起:急 ≪手記≫
手記No.41:『時計仕掛けの時計街』フォーナメリッツ
―― 箙の月/上舌の曜 ――
フォーナメリッツはジッズ大陸北部の街だ。
魔女高弟十六人衆の一人、カナの生まれ育った街。
時計の街。
犬の街。
そして老人の街だった。
歯車に彩られた街である。
カラクリ産業の街だが、クレイルモリーとは流派が違う。
雰囲気も正反対だな。
何しろ緻密。
建物も通りも、塔も工場も、全てが厳格な計算の上で建っている。
なぜならこれらは残らず『部品』だから。
建造物一つが歯車の一個、ねじの一本と同じ役割をしている。
イグナの直感は正しかった。
ここは時計の内部機関。この街は、一つの巨大な時計。
街中、至るところにあらゆる種類の時計が立っている、掛かっている。
振り子時計、砂時計、日時計、水時計。
その他斬新な方式で時を計る装置。
蝿時計、とは面白い。
ガラスケースの中、蝿が閉じ込められていて、一緒に詰められた腐肉へ何匹が止まっているかから複雑な公式を経て時間を割り出すんだ。
見栄えは最悪だけどね。
それらフォーナメリッツの時計は、全部が連動している。
全部だ。
街中の時計が、一秒を打つたびに、他へそれを出力しているわけ。
これによって無数の時計群は互いに互いを補正し合い、フォーナメリッツは永遠に正確な時を刻む、という仕組み。
街全体が一連の時計回路。
フォーナメリッツが一つの巨大な時計というのは、こういう訳。
名物は時計。言う間でもないよな。
置時計や掛け時計、腕時計や柱時計、懐中時計に目覚まし時計。
最近では定刻を二万も記憶させられるアラームが開発されたとか。
……こんなに高い技術と品質を誇るのに、他所の街や大陸へ卸していないのか?
時計と言えば、で挙がりそうな街なのに。
時計でないなら、何で外貨を獲得しているんだろう?
まさか街一つで完全に自給自足? 周辺で農耕をしている様子もないのに。
牛乳だって近隣の村から仕入れていたじゃないか。
要調査項目だな。
そういえばオレたちの旅の荷物に時計はない。
計数の天使たるイグナが傍にいてくれるから、必要に思ったことはなかった。
キアシアの魔眼だってある。彼女の瞳の色は、時とともに変化するから、濃淡まで読み取れれば現在の時刻もわかるんだ。
でも、服飾品としての時計、いいよなぁ。
かっこいい腕時計には、つい物欲が湧く。
歯車。ゼンマイ。針。チクタク。
クール。
イグナには懐中時計が似合うんじゃないかな。
すっと背筋を伸ばした彼女が、手の中の金時計に一瞥をくれるとこ……想像してごらんよ。
料理のときに役に立つんじゃないかって思ったんだけど、キアシアには「食材の表情を見てるから」と肩を竦められた。
そんなキアもデジタル腕時計に心奪われた様子。
意外な好みかな?
それから、犬が多いな、フォーナメリッツ。
イコールで愛犬家が多い。
ちなみにジッズ大陸には野犬が生息していない。
ということはここの犬たちは、他大陸から持ち込まれたものか、その末裔ってことか。
フォーナメリッツの犬好きには何か理由があるんですか、とカフェのマスターに訊いてみた。
宗教とか。獣避けとか。
回答は「いるのが当たり前だからね」とのこと。
「人間より犬が先だったかも」とも。
なるほど?
それでもってお年寄りが多い。
というか、若者が全然いない。今のところ見かけていない。
どうも、若い衆はどんどん外へ出て行ってしまったらしい。
ここの人の多くは技師職人だが、いずれも後継者がおらず、当代で工房を閉めるつもりのようだ。
勿体ない気がしてならないけど、みんな諦めがついていて、抗おうって気はない。
「この街は老衰を始めているんだよ。終わりへ向かって針をゆっくり進めているんだ」とは、これもマスターの言葉。
なんでまた若者が逃げちゃうのか、と不思議だけど。
「若いもんは、この街と時間の流れが違うからね」。
意味深。
今のところ、カナについてはノーヒット。
街の人たちが隠してるって線も疑わなくてはいけないか。
オレ自身を餌に、釣り出す策も必要かもね。
とにかく用心して、寝泊まりは街の外に出て、野営だな。
何とか扉の樹の鍵を手に入れたいところだけど。
見込みは薄い。
フォーナメリッツの樹は、こちらも老木で、鍵をつけるペースがとても遅くなっているんだそうだ。
おかげで一本がすごい値段。
しかも現在在庫なし。
もうしばらく、この街で粘らなくっちゃいけないな、こりゃ。
少なくとも感じた疑問、違和感が解消されるまでは。
万が一にカナとは遭遇した場合には、即戦闘になるだろうか?
話の出来る相手と見ているけど。
さてさて。




