起 ≪出陣≫
じきに深夜というのに、主はまだ帰らない。
気を揉んだ連中は、扉の樹の前で車座になっていた。
フェズ。
カナ。
ライヤ。
トエン。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全員が無言。
緊張し、石のように微動だにしない。
リャルカとムミュゼはそこまで前のめりでなかった。
少し引いたところに卓を持ち出して、ランプのオレンジの灯りに照らされながら、カード遊びに興じている。
「――ムミュゼ。君の手番だ」
「ん? あぁ……あぁ」
「…………」
「……。リャルカ?」
「うん?」
「貴方の番だ」
「……あぁ、そうか」
平静ぶっても、やはり気もそぞろ。
深夜を迎えた。
と、耳と鼻と肌で察したカナが眉をしかめる。
やはり――喉まで出かかる――魔女様と原初神様のところへ、駆けつけるべきでは。
ドアノブが回った。
「っ!」
ぱっとフェズの背筋が伸びる。
ぴんとトエンの兎耳が立つ。
扉が開いた。
「ただい、ま?」
帰ってきたのは。
魔眼と眼帯の女。それから子飼いの男たち。
一斉にため息。
リャルカだけが、穏やかに答えた。
「お帰り、ゼアニア」
「ただいま。……何よぉ、あんたたち」
仕事からアジトに戻ってみれば、待ち構えていた仲間たちの白眼視がお出迎え。
ゼアニアは頬を不服で膨らませた。
従者の男三人は高弟たちの態度に殺気立つ。
ライヤは不機嫌を隠そうともしない。
「魔女様が、原初神様を連れてお出かけになって、まだ戻らないのだ」
「ふぅん?
またいつもの放浪癖で、どこか寄ってるんじゃないの?」
「行き先はあのジュンナイリクホのところだぞっ」
「あらま」
それは物々しい。
ジュンナイリクホ。今はオルトが彼に捕らえられているはずで、つまりそれを救けに行ったか。
オルトが担っているブツの重要さを思えば、見捨てるという選択肢はないにせよ、まさか魔女本人が出向くとは。
あるいは、原初神を連れて行ったというし、これも謀の一つやも。
なんにせよだ。
全員、それほどに心配ならば。
「じゃあ、迎えにいく? みんなで」
ゼアニアの提案に、皆は顔を見合わせる。
誰もが、何度もそれを考えていた。
誰もが、もちろん今すぐにそうしたかった。
フェズがおずおずと。
「魔女様は、待ってろって……来ちゃダメよって……」
「そんなの、待ちくたびれたから、って言えばいいじゃない」
皆は顔を見合わせる。
待っていろと指示された。来るなと命じられた。
それを破ったとき、魔女様は何と言うだろう?
皆が同じ笑みを思い浮かべた。
――やぁだ、しようのない子たちだこと。
「いこう!」
「行きましょう」
「行くぞ」
「行こっか」
ドアノブが回る。
「たっだいまぁ!」
皆が目を丸くする。
ひょっとしたらこの人は、ドアの向こうに聞き耳を張り付けていたのではないか。
見計らったかのように魔女が帰ってきた。
「お、おかえりなさい!」
「ただいまフェズぅ。
……どしたのみんな?」
まさに出陣の気勢を上げていた手下たち。
扉を囲んでいた彼らに、魔女は首を傾げた。
慇懃に答えるのは、ライヤ。
「いえ。魔女様のお帰りが遅かったもので」
「えー、寝ずに待っててくれたのぉ? うれしぃ!」
感極まって、ライヤを右手に、フェズを左手に抱きしめた。
トエンが「ずるい私も私も!」と魔女の首へ腕を絡める。
その後ろで、オルトがバツ悪そうに、おずおずとアジトの敷地を踏む。
見咎めたゼアニアが、ふ、と意地悪く口角を上げた。
「あら、おかえり。よく帰ってきたわね」
「…………っせぇ」
「やっぱり貴方には、金庫番くらいが丁度いいんじゃないの?」
「……っ」
言い返さないのが、オルトの最後の矜持か。
勝手に飛び出していったあげく、ジュンナイリクホたちに敗れ、捕虜となって救出の手間をかけさせた彼に、立つ瀬などない。
だとしても、あえて論ってくるゼアニアは。
やっぱりいけ好かない女だ……オルトは思う。
キアシアとは、大違い。
魔女が不和を諫める。
「ゼア。そんなこと言わないの。
オルト? 彼女を出してくれる?」
「はーい」
「はい」
ぬ、とオルトの影が立ち上がる。
兵士の形になったそれは、スヤスヤと寝入った原初神を腕に抱えていた。
神の小柄を受け取った魔女は、寝室へと向かう。
ぞろぞろと後をついてくる手下たちに苦笑しながら。
隣まで進み出たリャルカがそっと訊ねた。
「魔女様。……いかがでしたか、ジュンナイリクホとの会談は」
「えぇ、順当に決裂したわ」
「左様で」
「あ、そうだ」
口をつぐんだ魔女が、もごもごと頬をうごめかす。
そして、べ、と舌と共に出したのは。
「鍵……?」
「ほ。あなはほかなくんひおひやへ」
そ。貴方とカナくんにお土産。
受け取ったリャルカは、しげしげと眺めた。
「私たちの心臓の鍵」
「リクホくんからの心づくしよ。今度お礼しなくっちゃね?」
「……彼は、本当に、甘い」
「どうかしら。本物の聖人君子かも」
眠る原初神を、ベッドに横たえ、丁寧に毛布を掛けた。
その寝顔を見つめて、魔女は慈愛を表情に滲ませながら。
「みんな。物語はめでたく、新たな局面を迎えたわ。
リクホくんとは決裂した。彼はアタシたちの前に立ちはだかる」
謳う。
呪うように。
「彼の首を取ってきて。
ご褒美あるわよ、先着一名。
――さぁ、お待ちかねの戦争を始めましょう」
言い終わるが早いか、颶風が窓から飛び出していった。
はためくカーテン。
原初神がむにゃむにゃと。
部屋を去った気配は、六つ。
魔女は微笑んだ
「貴女はいかないの、ゼアニア?」
一人、立ったままのゼアニアは、憚りもなく欠伸した。
「さっき帰ってきたばっかりなんで。
魔女様、お風呂入りません?」
「いいわねぇ。
新しい月の勧誘は、どうだった?」
「芳しくないですね。勇者様ったら、禁欲で警戒心が強くって。
煽てても賺しても乗ってきてくれないんですもーん。もう面倒くさーい」
「あらぁ。そういう男の子を蕩かすのが醍醐味なんじゃなぁい」
「えー、魔女様そういうのが好み?
あたしはもっと手っ取り早くて従順な子のが――」




