転:起 ≪蜥蜴≫
感情任せの暴力が振るわれる、何度も、何度も。
技もなく、ただ力をいっぱいに込めただけのそれは。強かに敵を打ち、押し込み、壁を突き破った。
「アアアァァ――っ!」
「っ! っ!」
陸歩は、致命打を防ぐのに手いっぱいだ。
すでに攻守は逆になっていた。
目の焦点も怪しく、涎を散らしながら滅茶苦茶に拳を振るうダンダルフォ。
Eブレードが破壊されるのを嫌った陸歩は、己も徒手になってこれを捌き続けている。
「くっそ……っ!」
あれだけ斬りつけたのに、無数の傷がその身に刻まれているのに。
ダンダルフォの理性なき攻勢は増すばかりだ。
「アアアァァ――っ!」
「ぐぁっ!」
ついに、一際重い殴打を胸に受け、陸歩は吹き飛ぶ。
神器の分厚い壁面を、一枚、二枚とぶち抜き、三枚目に窪みを作ってようやく止まった。
「ご、」
倒れるのだけは何とか拒否して、床に吐血を零す。
彼の血液は空気に触れると途端に発火し、燃え上がった。
紅の炎。
出来立てのトンネルの向こう、ダンダルフォが悶えている。
紫の炎にまかれて。
「アアアァァ――っ!」
実際の火ではない。
魔力を純粋なエネルギーとして、術も介さず、そのまま表出したものがあの紫だ。
……今、ダンダルフォは明らかに、制御を失っていた。
「アアアァァ――っ!」
切り刻まれた全身からどす黒い血を吹き出している。
筋肉は肥大化し硬化する一方で、渇き果てた土のようだ。
目は裏返り、喉を掻き毟り、中毒に苦しんでいるかに見えた。
「気の早い野郎め……っ」
手の甲で拭う口元で、陸歩は呟く。
ダンダルフォがこうなるのは既定ではある。
だが『今回』はそれを阻止するつもりだったし、『本来』ならもっと後に陥った状態だ。
本来なら、ダンダルフォは陸歩に追い詰められて、浮遊城の炉に首を突っ込み、城内すべての命とエネルギーを吸い上げて、ここに至った。
今回は……それより前に、キアシアの同胞たちを、食らい尽くしてしまったから。
「リクホ様!」
敵のさらに背後から、イグナの声が聞こえる。
陸歩は抜刀したEブレードを脇に構え、呼吸を計った。
「いま戻る! Order――」
鞘はなくとも剣の術理に則っていれば、この世界では神速の居合いとなる。
「――Code: Ignition!」
斬撃と共に、陸歩は駆け抜けた。
瞬き一つよりなお速く、口にしたコードの末尾よりも先に。
【Code:Ignition を受諾。】
両腕を広げて待っていたイグナが、飛び込む主を受け止める。
人機一体、白銀の天使となった二人は、鋭く振り返った。
先の居合いは、敵を両断するに足る一閃だが。
「アアアァァ――っ!」
チ、と陸歩は舌を打つ。
斬れなかったのか。
あるいは高速で再生したのか。
何らダメージは見受けられない。
ダンダルフォが前傾に、床に膝をつき、手をつく。
「くるぞ。イグナ、警戒! キアシア下がってろ!」
自らの紫炎に焼かれる巨大な火蜥蜴。
それがあの男の成れの果てだ。
龍には成り損ね、地をのたうち、空腹に見境をなくしたケダモノに、ダンダルフォは、またしても。
「アアアァァ――っ!」
盛り上がった背骨から連なった、太い尻尾が生える。
――目が、開いた。
「なっ」
陸歩は、キアシアも、イグナさえ、絶句する。
目だ。
目が開く。
ダンダルフォの尻尾に、無数の目が。
それらは赤や青や黄や緑、濃い薄いもまちまちで、だがその瞳、明らかに見覚えが。
のみならず、刻まれた全身の傷口もまた、開いた。
目だ。
目がギョロリと覗く。
あたかも涙のように、血を零す、おびただしい数の魔眼。
髪は燃え尽き、露出した頭皮にも目が開く。
口は頬まで裂け、表情は骨格から変じ、邪悪な爬虫類の面相だ。
「brrrrrr――っ!!」
軋むような、獣の咆哮。
とても言葉になっていないが。
陸歩は確かに聞いた。
「っ逃げろキアシア!」
もっと食わせろ、と。
「っ」
踵を返したキアシア。
目当てはやはり彼女の魔眼か。
魔物となったダンダルフォは、四足で追う。
「行かせるか!
Order! Code: Mantis!」
【Code: Mantis を受諾。
第二、第三、第四ブレードを解放。】
イグナの四刃を振りかざした陸歩が割って入った。
以前に相対したときより、さらに醜悪な姿となった敵に、電光の剣を見舞う。
身を翻したダンダルフォ。
胴ほど太い尻尾がしなる。
Eブレードと尾が鍔迫り合い、激しく火花を散らす。
「こ! ンの!」
火蜥蜴の目が、身体中に浮かんだその全てが、瞳孔を縦に細く窄めた。
前脚で、機巧の天使を薙ぎ払わんとす。
「リクホ様っ」
イグナのアラート。
四本腕で尻尾に掛かり切りだった陸歩は、左手の刃で迫る掌を刺し貫き、縫い止めるが。
引き換えに尻尾の力に負け、軽々と吹き飛ばされた。
「っ、くそっ!」
空中で肘や足から炎を噴射し、姿勢を制御。
その間にも蜥蜴はキアシアを追おうと。
……しかし、もはや迂回するだけの知能もないのか、壁に向かって何度も頭をぶつけている。
着地した陸歩は、不覚にも目の前が昏む。
「ご無事でしょうか」
「っあぁ。
にしても。まさか、力負けするとは思わなかった」
「魔眼の過剰摂取による暴走、なのでしょう。
あの外皮も異常な硬度です」
「けど左手は刺せたな」
ぱっと左の刃で、陸歩は血振りの所作をする。
貫いた火蜥蜴の掌は、すでに塞がっているようではあるが。
「弱点を探る。
イグナ、副刃を格納。探知に集中してくれ。
死線を潜るぞ。悪いけど、付き合ってくれ」
「もちろんですとも」
「Order. Code:FullThruster!」
【Code: FullThruster を受諾。】
手足に無数に構築された加速装置。
持ち前の脚力に、それらの推進力も乗せ、陸歩は魔物へ果敢に躍りかかる。




