後:承 ≪個室≫
違和感の正体には、すぐ気が付いた。
原初神。
この那由多は……。
「リクホさん、部活とかって何してるんです?
私はねー、陸上部でハードルやってるんです。これでも中学の頃に全国までいってるんですよ。すごいでしょ。
地元新聞にも載った有望株なんですよー、私。
あ、それでリクホさん、私のこと知ってたのかな?」
はしゃぐ那由多は、現実に擦れてしまう前の、少女そのもの。
「リクホさん、趣味とかは?
私、アクション映画とか少年誌とか好きで。
ねー、こっちの世界でつらいって言ったら、その二つがないことかなぁ。
でもここ、御伽噺や漫画、フィクションでしか有り得ないことで溢れてて! 最高じゃありません!?」
声を上げて笑う那由多は、夢に夢見る、少女そのもの。
「そりゃあ、いつかは帰りますけど。もうちょっと堪能してからかなー?
だって、まだ見てないもの、見たいものがいっぱいあるんですよ! やってみたいことも!
こんな経験、今でもちょっと信じられないですもん!
だから私は、目いっぱいを持って帰りたいんです。
リクホさんは?」
目を輝かせる那由多は、子どもそのもの、少女そのもの。
「えぇー、リクホさんってもうすぐ大学生なんですか?
私、十六歳だから、リクホさんのほうがお兄さんですね!」
この那由多は、ナユねぇより、ずっと若い。
ナユねぇが一体いくつなのか、正確な年齢を陸歩は知らない。
だが少なくとも、100年以上はあのカプセルの中で過ごしているのではないか……そう察してはいた。
目の前のこの少女には、それだけの久遠を経てきた、疲労がない。
あの、ナユねぇがふとした瞬間、瞳に覗かせていた、諦観が。
那由多は。
おそらくは。
ナユねぇの。
過去。
「――宴もたけなわ、ねぇ」
いつの間にか魔女が、那由多の後ろに立って、彼女の両肩へ手を置く。
彼女へ這う、指。
陸歩は自分のナイフとフォークを強く意識する。
魔女は、隠した双眸でそれに目ざとく気付きながらも、態度の余裕を崩さない。
「ねぇリクホくん、貴方と秘密の話をしたいのだけれどぉ? 可能なら二人きりで」
「……。あぁ。
オレも、あんたとは腹を割って話したかった」
席を立つ陸歩。
那由多は、彼と、魔女とを交互に見上げている。
二人ともが柔らかく微笑む。
「原初神様は、引き続きお楽しみください」
「イグナ。キアシア。お相手を頼む」
一瞬イグナは、「リクホ様」と言いかける。
キアシアも同じ気持ち。
一人じゃ危険だから、せめて――を、彼女たちは飲み込む。
「はい。かしこまりました」
「リクホ、気を付けてね」
鈴剣を、陸歩は、手にしなかった。
魔女もまた両手を広げて見せ、武器を所持していないことを示す。
「やっぱり紳士ねぇ、リクホくぅん?」
「素手で十分ってだけだ。
――場所、変えるのか」
「そんなご足労はさせないわ。
オルトぉ? 『個室』を」
促されるも、オルトは逡巡している。
自分のボスを、敵と二人きりにしていいものか。
だが魔女にもう一度名を呼ばれ、観念したらしい。
陸歩と魔女を、影が包み上げた。
>>>>>>
「――――」
気付けばそこは闇の中。
右を見ても左を見ても黒。
はっきりと目視できるのは自分自身のみで、肌から五ミリ先はもう暗闇。
陸歩は耳を澄ました。
感覚を尖らせた。
これが罠で、自分が幽閉された可能性を検討した。
椅子。
腰かけている、椅子。
陸歩は今、椅子に腰かけている。
他と同様に見ることは叶わず、触れてみる以外に確かめる方法がないが、どうも肘掛も背もたれも無いらしい。
簡素な椅子。
「――殺風景で申し訳ないわねぇ」
そっと背中へ、体温がもたれかかった。
「っ」
弾かれたように陸歩は、肘で背後を払う。
……手応え、なし。
何かがそこにいたかどうかさえ。視えない。
闇ばかり。
「ほぉら。座ってぇ?」
「…………」
またしても背後から、耳へ吹きかけられる吐息。
やはり、ここは相手の領域か。
「椅子。どこだか分かんねぇよ」
「その場でいいのよぉ?」
ゆっくりと腰を下ろすと。
尻が椅子に乗る。
ふと思いついて、また立ち上がり、その辺りを蹴ってみるが……足には何も当たらなかった。
改めて座りながら。
「あんまり、気の利いた会議室じゃあないな」
「そうね。機密性を重視し過ぎたかもぉ」
「、おい」
また背中に体温と体重。
どうも、魔女は背中合わせに、寄りかかってきているらしい。
「いいじゃなぁい。
こうしていれば、お互いがそこにいることが分かるんだし」
「…………。で?」
魔女は笑った。
声も体温も高い女だ。
「で、ってことはないでしょう、訊きたいことがあるのは貴方でしょう?
どうぞ。何でも答えようじゃないの。
アタシの可愛い子どもたちを、手に掛けなかったお礼」
「あっそ。
じゃあ、あんたの名前は?」
腹を抱えて笑い出した。
陸歩の背中へ、女の体重がことさら傾けられる。
「パぁス、その質問は答えられませぇん。
いきなり急所を突いてくるのねぇ、リクホくん。
……そんなのよりぃ、この世界はなんなのかとかぁ、あの原初神は誰なのかとかぁ。
訊いてよぉ。ねぇ?」
「…………」
わざとらしいほどに、しなを作られ、陸歩は襟足が逆立つ気がする。
この世界は何なのか。
あの少女は、誰なのか。
「――あれはナユねぇが、まだ身体を失くす前だ」
「うん」
「それが、原初神……?
この世界の根源の神だと?」
「この世界はね、彼女が創るの」
無意味と分かっていながら、陸歩は思わず振り返る。
闇ばかりが広がっていた。
そこにいる相手を問い質そうにも、掴みかかれないのが、ひたすらにもどかしい。
「ナユねぇが、この世界を、創った……っ?」
「今のあの娘じゃないわ。
きっと、貴方の言うナユねぇ――身体を失った那由多さまが、この世界を創造するのね。
アタシは、それよりずっと前、まだ若く目覚める前の彼女をお呼びしたの」
馬鹿な、と陸歩は言い切れない。
世界創造。
……法螺とも言い切れない。
だって、ナユねぇは特別だった。
身体のほとんどを欠損させて、なお生存し続け、不老不死の特性を示し続けたのだから。
いや、だとしても。
世界創造、なんて。
陸歩の中に根付く、科学の常識が、納得の邪魔をする。
「ねぇリクホくん。
世界ってどうやって出来ているんだと思う?」
「…………」
空間を創るのか。
時間を生むのか。
「ねぇリクホくん。
世界って、何だと思う?」
「……お前は。知ってるってのかよ」
「もちろん。だって造ったことあるものぉ」
「お前が?」
そっと微笑む気配。
そして、魔女は「きっと、あなただって」と付け加える。




