転:承 ≪弱点≫
剣術各流派、術理は異なれども、防具破壊のための技が必ず存在する。
俗に『鎧斬り』と通称される剣技。
陸歩の流体操作剣術・海神流天海剣においては、あたかも固い土に水が沁み込むが如く、堅牢な甲冑に自らの刃を通す、流麗なる絶技である。
「はぁあああぁぁっ!」
炎噴き上げる推進装置を蹴立て、陸歩は蜥蜴の化け物の表皮を、Eブレードで何度も撫でる。
全力で振り下ろした鎧斬りを、手首と肘のスラスターで、直角に軌道を曲げるという荒業。
ダンダルフォの鼻先まで電光の刃を走らせた。
魔物の咆哮がこだまする。
振り回される尾。
イグナのアラートが耳元で響き、陸歩は仰け反るように頭の位置を下げた。
通過していく尾。
兜内のモニタに表示されるのは、関節・筋肉の付き方からイグナが算出した敵の可動域である。
それらを陸歩は直感で読み取り、蜥蜴の次のアクションを察し、動作を一手早めた。
一瞬前にいたところを、蜥蜴の掌が叩き潰す。
「ぶ、った斬れろぉ!」
その腕を、斬る。
斬る。胴。
斬る。脚。
斬る。尾。
魔物の咆哮がこだまする。
「どうだっ、イグナ!?」
しかし。
「いずれの箇所も、皮下まで刃が通っていません。
これはもはや、硬度というよりも、何らかの理でコーティングされていると見るべきかと」
「っ。なら、こうだ!」
剣術各流派、術理は異なれども、敵の防具越しに傷を負わせる技が必ず存在する。
俗に『鎧貫き』と通称される剣技。
多くは衝撃を伝えてダメージを与える技術で、これは流体を操る陸歩たちの剣では、最も得手とするところ。
「お、らぁぁっ!」
斬撃というより、鞭がむしろ近い。
肩、肘、手首と柔らかく連動させた陸歩は、Eブレードで蜥蜴の横っ面を強かに打ち据える。
モニタ内では、ダンダルフォの姿に新たに赤いラインと矢印、ステータスがいくつも表示されていて、これはイグナが予測・推奨する敵の急所だ。
蜥蜴の首を、右から、打。
続けて左からも。
衝撃は巨体の中で互いに響き合い、散々に乱反射し、心臓や血管に多大な損傷を与える。
はずだった。
ダンダルフォが後ろ足で立ち上がった。
全身の目玉がギョロリと陸歩を睨む。
「っ、」
肥大化した図体からは考えられないほどの速さで、右前足が掻いた。
必殺の確信、会心の手応えを覚えていた陸歩には、苦痛の素振りもまるで見せない蜥蜴は予想外で、判断が半歩遅れてしまう。
「ぐぁ!」
指先で叩かれただけで、床の上を身体が簡単に滑った。
鎧越しに響く衝撃に、奥歯を噛んで耐える。
軋むイグナに、募る焦り。
それが、さらに半歩の遅れとなって。
「あ、」
もはや、のしかかってくる蜥蜴は目前であり、咄嗟に横に転がるも間に合わない。
その巨大な両手に握られ、締め上げられ、陸歩は口元を吐血で濡らす。
「っが! ああ!」
「リク、ホ、さ、m」
イグナにもノイズが走る。
陸歩を掲げるように頭上で持ったダンダルフォは、爬虫類面で首を傾げるようにし、おびただしい目で彼のことをジッと見つめた。
両手には、さらに力を込めながら。
「ぐ、ううぅ!」
もちろん陸歩もされるままではない。
全身の筋肉を強張らせ、圧力に必死に抗う。
紅蓮も上げるが、自ら紫の火を纏っている蜥蜴は意にも介さなかった。
密着状態から相手を斬る剣技……指の切断、できない。
絞られる。
「ぐああぁ! こ、ン、のぉ!」
鼻血さえ零すほどの渾身で、わずかに、蜥蜴の手を押し返す。
「い、イグナぁ! Order! Code:Prism!」」
【Code:Prism を受諾。】
鎧から解けた一部が、主が決死の思いで開けた隙間を縫って展開。
突き出したその装置は、花かパラソルか。
陸歩の炎に照らされ、吸光し、輝きを増幅して、周囲に放った。
「――っ」
一帯が白く閃光に染め上げられる。
熱も痛みも感じない魔物でも、これにはさすがに眩んだらしい。
蜥蜴は悲鳴を上げて、目を押さえて転げ回る……押さえるべき目玉が多いがために、余計に苦しそうだ。
取り落とされた陸歩は、Eブレードを杖に膝立ちし、イグナが自己判断で鎧に戻って支える。
「リクホ様、ご無事でしょうか」
「あぁ……助かったぜ。イグナは?」
「問題ありません」
「そうか、よかった。
……なぁイグナ。目だな」
「えぇ。そのようです」
目だ。
火蜥蜴がこれ見よがしにギョロつかせている全身の魔眼。
あれこそが弱点。
考えてみれば、眼球が弱くない生き物などいるものか。
先に左手を貫けたのも目玉を潰せたからだろう。よく見ればその箇所は、今も開いておらず、瞑られたままではないか。
「全部潰したらどうなるのか」
「はい。大変興味があります」
その会話を聞きつけたのかどうか。
魔物はその場に這い、全ての目を固く閉じた。
すると紫の炎が勢いを弱め、体躯も一回り縮んだように見える。
チロチロと、口から舌を覗かせた。
特定の爬虫類が行う、感知動作。
「こいつ、なにをっ、」
止める間のなく、ダンダルフォは右手の壁に頭から突っ込んだ。
薄い部分を狙いすましたのか壁面に容易く穴が開き、尾を翻して、隣の部屋へ逃げていく。
「なっ、待て!」
いや、逃げたのではない。
追って行った、がきっと正しい。
「しまった――キアシア!」




