後:起 ≪対面≫
勧められるより先に、勝手に着席した魔女は、さっそく手近な料理を掴み取る。
焼きたての骨付き肉を裂いて、上がる湯気と香りに歓声を漏らし、はふはふと頬張った。
その食べっぷり。
「おいしっ! おいひい! えーなにこれぇ、うンまっ!」
「ま、魔女様……?」
オルトの動揺も何のその。
品も慎みもあったものでなく、ひたすらがっつく魔女。
「っ! ぐむっ、っ!」
とうとう喉へ詰まらせた。
ざっくりと開けた胸元を、拳で必死に叩いている。
完全に無表情のイグナがグラスでなくジョッキで水を渡した。
ぐび、ぐび、ぐび。
「――っはぁ! はぁー、死ぬかと思ったぁ」
「そうですか。それは惜しいことをしました」
「あぁん、イグナちゃんったら、相変わらずアタシ好みにクールぅ」
「馴れ馴れしく呼ばないで頂きたい」
「はぁーい、ごめんなさーい。
ねぇお酒ないの?
あ、アタシ持ってこようか? お土産をね、準備してるんですよ、こっちもちゃんと」
「――魔女様!」
オルトが叫んだ。
ようやく彼は、料理から魔女の注意を勝ち取り、苦り切った顔で問う。
「なんで……こんなとこに……なにを……?」
「そりゃあ。飛んでくるわよ。決まってるじゃない。
あ、違うのよ、オルトのことが心配だで、よ?
美味しそうなものがずらっと並んでたからとかじゃなくってね? ホントに」
「は……。
こ、ここでコイツら、やりますか! 今!」
はぁ? と魔女は首を傾げた。
「やんないわよ。どうせ勝てないもん。オルトだって負けたじゃん」
「…………」
ぐうの音も出なくなったオルトは、歯を食いしばって恥辱に耐える。
つまり、他に増援はなし、という意味か。
陸歩がそう考えたとき。
再び、樹の扉でノブが回った。
半開きにした向こうから、そっと顔を覗かせるのは。
「おーい……? 魔女さーん?」
「っ、」
オルトが目を剥く。
陸歩も呼吸を乱した。
そんな男子たちを面白がるように口角を上げた魔女は、態度を丁寧に豹変させてから振り返る。
「はい原初神様。
ごめんなさい、今お呼びしようと思ったところですわ。
どうぞ、いらして?」
おずおずと出てくる少女。
後ろ手に扉を閉める少女。
一身に注目を浴びて気後れしている少女は。
――ナユねぇ。
「原初神様!?」
陸歩の呟きは、オルトの声に掻き消される。
彼は今度こそ絶句している。
魔女自身がやってくるのは、まだしも。
だが、絶対の貴賓にして、その身に万が一にも事があってはならない原初神を、この場に来させるなんて。
「魔女様、なンでですか!?」
「彼が、貴方を殺さなかったからよ」
反論を挟ませない、女王の冷たさで、魔女は言った。
「オルト。リクホくんは、貴方を殺さなかった。
カナとリャルカも殺さなかった。
彼は、敵であれば殺す人、ではないの。
だから原初神様をお連れしても平気なの」
ねぇ? と流し目を送ってくる魔女に。
陸歩はため息だけを返す。
原初神がぺこりと頭を下げた。
「あの、今日はお招きいただいて、ありがとうございます」
果たして魔女は、彼女に何と言って連れてきたのか。
陸歩たちとしては、高弟の誰か、あるいは魔女本人がやってくるくらいの想定でいたのだ。
まさか、最も会いたかった人物が、現れるとは。
「あぁ、いえ……」
「たいしたお持て成しも出来ないですけど、どうぞ」
気の利いた返事も出来ない陸歩に代わって、キアシアがにこやかに応対する。
「そんな、たいしたことありますよ! すっごく美味しそうです!
――あ、ちょっと待ってくださいね」
そして振り返り、そこに立った扉の樹を、こっちから見たり、あっちから見たり。
しきりに枝振りを確かめて、「うん、なかなかの出来栄え!」と呟いている。
かと思えば両掌を向けて、むむむと唸って。
ぱ、と枝に花が咲いた。
ぱぱぱ、と次々に咲いた。
辺りに初春の甘さが香る。
花吹雪が舞う。
「お見事です」
魔女がうっとりと言うと、原初神は「えへへ」と頬を掻いた。
「さぁ、原初神様。そちらの席へどうぞ。
リクホくん? いいわよねぇ?」
「あ、あぁ……」
「じゃあ、失礼しますね」
目の前に、原初神に着席され、陸歩は呼吸も難しい。
にっこりと微笑まれて、自分の返した表情は、どんな出来だったか。
さっと横からイグナが、グラスへ炭酸水を注ぐ。
原初神はあっと顔を喜びに輝かせた。
「あー! 貴女、私の作った錠前! してくれてるの?」
「はい、リクホ様よりお預かりしております。判りますか」
「うん、匂いでね!
ねぇ、見てもいいですか……?」
「どうぞ」
自らの襟元を引っ張るイグナを、覗き込んで「おぉー」と感心した様子。
「ねぇ、貴女って。カラクリ、とはちょっと違うよね……?
もしかしてなんだけど……。
それから、貴方も。ジュンナイリクホさん。この世界で、苗字・名前の順の人、私はじめて会うわ」
もしかして、だけど。
「貴方たちって、私と、同じ世界から来たんですか……?」
「――っ」
陸歩の総身へ、衝撃が駆け抜ける。
ということは。
やっぱり、この人は。
「……。循内陸歩です。多分、そうです……。
オレ、群馬出身で」
「本当に!? 私、宇井浜那由多です! 私も群馬ですよ!」
「ナユタ、さん。
オレのこと……わかんない?」
え、と那由多が目を見開く。
それから申し訳なさそうに、苦笑を浮かべて。
「えっと……ごめんなさい、どこかで?」
「あーら、ナンパかしらぁ? ダメよぉリクホくぅん?」
粘っこく、魔女が口を挟む。
粘っこく、魔女が嗤っている。




