キアシアについて
キアシア・ノートン。
オレをこの世界へ誘った少女。
オレの大切な仲間。
好きなものは犬と猫。
葡萄も好きで、見てよし、触れてよし、食べてよしとのこと。
あとモチモチした食べ物が好物のようで、イグナからレシピを教わった寿甘はお気に入りのようだ。
お洒落にも興味津々。年頃の女の子だもんな。
オレの服や髪型にもちょくちょく注文を付けてきたり……お母さんか。
特技は料理。
それ以外だと賭け事。
すごいの、めっちゃ強い。
カードでもコインでもサイコロでもルーレットでも。
酔っぱらったキアシアに引っ張られて賭場に繰り出した夜があったけど、オレには恐怖の思い出として刻まれている。
いやオレは後ろでハラハラ見てるだけだったけどさ。
積み上げた無数の身ぐるみ。
任侠な人たちまで薙ぎ倒し、大親分との一世一代の勝負……。
今でもあの街でキアシアは語り草で、訪ねれば姐さん姐さんと慕われる。
嫌いなものは光る石って言ってた。
へいへい、誕生日には贈らせていただきますとも。
角も翼も鱗もないが、彼女は厳密には亜人である。
エァレンティア大陸の少数種族。
その両目は、時とともに色を変える虹の魔眼。
彼女の一族は代々、特殊な料理術を伝承してきた。
始まりは輪廻転生を司る神の業だったとか。
千年の昔、まだ地上にあったその神様は、天上に去る前に自らの権能を残しておきたい、と思われたのだそうだ。
名乗りを上げたのがキアシアの祖先である。
神の御力を、ヒトの身でありながら血の滲む研鑚で会得したものが件の調理術で、命を育むために命を捧げる、高潔な生命循環の術である。
当時は神様も口にしたはずの品を作れるその技、それを体得した料理人は、下手な神器を凌ぐくらい貴重な存在だったりする。
彼女たちの魔眼も、食生活が由来か、とも言われていたそうだ。
眼窩から抜き取ると結晶化し、奇跡をたっぷりと含む神秘の玉。
オレも何度助けられたことか。
それとも神様が、命に臨む真摯な双眸に誉れあれと、授けたものか。
いずれにしても見惚れるくらい綺麗な瞳。
吸い込まれるよ。
その調理術は、本来ならば長子が継ぐところを……まぁ、訳あって、次女のキアシアが学んだ。
それについてキアシアが不満を言うことはない。
修業時代の愚痴も聞いたことがない。
ただ、相当の苦労はあったようで、彼女の料理を食べさせてもらえることに一層の感謝が湧くね。
いずれは彼女も子どもを作って、その技を伝えるんだろうか。
キアシアが残さなければ、調理術は絶えてしまう。
どころか……キアシアが子を産まなくては、彼女の種族が絶えてしまうことだってあり得る。
そのことをキアがどう受け止め、どう考えているのか……訊けないよ、さすがに。
彼女の心の深いところは、孤独なんじゃないだろうかと思うと、堪らなく心配になる。
彼女の家族は、もはや姉のゼアニアのみだ。
両親も親戚も幼馴染も友達も……同じ種族の仲間は、もういない。
あの男が。
ダンダルフォ・ギグスタヴ。
あの男が、全てを奪った。
思い返すだけでも、オレも腸が燃える。
あの男は。
あの男は。
…………。
あの男は、キアシアたちの前に、その魔眼と調理術を求めて現れた。
神の座に辿り着き、この世界を手に入れようという、薄汚い野望を持って。
携えた浮遊城の兵力でもって、キアシアの一族郎党を諸共に捕らえたあの男は……文字通り、彼女たちを食い物にした。
魔眼を城の動力源に。
魔眼を自らの食料に。
繋がれた彼女たちが、味わわされた苦痛がどれほどか、オレには想像も出来ない。
家族の目を抉らされ、それを自らで調理させられたキアシアの気持ちなんて。
目の再生を促すための拷問は、思い出しても胸が悪くなる。
同胞たちの死を乞う声……オレだったら、きっと耐えられない。
キアシアは強かったんだ。
命懸けで逃げ出して、復讐と一族の解放を願って、神降ろしにまで挑んだんだから。
その儀式に巻き込まれ、オレがこの世界にやってきた、その意味とはなんだろう。
単なる偶然だったんだろうか。
ここが、ナユねぇが想像し創造した世界と知った今、何か因果があった気がしてならない。
神の計らいだったのだとしたら。
オレは神に感謝する。
あの男をこの手にかけたことを誇りに思う。
ダンダルフォ・ギグスタヴ。
あの男はオレが殺した。
あの時のオレは……怒りに任せた火の獣で、ところどころ記憶が欠落してる。
奇跡の魔眼を大量に食らい、強大な魔人となったあの男。
オレはあと一歩で、逆に殺されるところだった。
出会ったばかりのイグナがオレを救ってくれた。
キアシアの魔眼がオレを救ってくれた。
その男が。
ダンダルフォ・ギグスタヴ。
あの男が、蘇ったなんて。
そんなことは許さない。
もう一回暗い黄泉へ送ってやる。
あいつには、永遠の地獄でも生温いんだ。もう一回オレの業火で焼いてやる。
あんなケダモノを生き返らせた奴も同罪だ。蘇生の手段も滅ぼしてやる。
もう二度と、キアシアは傷つかなくていい。
もう二度と、いや一度だって、彼女があんな思いをする必要はなかったんだ。
キアシアはオレが守る。
何度だって。
必ず。




