表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/427

結:急 ≪荷造≫

 まず草を、大きく四角を(えが)くように()る。

 根を残さないように、(たがや)すことも必要だ。


 それが出来たら今度は、多少の燃料も用いて、四角の真ん中で火を()く。

 草の中だからあっという間に燃え広がるが、さっき刈ったより先へは進まない。


 このようにして更地(さらち)を作ったら、大羊の出番。

 二頭立てで巨大な(くわ)を引かせ、土をならす。

 このとき埋まっている石やらを丁寧に掘り返すことが肝心で、もしも(おろそ)かにしようものなら、しっかりとした土台は築けない。


 これより建てられる(やしろ)は、千年先にも保たねばならないのだ。

 そのための敷地作りから、ドゥノーの民は誠心誠意、余念がない。


「――いや、どんだけデカいの建てるつもりなんだよ」


 世界樹高層。長老の屋敷のバルコニーで、欄干(らんかん)(ひじ)をついて地上を眺めていた陸歩は、思わず呟いた。

 たわむれに(くだん)の漆黒の鍵の、持ち手の穴から覗いていた地面はひどく遠く、彼の視力をもってしても人々の姿は芥子粒(けしつぶ)のように小さい。

 それでいて草原から切り出された空き地は、はっきり分かるほどのスケールだ。


「それはもう、うんと大きいの、ですよ!」


 独り言だったが、返事が背中へ当たった。

 イグナと一緒に荷造りに(いそ)しんでいるリンリャの声は、子どものように弾んでいる。


 振り返った陸歩は、手の鍵で、へその高さを二度ほど切ってみせた。


「いいんだよ社なんて、こんくらいの、ちんまりとしたの置いてくれれば」


「何をおっしゃいますか! リクホさんはドゥノーを救ってくださった英雄なんですよ! 立派なお社でなくっちゃ」


「むずむずするなぁ、その英雄っての。つーか、オレの社じゃないんだよ?」


 いいことを思いついた、というようにリンリャはポンと手を打つ。


「では本尊(ほんぞん)としてリクホさんの像を、」


「絶対ヤダね」


 そんなことをされたら恥ずかしすぎて、二度とこの街に来れなくなってしまう。


 陸歩が漆黒の鍵を左手の篭手へ仕舞(しま)う間に、女子二人も仕事を終えたようだ。


「さて。これでよし、ですね」


「はい。リクホ様、支度(したく)が済みました」


「ありがとう。至れり尽くせりだこと」


 彼は肩をすくめるが、それは少女らに荷造りを任せっきりにしたのが、実のところ全く本意でないからだ。

 なんだか、遠足の準備を母親にさせるみたいなみっともなさを感じる。

 自分のことは自分ですると言ったのに、リンリャがついに(ゆず)らなかったのだ。


 陸歩が部屋に戻って、(たたみ)にあぐらをかくのを待って、リンリャが始めた。


「じゃあ、順番にいきますね。まずはこれ。羊皮紙の束です。ドゥノーで最高級のものを用意しましたので」


 言って、彼女は最初の小包みをイグナへ渡した。

 イグナは受け取った荷を、てきぱきとリュックに詰める。

 陸歩はその様子を、ほとんど(あきら)めの心地で眺めながら、曖昧(あいまい)に頷いた。


「ありがとう。社の設計図を書くのに使うよ」


 次の包みだ。結構大きい。


「こちら、寝具です。巻けば寝袋に、ほどけば毛布になりますからね。ドゥノー最高級の羊毛を使ってますから、いい匂いですし、気持ちいいですよ」


「ありがとう。前のやつがもうボロボロだから、助かるよ」


 次。


「これが水筒、こっちが雨具になります。どちらも羊の内臓を乾燥させて加工しているので、とても撥水性(はっすいせい)が高いんです」


「ありがと」


「それからこっちが燃料の缶で、こっちが軟膏(なんこう)の缶。似ているから間違えないでくださいね。

 この袋には飲み薬、塗り薬、一通りを入れてありますから」


「うん」


「干し肉とチーズです。そのまま食べても美味しいですし、火を通してもいけます。日持ちしますから、旅のお(とも)にどうぞ。

 これは飴で、これは干しブドウです。おやつに()まんでください」


「ん」


「着替え一式に、新しい靴です。

 あ、これは石鹸(せっけん)

 ロープ一巻も用意しました。旅の最中は結構使うとイグナさんから聞いたので。

 それから――」


「……まだあんの?」


「はい。どうぞ」


 次に差し出されたのは、それまでとは意匠(いしょう)(おもむき)も異なる、銀の小箱だ。

 鏡のように(みが)()げられた表面は、翡翠(ひすい)の欠片で上品に飾り付けられ、安易には触れることもためらわれる。


 陸歩は細心の手つきで、開けた。


「これ……」


「クレイルモリーの鍵です。お(おさ)めください」


 ベルベットに横たわった鍵と、リンリャの微笑みを、たっぷり見比べてから、陸歩は「いいの?」と(たず)ねた。


 鍵の価値は、異界人の陸歩にさえ身に染みている。

 そもそもドゥノーはクレイルモリーと通商関係にあると聞いたが、鍵は何本所持しているのか。これが唯一ではないのか。

 別に譲ってくれなくたって、一度貸してくれるだけだって十分なのに。


 陸歩が言外に(にじ)ませたそれら全てを了解しながら、なおリンリャは力強く頷いた。


「もちろんですとも。リクホさんは、ドゥノーの事情で足止めしてしまったのですから。これは、私たちが示すべき誠意というものです。

 これですぐ目的地まで行けますよ」


「――ありがとう。よし、行こうイグナ」


「はい、リクホ様」


 本当は、ずっとずっと駆け出したかった。

 そして全てのくびきが今、解かれたのだ。

 陸歩は山のような荷物を背負い、イグナを引き連れて、可能なだけ人目につかないように忍びながら、『扉の間』へと急いだ。


 今や陸歩は、世界樹全体の有名人だ。

 彼の見送りならば住民総出(そうで)でもおかしくない。

 が、陸歩自身がそれを恥ずかしがり、長老が配慮して人払いを()けてくれたのだ。

 おかげで、陸歩とイグナが別れの握手を交わすのは、リンリャと長老の二人だけである。


「本当に、色々ありがとう。高価なものもたくさんもらっちゃって」

「お世話になりました」


 リンリャはほとんど涙ぐんで、ついに(たま)らず、陸歩とイグナの両方へ同時に抱き着く。


「また……また絶対、来てくださいね。お社が完成したら、ぜひ」


「あぁ、必ず」


「イグナさんも。お酒、用意しておきますから」


「では、週一で戻ってくることといたします」


 大真面目に答えるイグナに、リンリャはにっこりと笑った。


 陸歩の篭手から選ばれた鍵が、ドアノブへと差し込まれる。


「じゃ、リンリャ。いずれまた。長老も、息災で」


 ゆっくりと扉が開く。

 隙間からは向こう側の光が、濁流(だくりゅう)のごとく(あふ)れてきて、陸歩の心をさらっていくようだ。


 いざ、クレイルモリー。


 踏み出した彼を、出迎えたのは、視界いっぱいを(おお)う巨大な弾頭、


「え、――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ