承:承 ≪出立≫
しかし落ち着いて話すどころではない。
我が街の祭器が可憐な赤髪の乙女に変じる奇跡とあっては、それはそれは、住民にとっては一大事に違いなかろうけれど。
夜明けを目前に、陸歩たちは出立することに決める。
イグナがちゃっかり、設計図を認めた。
「長老殿。よろしければ、こちらの社を建てて頂ければ。
来るべき日、リクホ様の神が復活された暁には、この街の皆様にも恩寵があるかと」
ははぁー確かに、と伏して承られると、むしろ陸歩のほうが恐縮である。
街を出るまで、住民の最敬礼の花道。
門を出るとき、あの自警団の若者、ハンフリーが畏敬を込めた半笑いを浮かべながら手を握って来て。
「ま、また、いつでもどうぞ」
「あぁ……ありがとう。近くを通りがかったら……多分」
多分、そうそう顔を出せなさそうだが。
偶像は絶対に止めてくれ、と固く断っておいたので、せめて陸歩たちの人相については広まったり後世に残ったりしないにしても、だ。
心なしいつもより傍に近いイグナが、適切な声量で囁く。
「あの街が、リクホ様の聖地となるかもしれませんね」
「勘弁してくれ……」
「でも実際、いい方法なんじゃないの?」
と彼に負ぶわれたキアシアが言う。
「行った先で奇跡の一つも披露すれば、社を建ててもらうなんて楽勝じゃない?
これからもこの手でいったら?」
「やだよ勘弁してくれってば!」
「なんでよ」
「恥ずかしいからだよっ!」
少女二人が視線を交わす。
神の代行者として、人々から仰がれ拝まれる身分。
自分を通して、自分ではないもっと大きなものを見られる気まずさ。その居心地悪さは、横で見ているよりも当人には大きいのだろうか。
あるいは単に、彼が衆目に晒されるのに、照れを覚える性分なのかも。
「――キアシアさん、体調はいかがでしょうか」
「うん。だいぶ、慣れてきた感じ」
「疲れたら寝てていいぜ、キア。どうせここから、しばらくかかるから」
「……うん。ありがと」
目指すべき地点ははっきりしている。
朝焼けに染まる林道を山岳部に向かって、ほとんど駆ける速さで辿った。
浮遊城マギュラは、例の山脈の峰に現れるはず。
逃亡したキアシアを探しに。
そこで前回と同じに、ダンダルフォを討つのだ。
「でも今の時点で、『本来』より早いか?」
「迷うことなく進んできていますからね。
数日分、前倒しに行動しています」
首筋に、キアシアの寝息を感じた。
そういえば前回も途中でこうした気がする。
遠慮する彼女を、とうとう負ぶって、しばらく歩いたのだった。
あのときのキアはこんなふうに寝入りはしないで、ウトウトしたかと思うと、はっと起きて、また睡魔と戦っていたっけ――
「あのときも、ここを通ったんだっけ」
「えぇ。通りました」
「あのときは……イグナ。ありがとう」
「どうしたのです、改まって」
くすぐったそうにイグナが笑い、陸歩も面映ゆい。
「いや、悪かったなって。迷惑かけたんじゃないか。オレ、余裕なかったろ」
「迷惑など。それに、致し方ないことでした。
リクホ様は当時、肉体と世界、両方が激変した状況だったのですから」
そしてそれに翻弄されてばかりの、ただの学生だった。
陸歩は顧みる。
もしイグナが、いっそ無機質なくらい淡々と導いてくれなかったら、自分はこの世界で踏み出すまでに、どれだけかかったか。どこへ向かったか。
果たしてダンダルフォにも、勝てたかどうか。
けれど、今は違う。
「こっちもそれなりに場数は踏んできた。
『本来』みたいに、あの男に殺されかけるような無様にはしない」
「ですが、リクホ様、」
「あぁ、分かってる」
そうはいってもこれは、敵も一度、体験した事柄だ。
まさか無策で待ち受けてはいまい。
勝ったことがあるからと、侮ってかかっては、それこそ命取り。
「我々の戦力分析を致しましょう」
イグナが挙げていく。
あるもの――
陸歩の炎、体術、剣術、戦闘に対しての習熟。
イグナの、こちらの世界に来てから作成したCode全般。
この世界についての知識全般。
ないもの――
陸歩の鈴剣。社がないため、神威の精度。
イグナの、こちらの世界に来てから追加したナノマシン。偽神体化能力。
キアシアの拳銃。
鍵すべて。
コネクションすべて。
「――改めて確認すると、こっちに来てから得たものって、たくさんだな」
「えぇ。そのうちの、ワタシたちの魂と結びついたもので、潜り抜けるしかありませんね」
「あぁ」
それを陸歩は、決して頼りないとは思わなかった。
「まだ時間に猶予があります。
現状に最適化したCode立案を行います」
「それなら、イグナ、一つリクエストがあるんだけど」
「なんなりと」
だが実際に主の要望を聞いた彼女は、その完璧に整った面相を、苦く渋そうに歪めた。
「リクホ様……それは……」
「あくまで保険としてさ。頼むよ」
「…………」
イグナは、たっぷりと間を取った。
彼との命令を拒否するのは決して本意ではなく、さりとて彼の安全が脅かされるのも容認できず、どうにか落としどころを見つけるための沈思黙考だ。
「かしこまりました。
ただし、安全マージンはこちらで設定させていただきます。
これは他Codeと干渉せず、ユーザーにも即時変更・解除の権限がないものとさせていただきますが、構いませんか」
「うん。それでいいよ。
オレの命の距離、イグナが計ってくれ」
「……光栄、とは申せませんね」
陸歩の背で、キアシアが身じろぎをした。
「ん……」
「そろそろ休憩にするか」
「ですね。朝食にはよい時間です」




