前:結 ≪宴席≫
牢の格子戸が開いた。
オルトは、鬱陶しげに目を上げた。
入ってくる兵たちは、緊張を漲らせている。
他の者は警戒に徹する中、一人が進み出て、オルトの首へ鉛色の輪を巻きつけた。
「抵抗すれば、これはたちどころに指輪のサイズまで縮むぞ」との脅し。
鼻を鳴らして答えるオルト。
それから、手足の枷が解かれていく。
影を縛っていた呪いまで。
四方を屈強な体躯の兵に囲まれた。
「出ろ。オルトグウサ・シオラキオ」
「……」
ちっ、と舌を打つ。
ようやくか、とも思う。
「妙な真似はするなよ。
くり返すがその首輪は、」
「二度も言わねぇでも、わかったってんだよぉ」
連行される先は絞首台かギロチンか。
どうせ処刑されるなら、最後に派手に暴れてやろうかとも思う。
影がくびきから解かれた今、首輪に絞め殺されるまでにだって、いくらでも敵を薙ぎ倒せるだろう。
「……ちっ」
何日ぶりの外、何日ぶりの地上か。
かっと照りつける太陽は眩しく、落ちる影は濃い。
そこで待ち構えていたフードの男。
顔を隠していても、見間違うはずもない。
アインヴァッフェ・イリュー。
裏切り者め。
オルトの胸に毒が湧く。
かつては轡を並べた仲間だったというのに、処刑台への護送を買って出たのか。
「クソ野郎が……」
「自己紹介か?」
剣呑さを募らせるオルト。
けけけ、と黒く笑うアイン。
一触即発の気配漂う二人に、周囲の兵が半歩下がった。
困りますよ、と兵長が胆力を振り絞って声をかけると、アインはあっさりと圧力を引っ込める。ほんの戯れだったのだろう。
「来いよ、オルト。自分で歩かしてやるから。
それとも俺に引っ張られてぇか」
「……」
渋々とオルトは従う。
有象無象の雑魚が相手ならいざ知らず、この男を相手にでは篭手も鍵もなしではどうしようもない。
それでも噛みつくのが魔女様高弟の心意気、というものかもしれないが。
いや。
真に噛みつくべき相手は他にいる。
もし、チャンスがあるのなら……。
「こっちだ」
城門を出て、城下へ。
それでもまだ歩いた。
あらかじめ人払いの号令でも出ているのか、大通りを他に通行する者はいない。
「……どこまで行くんだよぉ。街を出ちまうぞ」
「出るんだよ」
本当に街門を出た。
兵たちの見送りはそこまでで、リンギンガウの外、見渡すかぎりの草原をアインとオルトだけが歩く。
どうも、妙な様子だ、とオルトは訝しんだ。
「いったい、どこ連れてこうってんだぁ」
「もうそこだ」
青空の下。
設えられているのは――銀の食器、燭台、レースのクロス、摘みたての花で飾られている長机。
食卓。
宴席。
「あぁ……?」
「連れてきたぜ」
「おぉ、ありがとう」
待ち受けているのは陸歩だ。
移動式コンロを持ち出したキアシアが、次々に料理を仕上げて、それを受け取った彼がテーブルへと並べていく。
ウェイトレスの衣装になったイグナは調理の補佐や、給仕で八面六臂。
アインの手により、オルトの首から最後の枷も外される。
訳が分からなかった。
「ほら。座れよ」
「なんのつもりだ、これぁ?」
それでも言われた通りに着席してしまうのは、要するに面食らっているからだ。
賓客にするのと同じ丁寧さで水を給され、オルトは思わず疑う。
「毒か?」
「そんなつまんないことしないよ」
陸歩は肩を竦めて、ふと思いつき、「あ、酒のがよかったか?」と嫌味でなく首を傾げたが。
オルトは身震い一つで答えた。
「だったら毒のがマシだ……」
「だろうね。
――獄中じゃ、ほとんど何も口にしてないんだろ。出されたものにも手をつけないって聞いたぜ。
腹減ってると思って」
「こんなんでおれが、例の、なんたら症候群になるとでも?
それとも最期にご馳走食わしてくれるってかぁ?」
「そんなんじゃないよ。
ただ、多分だけど、これからお客さんがくるんじゃないかな?
だからみんなで食べられるように」
今か、とオルトは思った。
これ以上、場に頭数が揃うより前、今が陸歩へ飛びかかる最後の好機か。
枷は外され、影も自由。
今か。
「ほらよ」
アインが、機先を制すかのようなタイミングで、スープを運んでくる。
いつの間にかエプロンを着ていて、この羅刹には、家庭の象徴とでもいうべき布がとことん似合わない。
ニヤリと刃物の笑み。
「熱いから気を付けろよ」
「…………」
立ち昇る湯気すら美味なるスープ。
テーブルいっぱいに並べられる美食の数々。
……目の前で香る食事の誘惑。
オルトは、唾を、ゴクリ。
陸歩やアインが料理を運びながら、行儀悪くもつまみ食いしており、しきりに美味い美味いと感想を漏らす。
「っ、っ!」
「オルト、食べていいぜ?」
「っざっけんな! 誰が、」
「あそ。じゃあオレたちは食べてようか。いただきまーっす」
アインが肉を、キアシアが魚を切り、イグナがサラダを取り分ける。
陸歩は炊き上がったばかりの米をそれぞれの椀へよそった。
「…………っ!」
オルトは、唾を、ゴクリ。
腹の中では空腹の虫が、その節足で胃の壁面を引っ掻いて、のたうち回っているのかと思う。
だが。ここでほいほいと料理を口にするのは……。
魔女高弟十六人衆、斧の月を担う者として、敵の施しを受けては名折れ。
オルトは自らの唇を、裂けるほどに噛んで耐える。
耐える。
にわかに、空に叢雲が湧いた。
食事会のすぐ傍で、草原を割って若木が生える。
それは見る間に大樹へと成長し――幹にはっきりと扉を作った。
「は、」
と声を上げたのはオルトだけだ。
ほかの全員は、『それ』を予期していた。この支度も全て、それのために他ならない。
ついに扉にドアノブが、瘤のように浮いて。
開け放たれる。
「――やぁーんもう、辛抱たまんなぁーい!」
飛び出してくるのは。
「ま、魔女様!?」
「はぁい、オルト。
やーだ美味しそうぅ!
いい? いいわよね? いっただっきまぁーっす!」




