承:転 ≪突入≫
粗野な手が乱暴に、サイドテーブルからゴブレットを引っ手繰った。
杯は液体ではなく、小振りな球形の結晶数十個で満たされていて、ダンダルフォは四つ五つを一掴みする。
苛立ち任せに、口に運び、頬張る。
ゴリゴリと噛み砕いて嚥下した。
喉を通過し胃の腑へと落ちていく、燃えるような刺激は、いつもならば快感を伴うが。
怒り心頭の今は、それすらも紛れてしまう。
腰掛けた玉座は石造り。
けれどもこの世ならざる輝く石材で仕立てられて、座る者を雄大に受け止め、ほのかに暖かく、実に心地よい。
だが、それだけだ。
ただ心地よいだけの椅子。
ダンダルフォは、かつては自らに最も相応しいと確信していたその席に、今は全身が燃える思いでいる。
両膝が小刻みに震えて止まらない。
この癖が一般的に何と呼ばれるものか……また怒りが込み上げてきた。
リン、とどこからかベルがなる。
――なにをそんなに腹を立てているんです?
と、どこからか、声が聞こえた。
「っどこだぁ!」
立ち上がって周囲を見回した。
この玉座と同じ石材で形作られた、城主の間に、いるのは自分と。鎖で天井から吊るした女が十数人。
声の主はない。
散々殴りつけ、両目を抉った女どもは、時おり呻くだけ。
「出て来い!」
――無茶を言わないでください。
――僕はそっちにはいない。
――そりゃあ、その時代の僕はいますが。
「テメェ、よくも……」
――許可なくその玉座に着いたことを怒ってるんでしょうけど。
「そうだ! この城の全ては俺様のものだ! それを勝手に……っ」
――まぁそうカッカしないで。
――一言もなくお借りしたことは謝罪します。
――でもおかげで、こうして貴方たちを過去に還すことが出来たのですから。
「…………っ」
ダンダルフォの憤怒の理由は、実はそれだけではない。
あのときカナが見せた姿、力。
それは、確かに神に近しいものだった。
着いたものに神格を付与する玉座。
だが……ダンダルフォが座っても……現に今も……あれほどの効果は、発揮していない。
この城が、カナのほうをより喜んでいるとでも、言うのだろうか。
許せない。
どうやってあれだけの神格を。
……と、ダンダルフォが怒鳴り散らして訊ねなかったのは、プライドゆえだ。
――すでに察しているかとは思いますが、ダンダルフォ、貴方は過去にいます。
――ジュンナイリクホに敗れるより、少し前の時点に。
「あぁ……『カレンダー』で分かったよ」
サイドテーブルの、一抱えの瓶に目をやった。
中身は獣の羊水とともに、壮年の男の生首が一つ……だがこの男、まだ生きている。
首輪のように、断面に噛ませた魔具。
瞼を切り取られた両目には、育ち途中の果実のように、本来より小さな眼球が収まっていた。
目の生える速度がとりわけ一定であるこの男は、日付を数えるのに最適だ。
――そこで生き残れば、歴史が変えられますよ。
――現代でも貴方は生きていて、僕の力によらず存在できます。
――当然、城も墜ちなかったことに。
「……そうかよ」
もしそうなったら、次にはカナを殺そう。
内心でそう、固く決めた。
なんならこの魔眼の連中と同じに、城に吊るしてやってもいい。
――では、ジュンナイリクホの始末、お願いしますね。
――愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言います。
――貴方がどちらであれ……学び得る状況でしょう。
――周到になさることを、お勧めしますよ。
リン、ともう一度ベルが鳴った。
それっきり、もう声は聞こえない。
言いたいだけ言って去っていったカナに、ダンダルフォは拳を握る。
玉座の肘掛を叩いた。
「上等だ……ぶっ殺してやる!」
それを合図に、すぐに片目だけ残した奴隷どもが、よろよろと部屋に入ってくる。
「吊ってあるの片付けろ。
それから眼だ、魔眼持って来い。貯蔵分も全部!」
今度は肘掛を、掌でなぞった。
雲間の浮遊城が、進み始める。
「キアシア……ジュンナイリクホ……。
今度こそ殺してやる……っ」
>>>>>>
待つ間にも、胃が捻じ切れそうだ。
この肉体にとっては直近の思い出だからだろうか。
あの空飛ぶ城で、あの男から受けた苦痛で未だに身体のあちこちが引き攣れ、否応にも回顧してしまう。
自分が。家族が。仲間が。どんな目に遭わされたか。
今この時、どんな目に、遭わされているか。
鎖の擦れる音が。
「……っ!」
「――キア」
「キアシアさん」
うずくまった肩を、陸歩とイグナが、優しく触れてくれる。
遠く、青空の彼方に浮かぶ塊が見え始めていた。
この山の峰まで、ほどなくやってくることだろう。
「…………リクホ、イグナ。お願い……あの男を……」
殺して。
もう一度。
「あぁ。もちろんだ」
陸歩は、鎧になったイグナを纏った。
あのときはCode:Armor.
今はCode:Ignition. もっとずっと研ぎ澄まされた戦装束。
「行くぜ。
今度こそ、キアシアの悪夢が二度と蘇らないように。
地獄の紅蓮の、底の底まで、沈めてやるっ!」
神託者の翼を広げる。
炎を尾と引いて、陸歩は、飛んだ。
浮遊城の基部を目指して、一直線に。
かつてのように、城が地上に降りてくるのなんて待ってやらない。
流星が、逆さまに天を駆け上るが如くして、内部まで、貫く。




