表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
296/427

起:承 ≪福音≫

 かつて闊歩(かっぽ)した居城(きょじょう)は見る影もない。

 輝く壁は(くず)れ、床はひび()れ、天井は今にも落ちそうだ。

 (こけ)(おお)われ、木の根が張り、土と(ほこり)が積もっている。


「…………」


 男の怒髪(どはつ)が天を()く。

 その輪郭(りんかく)は毒々しい紫の発光に(ふち)取られ、周囲を(あぶ)った。


「どうか落ち着いてください、ダンダルフォ」


 同行のカナは、ハンドベルに触れながら、慎重に声をかけた。

 この短い付き合いでもダンダルフォの直情径行(ちょくじょうけいこう)は明らかで、下手に刺激すれば味方でもどうなるか。

 場合によってはすぐに骨に戻す必要もあるやも。


「…………。

 お前の力なら、俺様の城を、元通りに出来るんだな?」


「えぇ。可能です」


「この城は神器だぞ。本当に、出来るんだろうな?」


 くり返し問われて心外……とは、カナは思わない。 

 神器は(ことわり)外縁(がいえん)、ぎりぎりのところに存在する。

 人の手では破壊もままならず、修理など(さら)(かな)うものかと、(あや)しまれても当然のことだ。


 実際、この城に時間という理が適用されるのか。

 神器とは神の器、ゆえに永遠の器物(きぶつ)だ。

 永遠は、瞬間を無限に積み重ねたもの……ではない。

 時間の操作では永遠には、永遠にたどり着けない。


 などという懸念(けねん)は、カナはおくびにも出さなかった。


「心中はお(さっ)ししますが、そう疑わないでください」


「俺様の心中を察するだと?」


 鼻を鳴らした。

 (まと)う雰囲気に皮肉気(ひにくげ)なものが()じり、怒気(どき)がわずかに(やわ)らぐ。


「どれほどの歳月(さいげつ)私財(しざい)をかけてこの城を我が物としたか……。

 俺様の()めた苦渋(くじゅう)辛酸(しんさん)が理解できるかよ?」


「なんとはなしに、(うわさ)には、聞いていますが」


 ダンダルフォ・ギグスタヴの素性(すじょう)は、ある程度は調べてある。

 何しろ、この男を高弟(こうてい)の一人に(むか)えようか、という案が()がった時期があった。

 その後に魔女が心変わりして、それは実現しなかったが。


 確か南方の大陸に広大な領地(りょうち)を持つ名家の一人息子。

 恵まれた生まれ。恵まれた財。

 恵まれた魔力。

 その体躯(たいく)も恵まれたが(ゆえ)のもの。


 そんな御曹司(おんぞうし)が、なるほど初めて苦労と挫折(ざせつ)を味わいながら、ようやく手中(しゅちゅう)にしたのがこの城か。

 さぞ愛着のあることだろう。


 ダンダルフォは()()めるように言った。


「願った日に手に入らなかったものは、後にも先にもこの城だけだ」


「…………。なるほど」


「理解できたかぁ!?」


 と、ダンダルフォが声を(あら)らげる。突然。

 本当にコロコロと、次の瞬間には最高温度で激情(げきじょう)を燃やす男だ。

 魔女が彼を(まね)かなかった理由は、まさか組織運営を考えての采配(さいはい)ではあるまいが、彼と(くつわ)を並べる羽目(はめ)にならなかったことをカナはこっそり感謝した。


「えぇ。貴方にとって唯一無二、絶対の城だと」


「そうじゃねぇ!

 ……お前、出来るって言ったな? 出来るんだな? 俺様の城を元通りに。

 出来るってんなら……その日のうちに、出来るんだよなぁ? そういう意味だろ?」


 今日中に出来なきゃどうなるか。

 という言外(げんがい)恫喝(どうかつ)がはっきりと聞こえ、カナは肩を(すく)める。


「えぇ。もちろん。

 そのために今、城の中枢(ちゅうすう)を目指しているのです。

 さぁ、ダンダルフォ・ギグスタヴ」


「…………。こっちだぁ」


 決してカナは指摘しなかったが、ダンダルフォはどうも道に迷っている様子だ。

 ()ちた浮遊城は山の斜面(しゃめん)崩壊(ほうかい)し、縦横もずれ、階も途中でずれ、以前の地図が頭にあってもさほど役には立たないのだろう。

 それを悟らせまいと、男は堂々と振る舞ってはいるけれど。

 廊下の分かれ道に()()かる度、イライラを(ふく)らませていた。


 部屋によっては、廊下によっては逆さまだ。

 獣の巣と()した場所も多い。


 そんな中で。

 その場所だけは、空にあったときとまるで変わらない。


 あぁ、と男が息を()らした。

 カナもさすがに感嘆(かんたん)が口を()いて出る。


「なんと、神々しい……」


 白く清く、輝く玉座(ぎょくざ)()

 そこには空気の一吸(ひとす)いまで、神秘が(にじ)んでいた。

 神々しい。そうとしか形容できない。

 壁に()られた紋様(もんよう)は全て神智(しんち)文字。

 天井は高く、高く、果てが見えない、まるで天空を(いただ)いているよう。


 神の座の、忠実なレプリカが、ここに。


「帰ったぞ。マギュラ!」


 ダンダルフォが吠え、中央の玉座へ、一歩。


 ――その背を陸歩が()()いた。

 左の肩から右脇へ、一閃。


「あぁ?」


「帰るなら地獄へにしろよ、ダンダルフォっ!」


 (ひるがえ)った鈴剣は、今度は右肩から袈裟(けさ)に。


 (またた)()に大男の身体が、上半身と下半身、右半身と左半身、四つに切り分けられた。


 カナはハンドベルをとっさに()らす。

 自身が(まと)う時間を進め、2秒後にいるはずの地点へ一瞬で移動。

 元いた場所を、アインのフランベルジュが()でた。


「ようカナぁ!」


 ち、とカナが舌を打つ。


「思ったより、早い再会になりましたね」


 想定よりずっと早い。

 てっきりもっと体勢を(ととの)える時間を取ってくるものと思っていた。

 それが、こうも急いで()ちにくるとは。

 (よみがえ)らせたダンダルフォが、(はか)らずもジュンナイリクホの怨敵(おんてき)であったことは、威嚇(いかく)に作用すると思ったのに。どうやら逆だったらしい。


 陸歩もまたカナに刃を向けようと、

 胸倉(むなぐら)(つか)む腕。


「は?」


 ダンダルフォの左腕だ。

 右腕もまた宙に()き、()りかぶっているではないか。


「――っ!」


 横っ面を(なぐ)られる。

 吹き飛んだ陸歩が壁に埋まる。


 バラバラにした男は、逆回しで再び身体をくっ付けた。


「便利なもんだなぁ? あぁ?」


 再生した(おのれ)を確かめつつ、ダンダルフォは、

 目を()いた。


「おい、テメェ、」


 カナが走る。

 時間の早回しも(まじ)えて、猛然(もうぜん)と。

 玉座へ向かって。


 浮遊城マギュラ。

 その主の椅子には、座ったものに神格を(さず)ける力があるという。


「待ちやがれ小僧! そこはこの俺様のっ!」


 その座に、カナが、()いた。

 彼の頭上に現れる、透明に輝く巨大な(かね)


「響け――――」


 荘厳(そうごん)福音(ふくいん)が、世界を()する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ