承:結 ≪暴食≫
鎧から少女の姿に戻ったイグナが、陸歩からそっと離れる。
彼は右手首に絡みついた、彼女由来の装置を、確かめるように撫でていた。
「イグナ、当初のプラン通り、キアシアを連れて来てくれ」
「リクホ様」
と思わず口走った自身を、イグナは恥じた。
今さら議論の余地も余裕もないのだ。主の言う通り、あらかじめプランは決めてある。ならばここで従者が答えるべきは「はい」のみのはず。
だが、つい。
陸歩が苦笑を滲ませた。
「分かってる。突っ走って無茶はしない。
オレはあの野郎を適度に引き付けて、イグナが追いつくまでの時間を稼ぐよ」
「……はい。失礼いたしました。
どうか、お気をつけて。ご武運を」
「あぁ、イグナも」
踵を返した陸歩が、廊下の奥へ駆けていく。
イグナもすぐに、自分たちが開けた大穴へ身を躍らせ、飛び降りた。
途中、両腕を翼に変え、落下に更なる速度を加える。
キアシアの傍らへ、ぴったりと着地。
「キアシアさんっ」
「うぅ……」
うずくまり、たった今胃液を吐き戻したらしいキアシアの肩に、機巧の羽毛で触れる。
「行きましょう、キアシアさん。
貴女の同胞を助けに」
「……うん!」
あらかじめ決めていたプランだ。
本来、捕らわれたキアシアの一族に、生き残りはない。
全員ダンダルフォの暴走により、その命は浮遊城に啜り取られ、失われてしまった。
だが、『今』ならば。
救えるかも知れない。
その結果、本来なら亡くなった者が生き残り、懸念した未来の変質が起きてしまうとしても。
セカンドユーザーを鎧で包み上げたイグナは、先ほどと同じように城を目がけて、一直線に上昇。
基部に開けた穴をそのまま使うつもりだったが。神器の自然治癒により、すでに塞がり始めている。
「貫きますっ。舌を噛まないように!」
「っ!」
再び、城内に侵入。
当初の予定地点より、些かずれてしまったが。
「うっ……」
鎧を解かれたキアシアは、また喉にこみ上げてくるものを感じて、口元を押さえた。
これは過去だ、一度済んだことだ、陸歩とイグナがいる……そう何度自分に言い聞かせても、沁みついたトラウマは強烈だ。
背中をイグナの手が優しく擦る。
「大丈夫ですか、キアシアさん」
「……! ……うん、平気。
こっちだよ!」
散々世話をさせられた城だ。道順は目をつぶったって辿ることが出来る。
それはあながち比喩でもなくって、両目を抉られても休みはなく、城内を行き来していたから。
目指すは再生蔵。
魔眼を抜き取られた者に、再生を促すための……拷問部屋だ。
>>>>>>
道順はキアシアから聞き、頭に叩き込んだつもりだったが。
思いのほか、手間取ってしまった。
「…………」
扉の真横の壁に、陸歩は背中をつけ、タイミングを計る。
扉。この向こうは城主の間。つまりダンダルフォが。
「…………っ」
扉を、蹴破った。
体勢を低く、低く、伸びる影のように床のすれすれを滑りながら、右手首の装置を作動。
手の中へ機械の柄が飛び込み、Eブレードが展開。
「――っ!」
振り上げる電光の刃で、敵の首を、
いない。
「な。どこに……っ」
ダンダルフォは、いない。
不在だ。
玉座と、サイドテーブルと、その足元には砕けた瓶の水溜り。
天井から吊り下げられた鎖が、城の振動に合わせてキィキィと甲高く鳴く。
「イグナ。……イグナ?」
耳に噛ませた通信機には、ノイズばかりが。
「……っ」
>>>>>>
「どこに……みんなっ、どこに!?」
焦燥にかられたキアシアは、空っぽの左目が痒くて、包帯の上から乱暴に掻く。
その手をイグナが制した。
「落ち着いて。城内にいるには違いありません」
再生蔵はもぬけの殻だ。
口に出すのも憚られるような、不気味な器具や枷があるばかり。
囚われ、虐げられる同胞も。
ダンダルフォに寝返り、仲間を傷つけることで、自らが受ける苦痛を半分にした連中も。
誰もいない。
「キアシアさん、何か心当たりは」
「……動力室なら、必ず誰かがいるはず。
でないと落ちちゃうもの」
ならばそちらへ、と二人の少女が走る。
途中、イグナがキアシアを抱え上げて、さらに倍の速度で。
「リクホ様。……リクホ様?」
「通じないの?」
「はい。ノイズしか聞こえません。……うかつでした」
下へ、下へ。
城の基部、その中心を目指して。
――ホール状の空間は、床も壁もやはり、輝く石材。
特別な場所と示すように、彫刻された神智文字に飾られている。
中央には、巨大な円筒型の、炉。
これこそが浮遊城の心臓にして、獰猛なる口腔だ。
放り込まれたあらゆるものを動力に変え、この街一つに匹敵する神器を空に浮かべる。
傍に山積みの石炭もそのため。
傍に山積みの、結晶化した魔眼も、そのため。
ダンダルフォは、それをほとんど平らげていた。
「だ……」
のみならず。
キアシアはあまりのことに立ち尽くす。
イグナがその前に、彼女を庇うように立った。Eブレードに激しい感情を滲ませて。
「ダン、ダル……」
「あぁ?
――あぁ。もう来ちまったのか」
顔をあげる男。
咀嚼しながら、食べ終えたものを炉に捨てた。
キアシアの親類の、遺体を。
「もうちょっと待てよ。あと何人かで全部だ」
「な、なに、なにを、」
傍に山積みの、遺体は、何のため。
「決まってんだろ。備えてんだよ」
「そ、なえ、……?」
「俺様はジュンナイリクホを侮らない。奴には蓄えの全部、ありったけを注ぎ込まねぇと。
なぁキアシア、テメェ知ってたかよ? いや俺様も気付かなかったぜ。
お前らの脳味噌はよ、魔眼と同じなんだよ。それとも脳味噌が魔眼の大元なのか?
抜き出すと結晶化するし、食えば力になんだよ」
また一人、骸を取り上げると、頭をもぎ取った。
それを果物のように割って、中身をむしゃむしゃと……。
イグナが斬りかかる。
ダンダルフォの両手に紫の火が燃え盛り、立ち上がってEブレードを受け止めた。
「おい女、飼い主はどうした?」
「この外道!」
「あ? ……誰のせいだと思ってんだボケがぁあっ!」
強烈な蹴りがイグナの腹を打つ。
彼女の小柄が吹き飛び、キアシアを巻き込んで、壁際まで転がった。
「ぅ……」
「お前らのせいだろうが! あぁ!?
お前とジュンナイリクホが現われなきゃよ!
俺様はこいつらを最低限しか殺す気なんざなかったんだ元々はよ!
こいつらを上手いこと繁殖させてよ! この先もずっと城の燃料にするつもりだったのによ!」
「ぐ……」
「それをお前らが! あの日!
逃げ出したキアシアをとっ捕まえて見せしめが済めばそれで一件落着だったもんをよ!」
男の巨躯が、さらに膨張した。
隆起した全身の筋肉が、内側から衣類を裂き、その肌は結晶のように固く岩塊さながらだ。
目は怒りに我を忘れ、常軌を逸し、七色に目まぐるしく変化する。
「全員食っちまったよ。最初っからやり直しだよ!
城の動力を賄える連中を探し出して引っ立ててくんのが、どれだけの手間か分かるかよ!
でもしょうがねぇよなぁ!? 命あっての物種だもんなぁ!?
ここでジュンナイリクホに殺されちまったら何の意味もねぇもんなぁ!?」
「――そうかよ」
「あ?」
剣閃が駆け抜けた。
さらに一閃、もう一閃、次々に火花が散る。
「なら――無意味に返れ! クソ野郎!」
「が、ふ、」
さらに一閃、もう一閃。
紅蓮を振り乱した陸歩が。
神速の剣技を、無数に無限に浴びせかける。
「おおおぉぉ――っ!
もう一度、ここで死ね! ダンダルフォ・ギグスタヴ!!」




