承:起 ≪甲冑≫
「神託者様、御召し物です」
「神託者様、お食事の用意が出来ました」
「神託者様、御神酒をお注ぎします」
「神託者様、今年成人したばかりの生娘でございます」
「いやあの、酒は飲めないので……。
というかあの、女の子とか、いいんで、ほんと……」
至れり尽くせりかもしれないが。
これはいささか、具合が悪い。
「今ガンガン過去が変わっちゃってない?」
というキアシアの指摘はもっともだ。
だが、言い訳をさせてもらうなら、陸歩もこんなつもりではなかった。
街の門番の前にだけこっそり姿を現し、神託者の威光を笠に着て、ちょっと衣類やらを融通してもらおうと。
それが、あの自警団の若いの。
ハンフリーとかいったか。
翼持つ者の来訪に感激した彼は、全く話も聞かず、警鐘を思うさま叩いてから街へ転がり込んでいった。
床に就いていた人々が次々に起きて、陸歩とキアシアはあっという間に衆人環視の真っ只中。
陸歩はせめて目元を炎でマスクのように隠し、キアシアに「あ、ずるい」と睨まれる。
街の住人に、どうぞこちらへと手を引かれ、背中を押され、案内されたのは神社の本殿だった。
腰を下ろすよう促され、言われた通りにすると、目の前の白洲にひれ伏した人々がズラリ。
とにかくキアシアの手当てと身作りを頼むと、神職らしい女性たちが彼女を連れて行った。
その間に陸歩は、もう半ばヤケクソで、求められるままに翼や光輪や炎を見せびらかす。
戻ったキアシアは風呂と散髪とを済ませ、目の包帯も清潔なものを巻き、だいぶ面影が戻っている。
そこからは歓待の騒ぎだ――飲んでください食べてくださいと。
これはもう、現代に戻っても、この街や近隣には顔を出せない……。
それにしても、神託者がこんなに喜ばれるとは。
いや、神が天上に去って以来、生きた神聖は神託者がせいぜい。
そういえばドゥノーでも相当な扱いをしてもらうし、こういうものか。
あまり神託者を自称する機会もなかった陸歩には、自分がその対象、というのが、イマイチぴんと来ないが。
「よくぞお立ち寄りくださいました、神託者様」
街の首長を名乗る老人が、やはり神職らしい衣装で、陸歩たちの前に膝をつく。
「何か入用のものがありますれば、なんなりと」
「あぁ、どうも、ありがとうございます。
……で、えーっと、後出しに言うのも、恐縮なんですけど……実は」
いま、持ち合わせが。
歯切れ悪く言う陸歩に、長老は「とんでもない」と目を丸くした。
「そのようなことは。お気になさらないでください。
――察するに、そちらの女性をどこか苦境から、救っていらしたのでしょう?」
「いえ……助けるのは、これから、ですね」
「それはそれは。ご立派なことです」
その間にもご馳走が次々に運び込まれてくる。
キアシアは、まだたくさんを食べられる体調ではないようで、申し訳程度の少量を口に含んでいるだけだ。
陸歩もどうも、大勢に見張られながらタダ飯を貪るのは気が引けて、手が重い。
早々に話を付けるがよかろう。
なるだけ真摯な態度で、陸歩は切り出した。
「首長様。もう一つ、実はがありまして」
「伺いましょう」
「あちらの鎧……祭器とお見受けしますが」
本殿の奥。
安置されているのは年代物らしい鎧一式だ。
……改めてみると丁寧かつ重厚な仕立てで、如何にも歴史を感じさせる貴重品。
以前の自分はあれを、神様に言われるがまま、無断で持ち出したのだと思うと。
代わりにと神様が、一齧りしたリンゴを置いていったが……。
「――あちらを、お譲り頂きたいのです」
さすがに図々しい申し出か。
先方も、顎を撫でて思案の素振り。
「あの甲冑は、お見立て通り、祀り崇めるためのものでして。
実際の武具としては頼りないかと思われますが。
神託者様が御自身で纏われて、戦いに赴かれるのですか?」
「はい。
オレ……私の主たる神が、あれを良しとされ、あれを用いよと」
おぉ、と覗いていた人々が一様にどよめく。
長老はほうと息を吐いた。
「神託者様の主神様。
御尊名を、お訊ねしても?」
「今は失われし古の大神です。
名前は……それを取り戻す旅を、主は私に任じました」
おおぉ、と人々がより大きくざわつく。
長老は畏れ多いように唸った。
「その試練の道に、我が街の祭器を携えられようと、仰られますか」
「いかにも、そういう訳で」
それなら是非もない、と長老が頷いた。
「なんとなんと、光栄なことでしょうか。
どうぞ、お役立てください」
「ありがとうございます」
「ですが、そのぅ……持っていって頂いて一向に構わんですが……」
と、長老は何やら肩をモソモソ。
はにかむような半笑いをして。
「先ほど『お代は不要』と見栄を切っておきながら、舌の根の乾かぬ内に、大変意地汚く、不躾とは思われるでしょうが……」
なるほど。陸歩も言わんとしているところを察した。
世の中、魚に心があれば水の心がつきものだ。
何でも言ってください、と身振りで示す。
では、と告げられた要求は。
「鎧の代わりに何か、拝むものが必要になりますので……。
神託者様に縁のものを、どうか、ひとつ……」
と、言われても。本当に手持ちは何もなく。
一口齧ったリンゴでも渡そうか……などとつまらないことを考えかけて。
そうだと思い直す。
陸歩は、翼から、羽の一枚を抜き取った。
それを長老の前へ、そっと差し出す。
立ち会った全員が固唾を呑む気配。なんとも面映ゆい。
一枚でも光の加減で極彩色に煌めくそれを、長老は震える手に取った。
「なんと、神々しい……」
「あー、お気に召したなら、何よりで。
……それじゃ、鎧のほう、頂戴しますね」
キアシアと目配せ。
二人で正座のまま後ずさるようにして、祭器の前に立った。
ずっと、陸歩の手に、大事に握られていたもの。
神様より渡された、一本の鍵。
「――――」
今、万感の思いで、鎧の胸へ挿した。
「――――」
背後で人々が上げる驚愕も、今は遠い。
陸歩は、キアシアも、ただ目の前で繰り広げられる、過日の再現にばかり目を奪われる。
鎧の足元から、鱗のように鋼が剥がれる。
祭器だったものは、輝くヒトガタのシルエットとなり。
やがて、赤髪の乙女へと、凝固した。
はためく彼女の衣装もまた、紅。
「――リクホ様。キアシアさん」
イグナが微笑み、すぐに表情を引き締める。
「ひとまず、状況の共有を、願えますか?」




