結 ≪雷切≫
イメージは予習済み。窓辺で何度も練ってきた。
心に強く描くのは、閃く雷。
「ふっ――」
身を潜めていた暗雲から飛び出して、空を裂く稲光を思いながら、陸歩は一刀を振り下ろす。
鈴剣の刀身は、剣士の魂の有り様に呼応して、まさしく稲妻の形と色をしていた。
快刀乱麻と呼ぶに相応しい会心の一閃。
相手が岩であれ鉄であれ、唐竹割りは必死。
「へっ!」
即応したアイン。
彼の波打つ刀身が、怖じることもなく正面から受け止めた。
剣圧が爆ぜる。
「良い剣だ!」
「っ!」
鈴の音がちりちりと耳朶を痺れさせた。
互いの刃が擦れ、しかし背筋凍らす不快な響きなどではなく、まるで剣同士の会話、合唱。
「だが! 軽いな! 軽いぜリクホ!」
百も承知だ。
雷の速度で飛び退った陸歩は、再び雲間に紛れ、気配を殺す。
いま模索しているのは鋭さに主眼を置いた戦法。
鈴剣は細く、受け太刀や鍔迫り合いの力比べは端から考えていない。
「――――」
陸歩は一瞬たりとも足を止めない。
どれだけ呼吸を、気配を絶ったとて、羅刹の勘は容易く探り当ててくるはず。
ならば、いっそ隠すまい。
周囲を跳び回り、注意を散らしてやる。
アインは堂々とその場で、フランベルジュを右手に、左は徒手にして、緩く両腕を広げている。
背を丸め、前傾になり、腰を落として全神経を尖らせていた。
「さぁて……?」
戦闘の高揚に、羅刹の舌が唇を舐めた。
雷が迸る。
「―そこぉぁ!」
アインの斬撃は、音よりも速く光よりも鋭い。
しかし。
手応え、無し。
「……ありゃ」
「――そりゃ本物の雷だよ」
そ、と陸歩がアインの首筋へ、白く輝き猛る刀身を添えている。
羅刹は眉をハの字にしながら、口角を上げた。
「はぁー。上手く成り切ったもんじゃねぇかよ。完璧に見間違えたぜ」
「おう。ようやく、オレの一本だな」
四回目で一本。
前回は七回で一本だったことを思えば、目覚ましい進歩に違いない。
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天空で風に吹かれれば、火照った身体もすぐに冷える。
……というか、汗が凍る。
氷結したまつ毛が鬱陶しくて、陸歩は何度となく目を擦った。
天文台から出た外は、およそ生物のいるべき場所ではない。
極寒。
酸欠。
そして感電。
存在するだけで修行になる。
そんな中で、ひとしきり剣を振り回した陸歩とアインは、今は切り立った崖に腰掛けていた。
雲はとっくに東へ流れていて、辺りは晴れ渡っている。
そろりそろりと登り始める朝日。
「絶景だなぁオイ」
「まぁね。早起きの甲斐はある」
二人とも歯の根はしっかり合っていて、酸欠や寒さで意識が暗くなる様子もない。
巨人ってのは頑丈だな、と陸歩は自分のことを棚に上げて思った。
大きく息を吸ったアインが、ずっと少ない量を吐いて言う。
「地上に戻ったら生まれ変わった気がするだろうぜ」
「うん?」
「こんなに空気も温度も薄いところに、これだけ慣れたんだ。
地べたなんか、呼吸にも心臓にも負荷のない、楽勝の世界だろ」
なるほど、高地トレーニングの要領か。
それがどれほど自分の肉体に影響するか、陸歩も多少の期待しながら、愛刀の冷たい刃を掌で撫でた。
「……もっと、強くなんなきゃだもんな」
「良い心がけじゃねぇか」
にやりと羅刹の笑み。
獲物がより美味になろうとしていることを喜んでいるのか。
からかう口ぶりで。
「剣もようやく固形になったな?」
「言うなって……」
鈴剣は、陸歩の心を写して姿を変える。
これが数日前は水銀のような有様だったのだ。
理由は言うまでもなく、那由多。
ようやく会談の叶った少女。
最愛の姐の、過去の姿。
魔女に連れ去られた……のなら、まだしもだったろう。
彼女は、自らの意志で魔女と共に去っていった。
魔女は、陸歩と那由多の接触を妨げるような真似すらしなかった。
陸歩は彼女に伝えるべきを全て伝えた。
自分が何者か。
那由多の未来がどうなるか。
魔女がどういう存在で、どんな非道をしてきたか。
それら全てを聞いて――那由多は、陸歩を拒絶したのだ。
――魔女さんを悪く言わないで!
――私をここへ連れて来てくれた恩人なのよ!
――その恩人を悪人みたいに言う人のこと、信じられるわけないじゃない!
引っ叩かれた頬は、今も鈍く痛む、気がする。
アインの足が、陸歩の脛の辺りを軽く突いた。
「第一印象については魔女殿に先手を取られてるからな。分が悪いのもしょうがねぇだろ」
「あぁ、うん。もう落ち込んでないよ……それほど」
そう、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかなかった。
十六歳のナユねぇがこの世界にいること。
未来でナユねぇが不死性を得ていること。身体を失っていること。
それらがどう繋がるかは、まだ確かには見えていない。
だが、魔女の謀の可能性は一番高い。
魔女が、何らかの儀式の贄として、那由多の四肢を用いようというのなら。
「腹は括った。
こうなったら、那由多は、力づくで奪い返す」
「いいねぇ。そうでなくっちゃ、お前についた意味がねぇ」
で、何から始める、と身を乗り出して訊ねるアインに、陸歩は息を吐いた。
本当、頼もしい戦闘狂。
「まずは、那由多の居場所だな。
多分、月にあるっていう魔女の根城だろう。そこへ行く方法を見つけないと」
喜々とする羅刹。
「となりゃあ、高弟どもを狩るのが近道、だよな?」
「お前は昔の仲間と戦いたいだけだろ」
だがその案は的を外したものではない。
差し当たっては、高弟と巡り合うため、高弟の素性を探る意味でも、彼らの地元を目指すか。




