結:急 ≪城主≫
あっさりと腰を上げたニリスは、スタスタと下りていく。
石階段を踏む足音がどんどん小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「…………」
カナの友達を名乗った幼い少女は。
カナの敵であると宣った陸歩たちに、最後の最後まで敵意の欠片も見せなかった。
子どもの無知ゆえだろうか。
それとも……一瞬にしてずっと未来までを体験したため、だろうか。
「……いくぞ」
標的がすぐそこにいる。
陸歩は神経を研ぎ澄まし、仲間たちも戦闘の予感に張り詰めた。
可能なだけ気配を殺し、階段の続きを登る。
隙を生じぬようドアは四人で連携し、開けた。
「――――」
一部屋くらいの規模の、円形の間。
中央には、吊られているはずの鐘が降ろされ、床に鎮座している。
「…………」
鐘の裏に、人影が落ちている。
陸歩は目で合図した。
アインが頷いた。
指で、3、2、
「――いち!」
陸歩が右から、アインが左から飛び込む――
りん、とハンドベルが鳴る。
「――」
ぴたり、と陸歩はその場に固まっていた。
アインもまた。
イグナも、キアシアも同じに。
「――貴方がいながら、迂闊ですね、アイン」
つい、と姿を現すカナ。
「僕の能力を知らないでもないでしょうに。
不用意に僕の領域へ踏み込むなんて」
動けない。
動かない。
身動きを封じられているのとは違う――陸歩は硬直の中でそう感じた。
これは、命のやり取りの中で時たま覚える、刹那が何百倍にも延長される感覚。
いま自分は、一秒をどこまでもどこまでも、引き伸ばされている。
一秒が、終わらない。
「ですが、来てくれて手間が省けまし、た?」
カナの肩を、隣に立つ男が突き飛ばすように押しのけ、前に出た。
瞳は憤怒に燃えている。
熊のような大柄を、さらに殺気で倍以上に膨らませていた。
「――久しぶりだなぁ」
濃く、濃く、あまりに怨嗟に濃い、地獄の暗さをたっぷりと含んだ声音。
「ジュンナイリクホぉっ!」
「――っ」
永遠に続く一秒の中、陸歩はそれでも、脳裏を貫く電流に震えた。
何故。
どうして、この男が、ここに。
男は両手を拳にし、毒々しい紫の炎を灯した。
「今度は、テメェが、死ねやぁあぁぁっ!」
「っ!」
技と呼べるほどの精妙もない。ただの殴打、ただの暴力。
陸歩の腹に叩き込まれた拳は爆破の威力。彼を軽く吹き飛ばした。
「か――っ」
大鐘楼の壁を突き破って青空へ放り出された陸歩は、時間停止から解放され、ぱっと血を吐き零す。
同時に銃声。
イグナの鳩型ワスプが、その口腔から、男とカナへ弾丸を浴びせかけたのだ。
カナはハンドベルを鳴らし、弾丸を空中で固定した。
引き換えに自由となるアインたち。
男は、まるで豆鉄砲かのように、9mmを意にも介さない。
「チぃ!」
アインは一瞬だけ思考を巡らせ、すぐにカナへと躍りかかった。
正体不明の、陸歩と因縁あるらしい巨漢より、時間操作能力者を重く見ての判断だ。
男へは、イグナが立ちはだかる。
その表情は、感情を押し殺そうと努めているものの、紛れもなく驚愕と動揺が滲んでいた。
「貴方は……」
「あぁ、テメェにも世話になったんだったなぁ、小娘ぇ。
だがそれより……。
――キアシアぁ!」
「っ!」
部屋の入口、キアシアは自分を抱いて震えている。
信じられずに見開いた瞳には涙が溢れ、歯の根はガチガチと合わず、膝は今にも崩れそうな有様だ。
「会いたかった。会いたかったぜぇ? なぁ?」
「ぃ、い、や……」
「お前もそうだろう? 俺様に、会いたかったよなぁあっ?」
「いやぁあああぁぁっ!」
逃げ出す、こともキアシアの恐怖に竦んだ脚には出来ない。
尻餅をつき、それでも何とか離れたくて、床を擦りながら後ずさると、階段から転げ落ちる。
「キアシアさん!」
「う……あ……」
一つ下の踊り場で、息も絶え絶えに鼻血を流している。
キアシアの安否が堪らなく心配なイグナだが、いま目の前の男から視線を外すことは出来ない。
あまりに危険な男。メモリの深いところにそう刻まれている。
だが何故。
どうして、この男が、ここに。
確かにあのとき……死亡を確認したはず。
「ダンダルフォ・ギグスタヴ……。
本人、でしょうか」
「あああ? 俺様が俺様じゃなかったら何様だってんだぁ!?」
「……なるほど、時間の遡行による蘇生、ですか」
厄介な。
呟きながら、イグナは両手をEブレードへ変形させた。
この男が全盛期のまま、ここに呼び戻されているのだとしたら。
「テメェにもたっぷりと礼をしなくっちゃと思ってたんだぜ!」
「左様で」
つい、とイグナの視線が左へ移った。
戦闘者の本能か、ダンダルフォの目がそれを追って、右へ。
――壁を破って飛び込んだ陸歩の蹴りが、男の左脇に突き刺さる。
「っがぁ!」
「お返しだ!」
炎灯す陸歩の蹴りが、巨体を容易く空へ押し出した。
「リクホ様っ」
「イグナ、キアシアを! アイン構えろ! 離脱するぞ!」
「あぁ? こっちはちょうど盛り上がってきたとこで、」
陸歩はすでに翼を広げていた。
左手の光輪から、紫電が迸る。
大鐘楼が一息で崩壊した。
瓦礫とともに全員が放り出される。
特に顔色を変えたのはカナだ。
塔を形作っていた石材が、街へ降り注ごうとし、慌ててベルを鳴らした。
「よくも、無茶をっ」
宙に固定される煉瓦や木片や金属部品。
そのうちの一つに止まったカナは、隙間を縫って降りていく陸歩たちの姿を認めた。
「待ちなさい!」
ハンドベルを振り上げる。
……舌打ちを一つ。
「…………逃げ足の速いことです」
ベルを鳴らす。
巻き戻された大鐘楼が、見る間に形を取り戻していく。
>>>>>>
フォーナメリッツを出た陸歩たちは、数十キロを駆け抜け、まだ走り続ける。
陸歩の焦り。
彼の背に負ぶわれ、取り乱し切ったキアシア。
警戒に張り詰めるイグナ。
その姿と敗走の様に、アインが唾を吐く。
「おい! 一体なんだってんだよ! どこまで尻尾を巻きゃ気が済むんだ!」
「…………、あの男……」
「あぁ!?」
「カナは、死んだ人間を蘇らせることまで、出来るのか?」
「知るかよ! あのデケェ男のことか!? 何なんだあいつは!」
キアシアの震えが強くなる。
少しでも安心させたくて、陸歩は更に脚を速めた。
今は一刻も早く、遠く、安全な場所へ。
滑るように追走するイグナが代わりに、全く息切れなく答えた。
「あの男は、ダンダルフォ・ギグスタヴ」
キアシアの震えが、更に。
「キアシアさんの一族を捕らえ、支配し……そして滅ぼした男です」




