序:序 ≪手記≫
手記No.7:『刀剣の寝間』ジンゼン
―― 印の月 / 中舌の曜 ――
ジッヅ大陸中東部に、風と重力とが作り出す不思議な景色がある。
浮遊する大地。
ジンゼンはその上にある、刀鍛冶の街だ。
扉の樹自体は地表にあって、ジンゼンのある浮島まではロープウェイが行き来している。
これに乗るのが大変で、業者や問屋ですら厳しい審査にかけられ、おいそれとは街に入れない。職人と技術の保護のため、だそうだが。
剣士ともなれば、直接コネクションを持てるのは本物の実力者、音に聞こえた者だけだ。ジンゼンの刀剣を帯びている、というだけでも巷では一目置かれる。
オレが関所を通過できたのは、師匠が持たせてくれた紹介状のおかげ。
ジンゼンの住人のほとんどが、鍛冶屋かその弟子だ。
木造平屋建てが並ぶ光景は和風で、ついでにここの人たちの普段着も和装。大変馴染み深い。
街のどこにいても耳を澄ませば、遠くから鉄を打つ音が聴こえる。
それはまるで、ジンゼンという誇り高い生き物の鼓動のよう。
魔法文化については中程度。これは鍛冶に必要な分はきっちり確保している、というところ。
カラクリ文化は低。日常的に使いはしているが、ここのカラクリは全部よそから仕入れたものだ。ジンゼン産のものはほぼ皆無。
ただしこの街の技術に、カラクリへ応用可能なものが多々含まれているんじゃないかと、オレは睨んでいる。
まぁ、どのみち習うなんて許されそうもないけど。
名物というか、ジンゼンの包丁でさばいた肉や魚は、それだけで味が違うという。
断面が磨いたように滑らかで、舌の上でとろけるのだとか……。楽しみ。
あとは漢方。
どういう起こりかまでは知らないが、ジンゼンは薬学も盛んなのだそうだ。
もっともオレ自身はこの世界に来てから……正しくはこの身体になってから、怪我とも病気とも無縁だから、あんまり興味も用事もないけど。
土産にはいいかもしれない。
それではこれから、オレの剣を打ってもらいに、師匠の知り合いの職人さんのところへ行く。
だいぶ頑固な人らしいから……あああ緊張するなぁ。
オレみたいな剣士未満がのこのこ訪ねて行って……怒られやしない?
―― 追記①:鐘の月 / 上目の曜 ――
そろそろ頼んでおいた剣が仕上がるころ。
それからキアシアとの待ち合わせのため、ドゥノーから扉の樹を用いてジンゼンへ。
新しい発見だが、ジッヅ大陸の夏はかなりきつい。
ジンゼンではあっちでもこっちでも炉に火を入れているから、余計にそう感じるのかもしれない。
というかオレは、熱さはいくらでも平気な炎の身体なのに、暑いってのはどういうことなんだ?
いつでも涼しい表情のイグナが心地いい。
キアと落ち合う前に、この街に建ててもらった社へ行ってみた。
きちんと手入れがされていて、誰かは分からないが真新しい花まで供えてある。
クレイルモリーへ行き損ねて凹んでいたところに、この思いがけない厚意は、涙腺へダイレクト。
自分の働きの結果が、こうして当地に根を下ろしているのを見るのが、ここまで沁みるものだとは……これも新しい発見だな。




