起:序 ≪帰郷≫
時計塔の鐘が鳴る。
家々の時計、街頭時計も一斉に。
仕掛けのあるものからはブリキの鳩が飛び出したり、開いた文字盤の中で人形が踊ったり。
砂時計は落ち切って、自分でグルリと逆立ちした。
おやつの時間だ。おやつを作る時間。
街中の子どもが歓声を上げながら集まって、扉の樹の広場で準備を始めた。
彼は生地を混ぜて、彼女は湯を沸かして。
僕は竈に火を入れて、私はクリームを泡立てて。
手際が大事。
時間は有限。
役割分担で揉めることも淀みもない。
香しい焼き菓子の匂い。
淹れたての紅茶の匂い。
青空の下に持ち出したテーブル、椅子。
どれも熱で炙ったみたいに歪んで、脚の高さもバラバラ。
みんなで作った家具だ。
斜めになるけど、でも誰も気にしない。
仕事を済ませた子たちが、着席していく。
お菓子の皿は配り終えただろうか、カップは全員に行き渡っただろうか。
子どもたちはそれぞれが、腕に巻いた時計、首から下げた時計、ポケットにしまっていた時計で、時刻を確かめた。
時計塔の鐘が鳴る。
家々の時計、街頭時計も一斉に。
仕掛けのあるものからはブリキの鳩が飛び出したり、開いた文字盤の中で人形が踊ったり。
砂時計は落ち切って、自分でグルリと逆立ちする。
さぁ、時間だ。
いただきますの時間。
――いっただっきま、
「まって!」
誰かが叫んだ。
自分の時計――針が六本もある懐中時計――をじっと見つめながら。
「ちがう、いただきますの時間じゃない」
ざわざわざわ。
みんな、一様に自分の時計を確かめた。
あっ、これは。
「――おかえりなさいの、時間」
視線が扉の樹へと集まる。
ドアが、開いた。
「ただいま」
「「「おっかえりぃいいぃ!!」」」
我先にと駆け寄る子どもたち。
その目は、焼きたてお菓子へ向けていたとき以上に輝いて、口々に「おかえり」をくり返す。
「おかえり!」
「おかえりカナ!」
「カナみん、おかえり!」
「おかえりおかえり!」
「はい、ただいま。みんな元気だった?」
久しぶりに故郷に戻ったカナ。
普段から物腰柔らかな彼が今、特に相好を崩している。
群がる小さな背丈、小さな頭を次々に撫でて、一人一人の変わらない様子を喜んだ。
本当に。
この街の子どもたちは、変わらない。
「カナっち、おみやげは?」
「あぁ、あるよ。扉の奥。持ってきてくれる?」
はぁーい!!
と元気な声と手が上がった。
次々に広場へ運び込まれてくる箱、箱、箱。
帰郷のためにカナが集めてきた宝物たちで、子どもらの興味はとっくに、おやつの時間からこちらへ釘付けだ。
遠く離れた他大陸の品々。
おもちゃ。
衣装。
お菓子、果物。
文具や本。
「ねぇ、カナ。これはー?」
一際大きな箱。
中で人が寝そべることも出来そうな『それ』は……。
子どもの何人かが協力し、剥がすように蓋を開ける。
それは、棺。
中身は、もちろん……。
真っ白に朽ちた遺骨が、空っぽの眼孔で見つめ返していた。
そんなものが、三つ。
だが。
目の当たりにしても、子どもたちの誰も、無邪気を絶やしはしなかった。
「なにこれー」
「ほねぇー?」
「あぁ、それ。仕事で使うんだ。
鐘楼まで運びたいんだけど。台車ってある?」
「あるよ!」
「えーいいじゃん、このままで! もってこ!」
「じゃあおれこれー!」
じゃあ僕はこれ私はこれと、小さな手が棺から骨を一片ずつ取り上げていく。
そして転がるように鐘楼まで走るのだ。
髑髏などは可哀想なもので、数人の子らの間でボール代わりにパスされていた。
「あーらら……迂闊だったかなぁ」
三体分の骸がバラバラにされて、果たして元通りに組み上げられるか。
カナは甚だ不安である。
>>>>>>
鐘楼の上。
青空の傍。
吊られた鐘は床に降ろされ、その周囲には白骨が三体分、横たえられている。
杞憂だった。
安堵の息がカナから、ほっと漏れる。
並べられた骨は正確に人体通り。きっと取り違えられることもなく、本人のもので揃っているのだろう。
この街の子どもたちは、片手で時計を分解し、もう片方の手で直すくらいは朝飯前なのだ。
部品よりよほど大きな人骨など、彼らにはきっとパズルにもならない。
当の子どもたちは、すでに『遊びの時間』になっていて、街で思い思いに過ごしていた。
耳を澄ませばここでも、はしゃぐ声が聞こえてくる。
あぁ、やはり。
カナは、安堵の息を漏らした。
生まれ育った街ほど、落ち着く場所はない。
ここは変わらない。ずっと。
これからも。
「――さて。始めますか」
腰からハンドベルを抜いた。
大きく振りかぶる。
「――――っれ!」
殴殺、くらいの思いきりで、鐘をベルで打った。
おんおんと、重低音が街中に響く。
子どもの楽しそうな悲鳴がこだました。
カナは、もう一度。
もう一度。
骨身に染みるほどの音量だ。
歯を食いしばっていなければ、うっかり意識が持っていかれそうなほど。
肌が、肉が裂けそう。
骨が震える。
骨が震える。
骨が、震えている。
鐘の周囲に並べた骨三体、びりびりと震えている。
それはやがて、身じろぎと呼べるほどで、振動とは明らかに別に、ぶるぶる、がくがく。
「――――」
ついに。
ガバっ、と白骨の腕が持ち上がった。
その指先へ、饐えた風が逆巻いていく。
カナは額に汗を、口元には笑みを浮かべながら、さらにベルを、激しく。
空っぽだったはずの髑髏の眼窩へ、紫の火が灯る。
肋骨の内側、左胸の中では、鍵の刺さった懐中時計が、コチコチと時間を刻み続けていた。
骸骨が。
逆巻く風を、纏っていく。
肉を。臓を。筋を。纏っていく。
「さぁ、蘇れ。
悠久の時を超え、今ここに、目覚めよ!
過去英雄たちよ!」




