リクホ様なら、ご無事ですよ。
すぐ、傍にいます」
「…………、…………、」
「今はダメです。
キアシアさん、手当のためにシャツの前を開けたり、あられもない格好をしていますから。
リクホ様が真っ赤に燃えてしまいますよ?」
「…………、…………、」
ふ、とキアシアの口元に笑みが浮かんだ。
呼吸、脈拍の波が、少しずつ穏やかになっていく。
それが良い兆候か、それとも逆か。
イグナは慎重に図り、未だ予断は許さない。
>>>>>>
以前――『今』から見れば以後であるが――世界樹を天辺まで登ったとき。
落ちたらどうなるだろう、なんて考えた。
この炎熱と怪力の異能を宿した循内陸歩は、どうやったら死ぬのだろう、なんて。
思ったよりも、
「死な、ねぇ……もんだ、な……」
浮遊城の達した高度は、おそらくは世界樹よりも上。
そこから飛び降り、地上まで落下を加速し続けたというのに。
全身が軋んでいる。
ひどい打撲だ。青あざがいくつも浮いていた。
木片や石があちこちに刺さり、血が滴る。
それでも五体満足、骨もあらかた無事。
地面に叩き付けられる前に、可能なだけ炎を吹いて、衝撃を軽減したといっても。
力なく、陸歩は笑った。
折れた樹の一本から拝借した枝を、杖にして。
「オレも……たいした……化け物か」
あのとき、あの運命の瞬間に、自分を飲み込んだ謎の赤い薬液。
あれは一体、何だったのか。
あれは一体、自分をどう変えたのか。
今さらだろうか。
この世界ではどうせ調べる術もないと、その正体をさほど追究してこなかった。
自分は一体、何なのか。
自分はどうやったら死ぬのだろう、という暗い自問。
そうやって、気を紛らわせながら。
「――――」
傷んで、普段よりずっと固く覚束ない身体を引きずって。
見つけた。
山林の中、陸歩やイグナが穿ったのとはまた、別なクレーター。
日の方角からここまで一直線に、樹木が薙ぎ倒され、剥き出しの土に紫の炎がチロチロと燃えている。
火蜥蜴の巨体が倒れていた。
ぐったりと力なく、その口は半開きで乱杭歯が覗き、いずれの目の閉じられていた。
陸歩と同じく、木片やらで鱗を貫かれ、全身が血染めだ。
呼吸は……なし。
「…………」
油断なく、陸歩は縋っていた枝を、剣に見立てて持ち直す。
Code:Doctorのため、Eブレードもイグナに返してしまった今、これでも貴重な刃だ。
ゆっくりと、近づく。
――不意に火蜥蜴が息を吹き返した。
全身の魔眼が一斉に開き、陸歩を見つめる。
「っ!」
火蜥蜴は血を撒き、骨の砕ける音をさせつつ、猛然と襲い掛かってきた。
その俊敏さ。痛みを感じてないとしか思えない。
「このっ……化け物ァ!」
陸歩の剣が迎え撃つ。
たとえ棒切れでも、然るべき剣士が振るえば必殺の剣だ。
迫る掌を切り裂いた。
咄嗟に魔眼が閉じるが。
正確無比な陸歩の剣閃が、瞼の隙間に滑り込む。
やはり弱点なのだろう、火蜥蜴は苦痛に唸り、のたうち、陸歩は残忍な笑みを浮かべた。
「へっ――」
だが、相打ちだ。
転げる魔物の尻尾が、陸歩の身体を横殴りし、叩き伏せた。
「ぐあっ!」
何というほどの一撃でもない。
躱せたはずだし、受け止められたはず。
けれども今は堪えも効かなかった。
自らの状態がどれほど悪いか、改めて悟った陸歩は蹲ったまま、危機感に歯噛みする。
対して火蜥蜴も、虫の息だ。
這いつくばって血を吐き、鱗を逆立てるのが精いっぱいで、身を震わせている。
魔眼は大半が濁り、すぅっと眼力を失い……閉じた。
「は」
次々と閉じていく魔眼。
伴って、蜥蜴から火は失せ、体躯は縮んだ。
だけでなく、骨格まで萎んでいく。
爬虫類から、やがて人間に。
「がはっ……かっ……はっ、がっ」
這いつくばって血を吐く、その男はダンダルフォ。
「くそっ……俺様は……? 俺様の、城は……?」
「――よぉ、ダンダルフォ」
つい、陸歩は笑ってしまった。
こちらは棒切れ、向こうは裸。
一騎打ちには、あまりにもみすぼらしく満身創痍。
「あの高さはさすがに、お互い無事じゃ済まなかったな」
「ジュンナイ、リクホぉ……テメェ……!
俺様の城をどこへやった!」
「さぁな。神様のところに帰ったんじゃないかな」
きっと今も上昇を続け、それくらいの高さにいることだろう。
「オレたちも、そろそろ帰ろうぜ。
オレは現代へ。
お前は……再び、地獄の底に!」




